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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
4.5章【境界に観る夢】
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99話『超越者の眼』

「ワタシの名はシオリ・アルタ・エヴァンジェリン・グロウ・テイル。次元の境界を超えて世界を渡る超越者の一人、人間嫌いのクソ魔女様だよ。その死臭がする脳みそに刻み込みな」


 アリサやナハトのような、次元光で否応なく転移してきた者たちとは違う、明確な意思を持ってワンダフルワールドへと繋がりを持っている超越者。

 異世界からの干渉してきた者の存在に、靖治は大きく驚いて目を見開いてフードをかぶった黒の少女を凝視していたが、やがて頭に花を咲かせたようにほにゃあと破顔した。


「よろしくねー! へぇー、メガネで可愛い子ちゃんで社長さんの魔女っ娘かー、いいねぇー」

「女と見たらすぐニヤつくところ減点。でもメガネっ娘を否定しないところは評価してあげる」

「かわいいよねメガネっ娘!」

「それはわかる」


 色んな世界を渡ると言うだけあって、サブカル趣味にも理解があるらしい。

 同じ眼鏡を掛けた者同士、深く頷きあった後、シオリは近くの本の山を指さした。


「座りな」

「本ばっかじゃん」

「ワタシみたいに、本の上に乗れ」

「床でいいよ」


 言うことを聞かないとシオリは舌打ちをしてきたが、靖治は気にせず床の上にあぐらをかいで座り込んだ。

 見上げたシオリは、黒いブーツを履いた足をプラプラさせてふんぞり返っている。


「それで、どうして僕はここに招待されたのかな? お呼ばれして光栄だけど、イリスたちが心配するからそう長くはいられないよ」

「帰り道は気にするな、お前は夢を介してここに連れてきたからな」

「夢……ってことはこの僕って幻?」

「いや、肉体はリアルだ」


 靖治は試しに自分の頬をつねってみたりしたが、そうした分には感覚はちゃんとあった。

 自らが置かれた状況に首を傾げる靖治に、シオリが溜息を付いて説明を始める。


「ワタシはね、魔法使いでもそこから更に邪道に外れた異端児さ。世界の境界を超えて、様々な異世界に干渉できるほどのね」

「おぉ、なんかすごそう」

「すごそうじゃなくてすごいんだよ、わかったか下等人間」

「はーい!」

「クソムカつく」

「僕は楽しいよ!」

「死ね」


 見た目年下の可愛い身なりで即座に罵倒が飛ばしてくる辺り、ツンケンさはアリサ以上だ。靖治としてはもちろん許容範囲内である、可愛い子は大歓迎だ。

 楽しそうに話を聞いている靖治に、シオリは眉をしかめると手に持っていた『万葉靖治の本』を再び読み始め、顔も合わせずに話を続けた。


「話を戻すぞクソッタレ。お前たちの世界は、ワタシら超越者たちから見ても興味深い事象だ。こんだけスーパーこんがらかった世界は探しても中々ないぞ。干渉しようとしてるやつらは多いが、崩壊した境界が意図的な侵入に関しては遮断しやがる。だからみんな断片的にしか干渉できてない、ワタシの場合はそれがTN(テイルネットワーク)社というシステムだ」


 つまりはこのシオリちゃん本人はワンダフルワールドの中に入っては来られないらしい。

 この黒い世界から、中を覗き見るのが精一杯なようだ。


「ダアトクリスタルとそれにまつわる情報収集術式をゴーレムと一緒に世界にぶん投げて、TN(テイルネットワーク)社を各地に作らせた。お前たちが利用してるのはそれだよ」

「君のおかげでみんなが依頼のやり取りを安心してやれてるんだね」

「最初はただの興味本位だったけど、割りと社会基盤の形成に貢献してて驚いてる。まあシステムとしては強固だからな、一部は意図的に不便にしてるが」

「あぁ、依頼の報告は一瞬で参照されるのに、依頼自体は人伝じゃないと伝わらないところとかか」

「そうそう。便利すぎると変な使われ方するからな。そういうの気に食わん、もっと苦しめ愚民ども。クックック」


 意地悪そうな笑顔を作ったシオリが喉を鳴らして声を響かす。


「ここはお前たちの世界の一枚裏側に作った小世界だ。世界を作るのだって簡単じゃないんだぞ」

「へえー、そこまでできるなんて、超越者なんて言うだけあってすごいね」

「お前なんぞに褒められたって嬉しくはない。ここではダアトクリスタルから集まったデータを、使い魔のゴーレムたちが管理して、本に仕立て上げてる。ワタシはここでずっとそれを読んでる」


 それがここまで靖治が見てきた大量の本の山というわけだ。

 織田信長のような次元光以前の偉人の本まで取り揃えてる辺り、ワンダフルワールドの観察に限らず、そういう趣味なのかもしれない。


「本好きなの?」

「全然、漫画のほうが好き。活字とか絶滅してしまえって思ってる」


 しかし靖治の問いに対しては、期待を裏切るぶっきらぼうな返しが待っていた。

 今この瞬間もシオリは本に目を通しながら、矛盾した言論をぶちまける。


「でも他人の人生を覗き見るのは好き」


 ポツリとこぼされた最後の言葉は、温かかった。

 その瞬間に少女の顔に浮かんだ柔らかい表情を眺めて、靖治は少し見惚れてキョトンとしたあと、ふっと表情を和らげる。

 そんな靖治の反応が伝わったのか、シオリは一度だけ眉間を歪めながら視線を寄越すと、すぐにまた本に目をやった


「ワタシはな、前々からお前たちがいる世界により深くに干渉してみたいとは思ってた、だができなかった。内側からこうやって連れ出すのも今まではできなかった」

「じゃあ僕は? 今はここにいるけど」

「お前は唯一の"ネイティブノーマル"だからだ」


 聞き覚えのあるワードに靖治の片眉がピクリと吊り上がった。

 TN(テイルネットワーク)社の冒険者カードに記載されていた、靖治の種別だ。


「それって、カードに書かれてた」

「そのまま原生人類を意味する。今現在、あの世界に次元光発生前から存在していて、かつ魂が変容してない唯一の人間がお前だ。超技術のナノマシンが入ってるが、ギリセーフ範囲。その純粋な因子でなければ、ここに招くことは出来なかった」

「次元光が来る前に生まれた人間であること、それが条件なんだね」

「そう言ってる」


 なるほど、今になって1000年前から生きている人間などそういない。もしいたとしても、それはもはや純然たる人類とは言えない存在だろう。

 靖治だけが、唯一シオリとコンタクトが取れるワンダフルワールドの住人だったわけだ。


「だが……お前のせいで苦労した」

「僕のせい?」

「あぁそうだ。夢を通じて意識を呼び寄せる術式は三秒で構築したが、ボディのほうが調達に難航した。意識を写すには異世界同位体の肉体が最適だったが、中々良いのが見つからなかった」

「異世界同位体について詳しく」

「そんぐらいわかれバカ。世界が違っても人間と言う種がいて、同じ国もあったりする。ならば中には同じ名前、同じ顔、同じ宿命や業を担う人物もいるのは当然だ。平行世界の同一人物とかに近い。実際には純粋な平行世界以外にもいたりするから括りがデカイが」

「剣と魔法の世界で生きてる僕もいるってことかな?」

「そゆこと。歴史に影響力がデカイ偉人ほど、色んな世界にも異世界同位体が多い」


 要は別の世界のそっくりさん、ということらしい。

 そこまで説明したシオリは開いていた本を閉じて膝に置き、一度大きく息を吸い込んだ。


「だが……どうしたことか、あらゆる世界を探しても、今のお前の年齢まで生き延びた万葉靖治がどこにも、ほんっとうにあちこち探しても見つからなかったんだ!」

「あー、なるほど」


 シオリの憤るかのような言葉に、靖治は意を得て苦笑いを浮かべた。

 同じ宿命、同じ業、ならば他の世界の靖治だって、ここにいる靖治と同じく難病を抱えて生まれてきていたって不思議じゃない。


「大体が二歳の頃に発作を起こしてドロップアウト! 2割くらいは流産して生まれる前に死んでるし、よしんば保っても10代までにほぼすべて死亡だ、どーなってんだお前の因子は、ふざけんな!」

「わかるわかる。医者から『君が10歳まで生きられただけですごい』って何度も言われてたから」


 本の上で手足をばたつかせてまくしたてるシオリに、靖治は異世界の自分を想像して神妙に頷いた。

 ワンダフルワールドの靖治は運良くこの歳まで生き延びて、1000年後の未来へ命をつないだが、これまで生きてこれたのは些細な幸運の積み重ねに過ぎない。

 両親が裕福だったこと、愛情のある人であったこと、自分の人生を祝福してくれたこと。姉が何度も心を励まして助けてくれたこと、死にそうな自分に生きてくれと呼びかけてくれたこと。

 そしてイリスたちと巡り会えたこと。


 靖治とて生きようとする意思はあって努力はした。けれどその意思だって自分一人の力で手に入れたものじゃない、靖治を助けてくれる人達の心がちょっとずつ積み重なって生まれた気持ちだ。

 どれか一つでも何かが違っていれば、今ここに靖治はいなかった公算が大きい。

 多くの助けがあって、靖治はここにいる。


「お前の体は、別世界で16歳の誕生日の直前に死んだ万葉靖治の肉体に、夢を通して意識を憑依させて動かさせてるんだよ。徹夜であちこち覗きまくって、ようやく見つけたボディだ。大事に扱え、壊したら呪うぞ。3日くらい下痢さす」

「へえー、じゃあ今の僕ってゾンビみたいなものなんだね。気をつけるよ……あっ、ホントだ。心臓動いてない」


 ゾンビと聞いて胸に手を当ててみれば、確かに心臓の鼓動は全く響いてこなかった。すでに死んだ肉体というのは本当らしい。

 これでますます死に真似芸が捗るなと靖治が考えていると、シオリが珍しくまっすぐ見つめて目を合わせてきた。


「お前を見てると、つくづく命ってのは奇跡なんだなって思う。よく生き残れたなお前」

「うん。みんなの力と幸運が重なったって思う。特に姉さん」

「シスコンめ」

「そうその通り。姉さんがブラコンガチ勢なら、僕はシスコンガチ勢さ」


 誇るように言う靖治に呆れた顔を見せたシオリは、再び本を開いて文字の世界に視線を落とす。


「ワタシがお前を読んだ理由の半分がそんなところだ。それに無名の神の干渉を受けたことも気になる」

「無名の神って、あのエリマキトカゲみたいな猫のこと?」


 靖治の前に、これまで二度現れた自称"運命と試練を司る神様"。

 ツヤツヤした黒い毛並みに、首から虹色の蝶の羽を伸ばした、イケメンボイスの奇怪な黒猫。


「知り合いなんだ」

「知り合いってほどじゃない。ワタシの他にも世界の枠組みを超えてる超越者はチラホラいる。『罪人コレクターの監察者』『享楽狂いの放浪不死』『不死狩りの断罪者』『調停者気取りの機械人』『宇宙喰らいの生きた崩壊因子』……まあ色々だ」

「へえー、面白そうな人達もいるんだね!」

「話さんぞ、日が暮れる」

「ちぇ、残念」


 期待した眼でシオリを見つめる靖治だが、一瞥すらされず呆気なく切り捨てられて眉を曲げる。


「あの黒猫は名付けるならば『影を踏む傍観者』、自分の名前も捨てて極限まで存在を薄めることで、世界の壁を超えてあちこちフラフラしてやがる不良な神さ。他の超越者が限定的にしか手を出せないワンダフルワールドにも、唯一自力で遊びに行ってるイカレポンチだよ。そのせいで大した力は持ってないが、存在を掴めず殺せないうっとうしいやつ」

「あの猫、自力で来てたんだ」


 それでいきなり音もなく靖治たちの前に現れたりしていたのだろう。世界のすべてがあの猫神のテリトリーというわけだ。


「じゃあデマカセじゃなくて本当に神なんだね」

「と言ってもロクな力も残ってない絞りカスみたいなやつだよ。ただ運命を識る力だけはガチだ。そんなのがお前に接触したんだ」


 シオリが本から顔を上げた。

 お互いに視線を交わして、ニヤリと口端を上げる。


「気になる」

「気になるね」


 話を聞いた限り、面白い旅路になりそうだ。

 靖治が楽しげに胸を膨らませていると、不意にシオリが本を閉じてパタリと音を立てた。


「そろそろ夢が覚めるな。とりあえず、だ。手短に言うぞ。京都に向かえ、そこにお前の姉の知り合いがいる。そいつに会え」


 最後に投げかけられた言葉こそが、靖治の根幹を大きく揺さぶった。

 姉と聞いた瞬間、靖治は大きく目を見開き言葉を失う。

 万葉満希那。彼女は例え1000年前の存在だろうと、今なお靖治の心の大きな部分を支えている大切な存在だ。

 そんな姉が、今なお靖治の世界に何らかの影響を残しているという。その事実に、靖治は脳天に雷を受けたような衝撃を受けた。


「姉さんの……!?」

「そいつは1000年前の初期の次元光で転移してきた九尾の妖怪。今は京都で統治者となってるやつ。会えば(しるべ)になるはずだ」


 靖治の驚きをよそに、シオリは気怠げな三白眼で見つめながら、淡々と伝えるべきだけを伝えてくる。


「そんだけ、後は勝手にしろ。ここは夢だから、現実でここの記憶は引き出しにくいはずだが、お前は度重なる臨死体験で脳の一部がネジ曲がってる。ワタシのこともすんなり思い出せるだろう。もう一度ここに来たい時は、寝る時に願えば道を辿れるはずだ」


 呆然としていると、頭の裏側がくらむような感覚に襲われて頭を押さえた。この揺れは精神的動揺によるものとは違う。

 なんとなくだが、自分がどこかへ引っ張られるような感覚がある。これから現実に戻るということなのだろうか。

 ぼんやりする靖治を前にして、シオリは腰掛けていた本から飛び降りて黒いブーツで床に立つと、持っていた『万葉靖治の本』を本人に見せるように開いた。

 靖治の眼に映ったのは、一面の白紙だった。何も書かれていないページを見せて、シオリが明日を口ずさむように物語る。


「これはお前の本だ。書かれているのは最初だけ、本の殆どがまだ白紙。残りをどんな話にするか、それはお前の自由意志によって決まる」


 そうするとシオリは目元を和らげ、前途ある若者を祝って微笑みを投げかけた。


「できるだけ面白おかしい物語を期待している」


 優しい言葉を聴いたのを最後に、靖治の魂はそこにある仮初めの肉体を抜き出て、人の本で満たされた小世界から解き放たれた。

 無間の闇を羽ばたいて、待っている人がいる場所へと還っていく。

 黒の少女の笑顔をはなむけとして、靖治は現実へと送り出されていった。

 シオリンかわいいよシオリン。


 なおシオリちゃんの挙げた超越者の方々は、だいたい本編と関わらない模様。

 フレーバー、あるいはシオリンの妄言とでも思っておいてください。

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