1-7 最大の恋敵は自分自身だ。違う意味で
「ほう、前世……ですか? これは面妖な」
フィアルは思わずそう尋ねていた。
リュシアンの表情を見れば嘘をついていないということは分かる。
だが、あまりに荒唐無稽なその話に加え、何より自分が彼を殺した側の人間と言われたことに驚きを隠せなかった。
「与太話と信じてくれなくて構わない。それなら話は終わりだ」
「いえ、与太話は大好きなので」
リュシアンはフッと笑うとゆっくりと話し始めた。
「前世でも私は、フィアルと結婚した。彼女は……まさに素晴らしい妻だった。聡明で、細かいことにも気が付き、そして何より『現代知識』で周囲を幸福にしていた」
「それはそれは」
買いかぶりだと感じながらも、フィアルは悪い気はしなかった。リュシアンは続ける。
「だが……そんな彼女に私は嫉妬していたのだろう。周りが彼女を持てはやし、私の名前が比較されて引き合いに出されるうち……次第に彼女との会話が減り、逆…….鉱山主の娘カーラと逢引をするようになっていった」
「あの女ですね? おお、あの事件を思い出しますなあ。まさに歴史に名を残す大事件でした」
リュシアンの発言が事実だとしたら、先日の舞踏会の際にあれほど過剰な反応をしていたことも理解できる。そう思いながらもフィアルはおどけたふりをしてみせた。
「だが、そんな浮気を彼女は許さなかった。フィアルは領地を出奔し……経緯は不明だが、魔族の王『ファルカン』に番として見初められたのだ」
「ほう、随分と聡明な奥様だ。魔族の王にまで惹かれるとは」
ファルカンという名前に聞き覚えはない。たが、魔族の存在自体はここ最近よく兵士の口から出てくるのを耳にしている。
「魔族は彼女の知識の恩恵もあり、勢力をどんどん伸ばしていった。だが逆に、私の領地では彼女を失った呪いだろう、とは思うが……急速に衰えていった。そんな姿を彼女は嬉しそうに笑っていたよ。『なんてザマなのでしょうねえ』と」
「…………」
思わずフィアルは押し黙った。
自分は、キレると何をしでかすか分からない性格なのは理解している。だが、そこまで苛烈な報復をするような悪人ではない、と信じ込んでいたためだ。
「それでリュシアン様の最期は、いかに伝説的だったのでしょう?」
何とか道化のような口調を装いながら聞くと、はあ……と重たい雰囲気を漂わせながら深くため息をついて、頭を抑えながら絞り出すように呟いた。
「伝説的、か……。ある意味ではそうだな。……私は魔族押し寄せる中で民を逃がしたあと、ファルカンに一騎打ちを挑まれた」
「一騎打ち、ですか……」
「そうだ。だが相手は魔族の長だ。勝てるわけもなくなぶられながら切り刻まれ……最期は彼のペットであるケルベロスに生きながら食われた。その様子を見て隣で笑っていたフィアルの顔は、今でも夢に見るほどだ」
「そ、それは……大した悪夢ですねえ」
いくら浮気の報復とはいえ、そこまで自分に残酷な一面があるとは思えなかった。
無論正当化することはいくらでもできる。夫がやったことだから仕方ない、私は本意ではなかったとも。
……だが、今目の前で雨にうち震える子犬のような顔をしている夫を見て『前世』の自分がしてきたことの重さを理解した。
「おお、何と酷い女! あきれてものも少ししか言えません! それで……王子はフィアルを憎んでいらっしゃるのですか?」
思わず自己嫌悪の余り『様』をつけ忘れた。
だがリュシアン王子はそこには突っ込みを入れず、ゆっくりと首を振った。
「いや……憎むべきは私自身だ。私の短慮さと劣等感のせいで民を傷つけ……フィアルにあそこまでのことをさせてしまったのだ。すべては私の責任なのだから」
「おや、フィアル様を恨んではいないのですか」
「もちろんだ。愛する……いや、そういうのはおこがましいな。一度は愛した妻を凶行に走らせたのだ。すべての責任は私にある」
こういうところがリュシアンの真面目なところだな、とフィアルは頷いた。
そしてリュシアンはいつもの、どこか諦めたような寂しそうな表情で無気力に笑いながら答えた。
「だが、なぜか私は死に戻った。これは神の思し召しなのだろう」
「神の?」
「そうだ。前世の私の罪を償うためにな。……今世では私は、フィアルのことだけ考えて生きるつもりだよ」
「……それ、どういうことですか?」
「私はただ何も考えなくていい。ただ無条件にフィアルを愛し、敬い、疑問は抱かずにただ、彼女の『現代知識』を全て肯定し、疑わずに全て従っていればいい。そうすれば国は栄えるはずだからだ」
「それではリュシアン様は幸せになれませんが」
そんな形で大事にされても嬉しくはない。私だってリュシアンを幸せにしたいと思っていること、彼は多分気づいていないのだろう。
思わずそう尋ねたがリュシアンは変わらず空虚な顔で笑いかける。
「幸せも何も……。前世でケルベロスに食われた時の恐怖の影響なのだろう、私はもう何も感じないんだ。痛みも苦しみも……寒さも熱さも、眠気すらな」
「そんな……」
思わずそう絶句したが、今にして思うと心当たりがあった。
リュシアン王子は外出して私がさむがるたびに、震え一つ見せず上着を貸してくれた。そして石鹸を作る時にも一瞬たりとも『寝たい』とは言わなかった。
「ですが! 何も感じていないのであれば! フィアル様に向けていたあの優しい笑顔は嘘ではないのですか!」
フィアルは思わずぐっとリュシアンに顔を近づけて詰め寄る。
彼が自分に見せてくれた優しい態度は、絶対に嘘や演技ではなかったからだ。だがリュシアンは目をそらしながら、言葉に詰まる。
「……それは……」
「教えてください! 絶対に誰にも言いませんから! 特にフィアル様とバルター陛下には!」
「…………」
「お願いします! 興味本位じゃありません! 私は本気で、リュシアン様のことを知りたいのです!」
思わず『道化』として被っている仮面のことも忘れて、そう尋ねていた。
しばらくしてこくりと頷くと『絶対にいうな』という念押しのもと、懐にいつも入れていた薬瓶を取り出した。
「これは……なんですか?」
「皆には栄養剤と言っているが……強力な惚れ薬だ。とある薬師に定期的に作ってもらっているものだ」
「まさか、王子は……」
「ああ。毎日これを服用してフィアルへの恋慕の情愛を呼び起こしている。……そうでもしないと、彼女の顔を見るたびに恐怖に体がひきつって、何も考えられなくなるからな。」
「……そう、でしたか……」
相当なトラウマを感じていたのだろう、彼が時折自身に見せていた表情の理由が分かった。そしてリュシアン王子はまた、乾いた笑い声を出してつぶやく。
「ハハ……どうやら私は、どこか壊れてしまったのだろう。……だがライア。くれぐれもこのことは、フィアルに言わないでくれ。彼女に言えばきっと……」
「きっと?」
彼女を怒らせる、或いは嫌われてまた八つ裂きにされることを恐れているのか?
そう思い聞き返したが、彼の回答はフィアルの想像とは異なるものだった。
「フィアルを傷つけるはずだ。今世の彼女は何もしていないのだ。それなのに私はくだらない前世の記憶に縛られたせいで彼女を愛せないのだから……。彼女は今世でこそ復讐などせず、幸せに生きていてほしいんだ……」
「…………」
リュシアンにかける言葉を見つけられず、フィアルは押し黙った。
今のリュシアンは、無理に私を愛しているのだ。それも前世での恨みではなく民と……私自身のために。
「このことは誰にも話さないでくれ」
「ええ……」
そして今のリュシアンは、本当に王子としての仮面を脱ぎ捨てた一人の男としての本音を打ち明けてくれたのだろう
(リュシアン……)
『前世』の私が何をしたのかはよくわかった。
そしてリュシアン王子の今までの異様なほどの献身と、不自然な頻度での薬の服用、そして何より私への愛情も。
フィアルはぐっとこぶしを握り、リュシアンの肩を思いっきり叩いた。
「リュシアン様!」
「な、なんだ!」
「とりあえず、キノコを摘みませんか!? 日が暮れちまいますからね!」
「あ、ああ……」
だが、これでやるべきことが分かった。
リュシアンは確かに壮絶な過去があったのだろう。そして私は前世で彼に酷いことをしたのだろう。
(フン、そんなことは知ったこっちゃないわね……)
そう、今世のリュシアンは浮気も何もしていないし、こちらも彼になに一つ負い目を持つようなことははない。また『現代知識』を今更彼に渡して手柄を譲ったところで、却ってリュシアンの劣等感を強めるだけだ。
……ならば自身のやるべきことはただ一つだ。
(『カトリーナ』の位置に私が座ってあげればいい……! そうして、リュシアンを幸せにしてあげればいいんだ……!)
前世では浮気相手がそれを担っていたのだろう。
だが、今世では『私が私の浮気相手』になればいい。そうすればきっと、誰も傷つかないはずだから。
そう思いながら、フィアルは心の中でファイトを入れながら、キノコを一つずつ摘む王子の小さな背中を見つめた。




