母の形見
翌朝。
リリアは再び、父アンドレアスの書斎へ呼ばれていた。
重厚な執務机の向こうで、アンドレアスは何かを考えるように黙っている。
その机の上には、掌に収まるほどの小さな木箱が、ひとつ置かれていた。
深い色合いの木で作られた、小さな箱。
アンドレアスはリリアが入ってくるのを待ってから、その箱をそっと手に取った。
「リリア。これを」
「……はい」
差し出された箱を両手で受け取る。
「開けてみなさい」
リリアは戸惑いながら蓋を開いた。
そこに収められていたのは、一つの指輪だった。
白銀を思わせる淡い色の輪に、淡い緑の筋が、蔓草のように繊細に刻まれている。
白と緑――森に降り注ぐ光と、森の木々を思わせるその模様は、どこか神秘的で、それでいて不思議な温かさを感じさせた。
「お父様……。
これは……?」
アンドレアスは指輪を見つめ、遠い記憶を辿るように目を細めた。
「お前の母の、形見だ」
「……!」
リリアは息を呑んだ。
アンドレアスは静かに続ける。
「……あの日、お前と共に、あの人から託されたものだ。
いつか、お前自身に渡さなければと思っていた」
そして、娘をまっすぐに見つめる。
「だが……その時が来るまでは、私が預かっておくべきだと思っていた。
お前が自分の出自を知った今こそ……お前に渡そう」
リリアは指輪を見つめた。
「お母様、が……」
震える指先で、そっと指輪を取り上げる。
そして右手の指にはめた瞬間。
キィン――。
澄んだ音が、静かな書斎に響いた。
指輪から、白と緑の光が溢れ出す。
「リリアっ!?」
アンドレアスが立ち上がる。
その光は瞬く間にリリアの身体を包み込み、柔らかな木漏れ日のように揺らめく。
「大丈夫か、リリア!」
けれどリリアは、驚きながらも穏やかに微笑んだ。
「……大丈夫です、お父様……」
胸の奥へ、温かなものがゆっくりと流れ込んでくる。
春の日差しに包まれているような、懐かしい温もり。
「……ああ……なんて、温かいのかしら……」
やがて光はゆっくりと収束し、指輪の中へ戻っていった。
静寂が戻る。
リリアは自分の胸へ手を当てた。
胸の奥で、小さな光が息づいている。
リリアは胸元へ手を当てた。
「とても……温かい力を感じます」
そして、嬉しそうに微笑む。
「きっと、これが……森の民の力なのですね」
アンドレアスは何も言わず、娘を見つめていた。
その目には、言葉にできないほどの想いが浮かんでいる。
「ありがとうございます、お父様」
リリアは指輪を大切そうに撫でる。
「お母様の想い……確かに受け取りました」
*
その頃。
エルヴィンはクラウスと共に、館に残された古い書物を一冊ずつ紐解いていた。
机の上には、古びた書物が幾重にも積まれている。
古い伝承、魔術に関する記録、貴族たちの手記。
だが、どれだけ調べても、求めているものは見つからなかった。
エルヴィンは一冊の本を閉じ、静かに息を吐いた。
「……ふむ。
やはり、この館に残されているものだけでは手がかりがないか」
「そのよう、ですね……」
クラウスも重く息を吐いた。
エルヴィンはしばらく考えたあと、顔を上げる。
「……クラウス。やはり王家の書庫まで行く必要がありそうだ」
「禁書庫、ですか」
「ああ」
「承知しました。手配いたします」
「リリアが帰ってきたら話そう」
「かしこまりました」




