夜の王国と森の民
リリアが最後の一節を読み終えると、部屋には長い沈黙が落ちた。
誰も、すぐには言葉を発することができなかった。
やがてエルヴィンが、深く息を吐く。
「……そうか」
その声は、かすかに震えていた。
「そんな……ことが……」
エルヴィンは目を伏せる。
彼は、王家に連なる者として、これまで聞かされてきた歴史を思い返していた。
吸血鬼は恐ろしい存在。
人を襲い、血を奪う魔性。
けれど、その始まりは違っていた。
かつては人と共に生きようとしていた民だった。
そして、その悲劇の一端には――王家の歴史も関わっている。
歴史の裏側には、語られることのなかった罪があった。
しばらくして、エルヴィンは顔を上げた。
「私は、そこへ行こうと思う」
リリアが顔を上げる。
「……エルヴィン様」
「先祖に会えるかどうかは分からない」
エルヴィンは静かに続けた。
「だが……王家の一員として、彼らには謝罪しなければならない」
その手が、ゆっくりと本へ伸びる。
そっと表紙に触れる。
すると――。
本に宿っていた魔力が、淡く揺らめいた。
拒むことなく、エルヴィンの手へすっと馴染んでいく。
まるで、その存在を確かめるように。
リリアが息を呑む。
「……本が……」
クラウスも目を見開いた。
「公爵様の魔力を、受け入れている……?」
エルヴィンは何も言わず、本を見つめていた。
リリアもまた、静かに頷く。
「私も、行きます」
「リリア!?」
セシリアが思わず声を上げる。
リリアは姉を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「私は、森の民の血を引いているもの」
右手の指輪へそっと触れる。
白と緑の光が、ごく淡く揺れた。
「きっと……私のルーツも、そこにあるわ。お姉さま」
「リリア……」
セシリアは妹を見つめる。
その瞳には、もう迷いがなかった。
自分が守ってやらなければと思っていた、小さな妹。
けれど今、目の前にいるのは――誰かに守られるだけの少女ではない。
愛する人を救うために、自らの足で未来へ進もうとする、一人の女性の強い意志。
セシリアは、静かに微笑んだ。
「……そう、そうね。
あなたなら、きっとそう言うと思ったわ」
その声には、ほんの少しの寂しさと、深い愛情が込められていた。
四人の視線が、一冊の古い本へと集まる。
遠い北の果て。
氷と影に閉ざされた森。
そこにはきっと、失われた二つの民の記憶と――エルヴィンの呪いを解くための答えが眠っている。
月明かりの下。
古い本の頁が、静かに風もないのに揺れた。
まるで遠い森が――長い年月を越えて、彼らを待っているかのように。




