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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
4.5章【境界に観る夢】
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97話『ブラコンガチ勢の本気』

「まあ、こうしてせっかくコンタクトが取れたんだ。そっちから聞きたいこともあるんじゃないか? 例えばその機体のこととか」

「ハッ、そうですそうです!」


 少しずつ靖治の姉である満希那に対して肩の力が抜けてきたイリスだったが、一度襟首を正した。


「私のこの機体については、ずっと気になっていました。あなたがこの体の開発者であるならちょうどいいです」

「あぁ、だろうな。おかしな機械だと思ったろう?」

「ハイ。謎の技術に謎のシステム、わからないことだらけで、そもそもの使用用途からして不明です」


 イリスは靖治と共のに放置されていたこの義体を利用しているが、中身はブラックボックスが多すぎて解析しきれていない。

 人間に近い動作が可能なことから人間の意識を移植するための生活用義体にも思えるが、それにしては戦闘能力が高すぎる。未知のエネルギーを打ち込む強力無比なフォースバンカーに、即時物質を生成する不可思議なパラダイムアームズというシステム。あまりにも多彩な使用用途。

 そしてそれが靖治と共に秘匿されていた理由とは。


「うん……そうだな。話せないこともあるが、いくつか説明しておくか」


 満希那はソーサーにココアの注がれたカップを置きながら、イリスの体を舐めるように視線を這わせた。

 指先から頭の天辺まで、一つ一つを検分する妥協を許さない職人のような目で見られ、イリスは背中がゾクゾクするのを感じる。


「お前のその機体は、何かあった時に靖治を助けるロボットを作ろうとしたための産物だ。中に入れるAIの製作に難航して、靖治と共に放置していたが、まさか自我を得た看護ロボットが使うことになるとは。まったくもって世の中どう転ぶかわからん。これだから生きることは面白いことの連続なんだと、靖治なら言ってくれるだろうな」


 満希那の言葉は、まるで弟を心の拠り所にしているような、そんな台詞だった。

 少し遠い目をして弟のことを考えていたようだが、すぐにイリスへと視線を戻す。


「開発コンセプトは人間と共に生きる伴侶のようなアンドロイドだ。そのため、人間が行える機能はすべてそっくりそのまま行えるようにしてある。食事、睡眠、そして涙も。場合によっては人間の意識をインストールする可能性も考慮に入れていたから、電子頭脳もかなり柔軟な設定にしてある」

「それでこんなにも余分な機能が……」

「何を言う? 余分など一つもないよ。すべてが重要だ、靖治を護るためにね。時に戦い脅威を蹴散らし、時に笑い靖治と感動を分かち合う! そのための機体だよ」


 人間用だというイリスの推測は当たらずとも遠からずだったわけだ。過度な戦闘能力も、身内への過保護と考えれば頷ける。事実イリスは、この機体の能力に何度も助けられてきたのだから、その判断は正しかろう。

 しかしながら、余分などないと言われてもイリスとしては納得しかねる。


「靖治さんを守るためなら、なおさら睡眠機能をカットする方法はありませんか? 不便なのでもっと頻度を減らしたいです」

「あぁ、いやそれはよくない。メインとなる技術的に人間と近しい動作ができたほうがいいんだ」

「はい?」


 イリスの実直な発言に対して、満希那は手の平をかざして否定した。


「お前の胸にあるコアは特殊な技術でできていてな、マキナライブラリにもない完全私独自に開発した、この世界ならではの超技術だ」


 言われてイリスは自分の胸を見やる。このなだらかな胸の奥には、人間のような鼓動を繰り返すコアが搭載されており、そこでエネルギーが作られている。

 満希那は一呼吸置いてから、細かな説明に入り始めた。


「この世界には日々異世界から様々な異存在が転移してきている。その中には特殊な能力者も多く、異能力者、魔法使い、妖怪などなどエトセトラ。お蔭でそいつらが零す魔力や霊力などの残滓が大気中に漂っている。これはわかるな?」

「ハイ、もちろんです。この世界の基礎情報です」


 基礎と言っても、大多数の人間は気にも留めないことだ。

 この影響により無意識のうちに人間の肉体が強化されたりすることもあるが、それだって微妙な程度でほとんど意識されない。だが満希那は、これが重要な要素なのだと言う。


「そういった未知の力を収集し、特殊な工程を経て配合と圧縮を繰り返すことで、特殊なエネルギー源が生成される。この『フォースマテリアル』と名付けたエネルギーを利用するのがその機体なのだ」

「あっ! じゃあ私が機械なのに呼吸機能があるのって!」

「大気中に漂う力の残滓を吸収するためのものだな」


 長年の疑問にようやく合点が言ってイリスは声を弾ませた。


「このフォースマテリアルはうまく使えば無から有を生み出し、あらゆる物理法則を凌駕する。だがこれは状態が固定できず、個体から液体、あるいは粒子、あるいは波動的な存在にまで移り変わり機械的な仕組みでは活用しにくい。これは材料のルーツのほとんどが異世界から来た人間が持つ力が故に、人間的な意思や感情に依ってようやく力を引き出せるんだ。お前がより人間に近い生活を送り、それに合わせた情緒を形成することで性能が向上するだろう」

「おぉー! すごい、すごいです! 夢が広がります!」


 自分の成長がそのまま力に変わると教えられ、イリスは興奮気味に鼻を鳴らす。

 眼を輝かせるイリスに、満希那がココアを口につけながら目の端を緩ませる。


「元気があってよろしい、ならついでにパラダイムアームズはどんどん使っとけ」

「えぇー、私あれ好きじゃないです。毎回ランダムとか、どうしてあんな機能つけたんですか」


 思い出したようにイリスが不満げな表情を浮かべて、ジト目で満希那を見つめる。

 満希那は移り変わるイリスの表情をゆるりと味わいながら、簡単に説明した。


「あれは単なるビックリドッキリメカ製造システムじゃあない。お前のその時の心理状態を写し取ったシンボルに合わせて、私が契約した異世界の機械神が持っていた情報ライブラリから技術情報を抜き出すためのものだ」

「どうしてそんな方法を? 自分で自由に選べばいいじゃないですか」

「マキナライブラリは莫大な情報量なんだよ。軍事から医療から娯楽まで、様々な方向に発達した技術のすべてを収めており、目録だけで天文学的なレベルの容量になる。そうやって最初から選択肢を狭めて自動検索を使わないと、情報過多で電子頭脳がオーバーロードしてしまう。あるがままに任せるのが一番ということさ。あとはまあ、やっぱ秘密兵器ってカッコいいからな!」

「やっぱり趣味が入ってますよね!?」

「何を言う、技術者が好きなもん作るのは当然だろ。特権だ特権ー」


 年甲斐もなくはしゃぎながら得意げに言った満希那は、イリスの胸元に指を突きつけた。


「パラダイムアームズを使用し、その場で新しい機能を生成する度に、お前の体はマキナライブラリから得た情報を元にアップデートされていく。最近、飛躍的に内部機構が変化してないか? このシステムを使い続ければ、お前はより自分が望んだ自分へと成長していけることだろう」

「そういえば、最近身体機能が変わってきてました。体重も下がりましたよ!」

「そうかそうか。女子はスリムでなくっちゃあなあ。今はオフラインになってるが、そのうち子宮機能も繋がって使用できるようになるだろうさ」

「しきゅうきのう」

「あぁ子宮機能」


 慣れない単語にイリスが思わず聞き返す。


「なんせ最悪の場合は私が直接INして靖治とキャッキャウフフのアダムとイブることも想定に入れてたからな! 姉として弟を毒牙にかけることは罪悪感に苛まされるが、なんせ法律もロクに機能しないポストアポカリプスじゃあ仕方ないよな、ああ仕方ない!!!」

「すごい……生物のタブーをこうも容易く……これが靖治さんのお姉さん……」


 鼻息を荒くして眼鏡を曇らせるブラコンガチ勢の本気に、イリスは驚嘆しつつも若干頬を引きつらせた。弟に対する猛烈な好意は見ていて若干複雑な気持ちになる。

 だがそれでも、満希那が作ったイリスの体に込められた靖治への『愛情』は本物だ。

 靖治のためだけに、一心に悩み、努力し、ありったけの愛情を注ぎ込んでこの機体を作り上げたのだ。


「……満希那さんは、すごい方ですね。この体が、そんなに靖治さんのことを想って作ってただなんて……」

「当然! この私が! 靖治のことを知り尽くしたこの私が! 靖治の好みのドンピシャになるよう作ったのがその機体だからな!!! 顔とかスタイルとか靖治のモロ好みのはずだ! 靖治のお気に入りサイトのデータから得た情報を元に最高の造形を計算したからな!!」

「あ、アハハ、さいですか」


 いや、愛情だけでなく欲望もけっこう混じっているが、それでも弟のことを大切に想っているのは間違いない。

 イリスはすごいな、とも思った。羨ましいな、とも思った。

 自分もそんなふうに、靖治さんに対して強い気持ちを向けられたら良いのにと、そう思っていると満希那が指を向けてきた。


「なんならその顔で靖治を誘惑してみろ、お前は性格もかわいいし靖治のやつならコロッと行くぞ間違いなく」

「いえ、それには及びません」


 冗談か本気かわからないことを言ってくる満希那に、イリスは手をかざして遮ると凛として言葉を紡ぐ。


「靖治さんは私の奉仕対象です! あの人のことを敬愛していますが、私の使命は靖治さんの命を生かすこと、この使命を守ることが第一だと、私はそう決めています! 子を孕むことも必要とあらば選択しますが、赤子を抱えながらでは戦うことも出来ませんし、今のところは無用です」


 イリスは満希那のように熱烈な感情を靖治に向けることは出来ないが、それでもイリスなりの意地と祈りがあった。

 靖治が健やかに過ごせるよう全力を尽くす、それがイリスなりのやり方だ、そうすると決めていたことだ。

 それを聞き、満希那は目を丸くして黙り込んだ後、唐突に吹き出した。


「フッ、ハハ。そうか、凄いなキミは」

「そうですか?」

「あぁ、数多くの失敗AIを作りまくってきた私が保証しよう」

「それって保証になるんでしょうか……?」

「まあ微妙だな、ハッハッハ!」


 満希那が褒めてくれた意味はわからなかったが、それでもそう言われると、イリスもなんだかこれで良いような、そんな気がしてきて自然に笑みがこぼれた。

 ニコニコしているイリスを見て、満希那も柔らかく微笑む。


「まあ、ここでの出来事を現実のお前は覚えていないだろうが」

「そうなんですか!?」


 無慈悲な宣告にイリスが驚愕していると、満希那が説明してくれる。


「夢とは単なる脳の活動ではない。魂だけが肉体を突き抜け零方向へと引っ張られる時に見る泡沫の夢想、それが夢だ。夢で見たものは脳ではなく魂に刻まれるが、脳には魂の情報を引き出す回路がないので、情報が意識に残ってるうちに思い出しでもしないとすぐ忘れる。お前の設計にもその回路はないし、電脳部はパラダイムアームズの影響も受けないから新しく増設されることもない。故に夢の情報を思い出すことは至難というわけだ」

「じゃあこの会話も意味なくないですか!?」

「いや、少しは意味がある。情報は魂の深層部に溜まるから、多少は現実の行動原理にも影響が出る」


 イリスには詳しい理屈がよくわからなかったが、つまりはまったくの無駄ではないらしく、少しだけ安堵する。

 この人のことを忘れてしまうことは残念だが、それでも何か残るなら良かった。


「だから、ここであまり核心的な会話はしたくないいんだ。知れば無意識でもそれへ向かってしまうからな」


 ポツリと漏らされた満希那の言葉は意味深で、重く胸の奥にのしかかるものだった。

 イリスは表情を険しくし、疑うような視線を満希那へと向ける。


「……そう言えば、満希那さんが私をここに連れてきた理由は何なのですか? 何の目的が……?」


 イリスの問いに対し、満希那は不気味なほど微笑みを絶やさず佇んでいる。

 急にその微笑みが人外の発するのっぺりした笑みに感じられる中、黙する満希那へイリスが再び問いかける。


「私の体は宿でベッドの中。では、あなたの現実は……?」


 疑念に対し、満希那は口の端を吊り上げた。


「ただ一つ言うなら、東京には靖治を連れてくるな。ここは危険だ」


 これが限界だと、満希那は短く言い渡した。だがその言葉はどこか冷淡だ。


「東京は管理AIの暴走で虐殺が発生しました、その理由も、アナタは知っているのですか?」

「さあ、どうだろうな。だが何にしても言えん、それが靖治を守るためになる」


 満希那は曖昧な言葉を返しながら、素知らぬ顔で残ったココアを飲み干した。

 空になったカップを置きながら、ゆっくりと話し出す。


「私の預かり知らぬところで起動した機体が、靖治を連れ出して二百年。夢からの干渉はずっと試みていたが、お前の自我が夢を見れるくらい発達するまで随分と掛かった。ずっと弟のことが気がかりだった」


 イリスの目の前で語る満希那は、まるでずっと誰かに打ち明けたかった秘密を喋るように、表情が晴れ晴れしていた。

 溜め込んでいたものを吐露するように、一言ごとに満希那の体から力が抜けていく。


「……いや、気がかりと言うよりも、絶望していたと言っていいな。もしかしたら生きてるかもなんて、そんな一縷の希望に縋るのも限界に近かった。だから数日前、お前の魂を察知した時は仰天して、気が狂いそうなくらい喜んだもんだ。ログの断片を掴んだ内容によれば、川辺で倒れた時だったかな? そこからアンテナを三日ほど微調整してから、本格的に網を張ったんだ。まあ、お互いタイミングがスレ違って、時間がかかっちまったが」


 もどかしさを思い返し、焦れる気持ちすら幸せだったと語っていた。

 憂いを晴らしていく満希那の雰囲気に、イリスは目を瞬かせて見つめている。


「イリス、と言ったな。この名前は靖治につけてもらったそうだな」

「ハイ、その通りです」


 イリスが返すと、満希那はニヤリと口元を笑わせて尋ねてきた。


「私の愛する弟は最高だろ?」

「――もちろんです!」


 力強い返答を聞いて満希那が満足そうに頷く。もしかしたら、彼女はこの一言を確認しに来ただけなのかも知れない。

 納得がいった満希那は、椅子から立ち上がってイリスを見下ろした。


「ありがとうイリス。弟と巡り合ってくれたのが君で良かった、その存在と行動のすべてに感謝を表する」


 背を向ける満希那に、イリスが慌てて立ち上がったが、その後ろに付いていくべきではないと思った。自分がいるべき場所は、満希那のいるところではない。

 機械の少女を残し、満希那は背中越しにひらひらと手を振りながら夢の世界から歩み去っていく。


「ではなイリス、時々会いに来るよ。また君の言葉で、靖治の話を聞かせてくれ」


 満希那の姿が、夢の中で白く溶けて消えていく。

 白む背中を、イリスは胸に手を抱えて見送っていた。


「……ありがとう、満希那さん。また――――」




――――――――――――


――――――――


――――




「――――ハッ」


 まだ早朝の日も昇らない時間に、イリスはベッドの中で目が覚めた。

 暗い部屋で虹の瞳を開いたイリスは、ぼんやりする頭を抱えて身を起こす。

 暗視センサーを起動して部屋を見渡すと、他の三人もそれぞれベッドの中で眠りに就いているのがわかった。みんな、静かで安らかな寝息を立てている。


「ここは、宿……? 私、みんなより先に寝て……」


 起き上がった体から掛け布団がずり落ちて、そういえば昨日はベッドの上に倒れてそのまま寝てしまったことを思い出した。


「あっ、布団……えへへ、そっか靖治さんたちが……」


 きっと自分が寝た後に、靖治たちがベッドの中に寝かせ直してくれたのだろう。

 パラダイムアームズの副次作用で軽くなったとは言えまだイリスの機体重量は90kg。手間をかけさせて申し訳ないとも思うが、こうやって親切にしてくれることがとても嬉しい。


 ……パラダイムアームズの副次作用?


「何か忘れてるような……? うーん?」


 奇妙な違和感を覚えて、イリスは一人首を傾げた。

 しかし正体のわからない違和感のことはすぐに忘れ、静かにベッドから下りて靴を履く。

 メイド服のフリルを揺らしながら立ち上がり、向かいのベッドで横になっている靖治の寝顔を見て、微笑みをこぼした。

 彼は今、心配などどこにもなさそうな顔で安らいでいる。そのことは、きっとどこかの誰かが願っていたことで、同時にイリス自身が望んでいることでもある。

 祈りを受けたその寝顔がそこにあるだけで、なんとも嬉しい気持ちになった。

 とは言え、このままこの部屋で置きていてはみんなの眠りを妨げてしまうかも知れない。


「……外、行こうかな」


 晴れやかな気持ちでなんとなく、部屋の窓から夜空を見上げ、そう呟いた。


次の投稿予定は明後日の13日土曜日ですが、一日遅らせて14日の日曜日に変更になります。ごめんねー。

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