1-6 水力発電は環境を破壊しない。それは嘘だ
「リュシアン王子、新型の水車を作っていただいてありがとうございます」
「これは全てフィアルの提案だ。礼ならフィアルの方に伝えてくれ」
リュシアンは城から一時間ほど離れた場所にあるコラプス村に足を運んでいた。
視察とはいうが、フィアルが前から訴えていた「現代知識」を用いた水車の提案と設置を行うのが目的だった。
「この新型の水車のおかげで、粉を引く速度がだいぶ早くなりましたよ」
「それならばよかった。フィアルも喜ぶだろう」
フィアルが提案していたのは「胸掛け水車」だ。
河川の底を削りとってそこに水車を配置し、水自体の重みを利用することによってより効率的に水車を回す方法である。
水車がぐるぐると勢いよく回るその様子を見ながら、コラプス村の村長は尋ねる。
「ところで、これほど優れた水車を作ったら……何か代償はありませんか? 水の精霊を怒らせるとか……」
「それは気にしなくていい。支流を作って水をせき止めているわけでもないかな。川に何の悪影響も与えないはずだ。だから安心してくれ」
勿論これはフィアルの発言をそのまま口にしている。
『下流に流れる水の総量は変わらないから、迷惑なんて掛からないに決まっています』と断言した彼女の発言を、リュシアンは信じていた。
「幸いこのあたりは木材が豊富にあるから、どんどん作っていこう。予算については製粉業が軌道に乗るまで私の国庫から出すから安心してくれ」
「ありがとうございます、リュシアン様」
「気にしないでくれ。フィアルが言っていたからな。『いずれこの村が潤えば、結果的に国全体が豊かになる』と」
「ありがとうございます。……ところで、リュシアン様はこれからおかえりに?」
「いや……まだやることがあってな。ちょっと森に行くつもりだが……」
「そうですか? なら私たちが道案内を……」
「心配には及ばない。一人でいつも行っている場所だからな」
「そ、そうですか……。それでは、また」
そういうと、村長はぺこりと頭を下げた後、斧を片手に森に戻っていった。
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「ふう……」
そうため息をつきながら、川の流れをじっと見つめながら呟く。
「しかし……村長にはああいったが……本当にこれでいいのか?」
フィアルから聴いた『現代知識』はどれも、あまりにも画期的なアイデアだった。
水の流れという『無限にある力』を利用して、新型の水車を作りましょうと言われて見せられた胸落とし式の水車の設計図を見せられた時には、その発想に驚きを隠せなかった。
だが、実際に作ってみてわかったのは、彼女が正しかったことだ。自身の知っている従来型の水車に比べて圧倒的に効率がよかったのだ。
……だが、リュシアン王子には一抹の不安があった。
「だが……『無限』なんてものが、この世にはあるのか……? いや、ダメだ。彼女のいうことを疑っては……」
そう思ったが、すぐに首をふるう。
そして立ち上がろうとしたとき。
「おや、こんなところにみすぼらしい人影が。どこの没落貴族ですかねえ」
「誰だ!?」
突然後ろから声を掛けられて、振り向いたリュシアン王子。
そこには人目を引く派手な帽子に道化の服装、そして顔にはマスカレードで用いるような仮面を身に着けた女性がいた。
「おやおやおや。あなたはリュシアン様ではないですか! 随分おめかしをされてるようで。それなのにその泥だらけの身なりとは。野犬に負われて蹴っ躓いたのでしょうか?」
「……お前は……」
「私の名前はライア。あなたとは違って偉大な経歴を持つ男、バルター様から雇われました宮廷道化師です」
「ライア……か……」
かつて、この国には伝説の宮廷道化師がいた。
彼女はもとは亡命者だったが、王子の元に拾われ、灌漑や畑の収量増加に寄与するような偉業を皮肉交じりに提案し、国を富ませたという逸話がある。
そして何より、王国への侵略軍を撃退する際に率先して崖を渡ってロープをはり、奇襲を敢行して勝利に導いたともされている。
彼女の名前は『ライア』。
それ以降、この国では宮廷で雇われる道化師はみな『ライア』の名前を名乗ることになる。
(ふむ……父上の命令か……どうやら偽物ではないようだが……)
リュシアンは彼女の衣服に王家の紋章があるのを見て、そう頷いた。
通常この紋章の複雑な刺繍は他国には真似できない。また、この国の王族は、自らを批判する宮廷道化師を置くことは珍しくないので、リュシアン王子は納得して頷いた。
「それで、ライア。わざわざこんなところに何の用だ?」
「いえいえ。フィアル様から様子を見て来いと仰せ使いまして。どうやらあなたは相当彼女に愛されておいでのようだ」
無論、このライアがフィアルの変装であることは言うまでもない。
だがその仮面とメイクも相まってリュシアン王子は彼女の正体に気づいていない。
「彼女が私を? ……ありえない話だ」
「おや、なぜでしょう? 私はそうは思いません。彼女があなたを愛さない理由はないでしょう。お金があれば顔もいい! そして毎朝パンを食べて、うんこまで出来る! そんな世界一偉大なる未来の賢王、リュシアン王子様なのですから!」
そうおどけて言っているが、勿論フィアルの本心だ。
(この格好をしていると、私の方も本音で語れそうね……)
宮廷道化師は『唯一王族を批判できる愚者』だ。
その仮面をかぶっている以上、普通にほめそやすことは出来ない。だが、皮肉を交えながらもリュシアンに対する敬意には偽りはなかった。
「……皮肉はよしてほしい。それより、そこをどいてくれ」
「おや、どちらに?」
「森だ。……フィアルが好きだったキノコと※蟠桃の実を採りに行くつもりだ」
(※ばんとうと読む。中国によくみられる、潰れた形の桃)
宮廷道化師は王族にとっては『愛する民』ではない。
そのためいつもとは違う、どこか突き放すような態度と冷たい目にどこかフィアルは胸が高鳴った。
「おや、なぜ彼女がそれを好きなことがお分かりで?」
だが、そう思いながらも彼の一言に違和感を感じたフィアルは、リュシアンに尋ねる。
フィアルが以前食べたポルチーニに舌鼓を打ったことはメイドであれば、知っていることだ。
だが、桃の実は今まで食卓に出されたことはない。それにもかかわらず自分がこの地域の蟠桃が好きなことを何故彼は知っているのだろう。
「……それをお前が知る必要はない」
「分かった! きっと彼女の寝室に密偵を放っているのでしょう! それで知ったに違いない! そうでしょう!?」
「……は!?」
「おお、なんと浅はかな夫なのでしょう! 妻を愛するあまり、そんなことまでするなんて! よし、言ってやりましょう。フィアル王女にそのことを!」
「ち、違う! 私は断じてそんなことをしていない!」
「ではなぜご存じなのでしょう?」
「…………」
それでも何も言わないリュシアン王子。
だが、恐らく彼の今までの不自然な態度と何らかの関連があるのだろう。そう思いながら少しからかう口調でフィアルは呟く。
「じゃあやっぱり、フィアル様に言ってやりましょ。リュシアン王子は姫様の部屋に……」
「ま、待て! ……分かった、言おう。ただし条件がある」
「おや、なんでしょう? 私の体でもご所望で? それであれば喜んで」
そういって手をクロスさせて服を脱ぐ素振りを見せようとすると、それを慌ててリュシアンはぐいと服を押さえつけて止めた。
「バカ! 何やってるんだ!」
「おや、道化にバカとは誉め言葉ですよ?」
「ったく……。まあいい。頼みというのは、簡単だ。一緒に採取を手伝ってほしいんだ」
「なるほど、採取ですか?」
「ああ。身軽な者の助けが欲しいところだったからな」
「理解しました。つまり私とデートしてほしいということですね? いやあ、参ったなあ」
「だから、なんでお前はそういう方面に話を持ってくんだ!」
「ハハ、冗談ですよ」
この王子、ちょっとからかうとすぐに本気で応じてくれるから面白いな。
フィアルは、今まで自分に見せてくれた『溺愛』ともまた違う、そんなやり取りをしていると、まるで友達のような妙な感覚になっていった。
「で、どうなんだ?」
「いいでしょう、喜んで手伝いますよ。なので、教えてください。あなたがなぜ、それほどフィアル様のことにお詳しいのか」
「分かった。……だが、多分信じてくれるとは思えないがな」
「道化がいうことを信じる者の方が少ないのでご安心を。どうしても心配なら独り言のつもりでどうぞ」
「……フッ。全くだな」
いつもの余所行きの笑みとは違う表情を見せた後、リュシアンは森に向けて歩きながらゆっくりと話し始めた。
「私は……。実は転生者なんだ。そして前世では……フィアル……彼女に私は殺された」




