6.外出許可
異世界に来て、あらゆることに興味を持つなというほうが無理だろう。見ず知らずの地で、茉優という特殊な立場の未成年の少女が別にいることを考えれば、無邪気に楽しむことはできないが、最初のうちは、それなりに面白かった。
知らない文字を見れば気になったし、見たことのない道具があれば何に使うのか訊いた。食事だって日本とは違うものが出てくる。礼拝にも参加したり、書庫にも行ってみたし、読めない本を眺めながら、知っているものがないか探したり、知らないものを想像したりもした。
ただ、それも何日か続けば飽きてくる。
「……暇だな」
部屋で椅子に座ったまま、海里はぼんやり天井を見上げた。
施設の中で立ち入り禁止と言われていないところは、だいたい見た。聞きたいことも、ひと通り聞いた。教団の人たちも相変わらず丁寧だ。茉優も今のところ大丈夫そうだ。なら差し当たっては、ずっとここにいる必要はないだろう。
というか、現在とても内心困っている。
仕事、いい加減にいかないとまずいんじゃないだろうか。
土日と有休を使って、もう四日休んでいる。
ちょっと体調不良なんです、で押し通すには、そろそろ長い。
問題は、日本に帰っている時間をどうやってごまかすかだ。
自分が自由にこちらとあちらを行き来していると知られるのは避けたい。
だが、仕事に行くとなると、朝から夕方までだ。意地でも定時で上がるようにするとしても、そこそこの不在の時間ができる。問題はその間、自分がずっとこの世界からいなくなっていることだ。
こちらでは、特にすることもなく施設の中で過ごしていると思われているだろう。それが、突然日中に何時間も姿を見せなくなれば、不自然に思われる。
かといって、理由をつけるのも難しい。一日くらいであれば、それこそ体調が悪いから部屋で寝ていたい、とでも言っておけばいい。しかし何日も続けば、さすがにそうもいかない。
「となると……」
外に出ていることにしておくのはどうだろう。
窓から見える限りでは、結構大きくて賑わいのある街のようだ。人目のないところで日本へ戻り、仕事をして、またこちらへ戻ってくる。
そのためには、この施設の外へ出られるようにしておきたい。
となると、まずは外出許可をもらうところからだ。
善は急げとばかりに、海里は部屋を出た。
朝食のあと、いつものように担当らしい教団関係者が何か困っていることはないかと訊いてきたので、ちょうどいいと声を掛ける。
「すみません。ちょっと外に出てみたいんですけど、大丈夫ですか?」
「外、ですか?」
「はい。そろそろ時間を持て余していまして。街を見てみたいなと思って」
担当の男は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……街を、ですか」
「ええ。せっかくなので」
にこやかに答えてみる。
駄目なら駄目で、そのときは仕方がない。別の方法を考えるだけだ。まずは聞いてみるに限る。
「そうですね……」
男は困ったように笑った。
「私の判断だけでは、なんとも」
「じゃあ、ヴァイルさんに聞いてもらえます?」
海里も笑って返す。
「もちろんです。少々お待ちください」
「お願いします」
男が部屋を出ていく。
第一段階クリア。
しばらくして、ヴァイルのもとへ呼ばれた。初日の応接室のような豪華な部屋ではない。普通の面談に使われそうな部屋だ。
「外へ出てみたい、と伺いました」
「はい。ちょっと街を見てみたくて」
海里はそこで、少しだけ表情を引き締めた。
「森下さん、えーと、聖女様と違って、俺が帰る手段というのは、分からないんですよね」
「……申し訳ありません。文献をあたっているのですが」
「いえ。自分がイレギュラーな存在だということは、理解しているつもりです」
海里は神妙な顔でヴァイルを見る。
「ここに来てから、色々とお世話になっていますけど……食事も用意してもらっていますし、部屋もあります。服まで貸してもらって、本当に助かっています。ただ、これから先、自分がどうなるのかはまだ分かりません。もしこの世界で生活していくことになるなら、この施設の外のことも知っておいたほうがいいかと思いまして」
ヴァイルは一瞬だけ海里を見た。
「なるほど。そういうことでしたら、街の様子くらいは知っておいたほうがよいでしょうね」
「ええ。ずっとここにいるのに、何も知らないままというのも、ちょっと落ち着かないですし」
海里は苦笑してみせる。
「それに、正直ちょっと暇になってきまして」
「やはり」
「やっぱり分かります?」
「ただこの中だけで過ごしていればそうなるのも無理はありません。私共も何をしていただいたら良いのか決めきれず申し訳ない」
「このままだと、暇すぎて壁の石を一つずつ数え始めそうです」
「それは少し困りますね」
「ですよね」
海里が笑うと、ヴァイルも小さく笑った。
「では、その前に街へ出てみますか」
「……いいんですか?」
「ええ。街を見るくらいでしたら」
思ったよりすんなり話が決まり、海里は少し目を瞬かせた。
「助かります」
「ただ、外へ出るとなると、いくつか準備が必要です」
「ああ、そうですよね」
「まずは身分証を作りましょう。こちらではヤマモト様が身元を証明できるものをお持ちではありませんから」
「あー……そういえば、何もないですね。こちらでもそういうのが必要なんですね」
免許証などは自宅に置いてきている。そもそもここに持ってきても役には立たないだろう。
「法治国家ですから。外を歩くのであれば、そのほうが都合もよいでしょう」
「お願いします」
「それから、外出の際には教団の者を一人、同行させてください。まだこちらのことには慣れていないでしょうから、案内役がいたほうがよいでしょう」
「それはぜひ。知らない街で一人だと、たぶん迷います」
「では、遠くへは行かず、日没ごろには戻る。それでよろしいですか?」
「はい。それくらいなら問題ありません」
素直に頷いておく。
「それと、聖女様については外では話さないようにしてください。召喚のことは、まだ公にはしていませんので」
「分かりました。まあ、いきなり『異世界から来ました』なんて言っても、信じてもらえないでしょうし」
「ええ。私でも少し考えます」
ヴァイルは傍らの緑襟の教団員に目を向けた。
「では、明日の外出に向けて準備をお願いします」
「承知しました」
教団員が頷く。
「明日ですか?」
海里が聞き返すと、ヴァイルが少しだけ笑った。
「待ちきれませんか?」
「いえ、そういうわけでは……」
海里は少し考えてから、苦笑した。
「壁の石を数え出す前でよかったです」
「それは本当によかった」
ヴァイルはにこやかに退席を促す。
「では、明日は街へ行けるよう計らっておきます」
「はい。楽しみにしています」
海里は軽く頭を下げ、部屋を出た。
自室へ戻ると、海里は小さく息を吐いた。
これで、外へ出る理由はできた。
身分証も用意してもらえる。付き添いはつくが、それ以降も外へ出られる。
第二段階も、十二分なくらいうまくいった。




