旅立ちの決意
北の果て――ノワール領。
セシリアを送り、王宮から戻ったエルヴィンの執務室には、夜の静けさが満ちていた。
暖炉の薪が、ぱち、と小さく爆ぜる。
その前で、エルヴィンからすべてを聞かされたクラリーチェは、しばらく言葉を失っていた。
「……そんな……ことが……」
信じられない、と言うように呟く。
その声には、驚きと戸惑い、そして長い年月を経てなお残されていた悲劇への痛みが滲んでいた。
クラウスもまた、黙ったまま腕を組み、深く考え込んでいる。
夜の王国。
森の民。
そして、王家の歴史の陰に隠されていた、長い年月の因縁。
やがてエルヴィンが、静かに口を開く。
「……私とリリアは、そこへ行こうと思う」
隣に座るリリアへ、一瞬だけ視線を向ける。
暖炉の薪が、再びぱちりと小さな音を立てた。
「北の果てにあるという、結界に守られた森へ」
エルヴィンは一度言葉を切る。
「どのくらい時間がかかるのかは分からない。
帰ってこられるかどうかすら……今は分からない」
それでも、とエルヴィンは続けた。
「行こうと思う」
その声には、迷いがなかった。
クラリーチェはリリアを見る。
「リリア様も……?」
問いかけるようなその声に、リリアは柔らかく微笑んだ。
「はい」
そして、隣にいるエルヴィンを見つめる。
「私は、エルヴィン様と共に在ります」
その声は穏やかだったが、その奥には、揺るぎない決意が宿っている。
「どこまでも……ご一緒すると、決めたのです」
エルヴィンはしばらく妻を見つめていた。
やがて、ふっと目元を和らげる。
そして、隣に座るリリアの手をそっと取った。
「ありがとう、リリア」
大きな手が、彼女の手を優しく包む。
「君が一緒にいてくれることが、どんなに心強いか……」
「エルヴィン様……」
リリアは頬をわずかに染めながら、その手をそっと握り返す。
二人の間に流れる温かな空気を見つめていたクラウスは、ふと隣のクラリーチェと視線を交わした。
兄妹の視線が静かに交わる。
言葉は必要なかった。
そして、どちらからともなく頷いた。
「我らも、ご一緒します。公爵様」
「……クラウス?」
思いがけない言葉に、エルヴィンが目を瞬かせる。
その声に、クラリーチェも続いた。
「ええ。
リリア様、旅の道中はどうぞ私にお任せくださいませ」
「え……? クラリーチェさん……?」
リリアも驚いたように目を丸くする。
クラウスは、いつもの落ち着いた表情のまま、一歩前へ出た。
「我ら兄妹、この身は我が主のために、と誓っております。
これまでお仕えしてきた年月も、これから先の年月も」
その声には、揺るぎない忠誠があった。
「公爵様が行かれる場所が、たとえどこであろうと。
そこが危険な土地であろうと、我らが共に行くことに変わりはありません」
「クラウス……」
エルヴィンは、静かに二人を見つめた。




