1-1 初めての舞踏会、そして定番の冤罪
それから数週間が経過した。
「ふう……美味しかったです。ごちそうさまでした」
フィアルへの待遇は、小国の半ば人質として嫁がされた立場を大きく逸脱した、いわば特別待遇だった。
衣服は彼女好みのものが用意され、退屈なときには軍楽隊が好みの曲を提供してくれる。食事も祖国の味を基盤としながらも彼らの国独自のアレンジを聴かせたものが振舞われている。
朝食を食べ終えたフィアルはメイドに尋ねた。
「それにしても、美味しいですね、このキノコは。なんていう名前なんです?」
「ポルチーニというきのこです。先日リュシアン王子が、自ら採ってきてくださったものですよ」
え? と思いながらフィアルは皿を見つめた。
通常、一国の王子がわざわざキノコを自分のために採りに行ったとは思わなかったからだ。
「この国ではキノコ狩りが盛んなんでしょうか?」
「いえ、そんなわけでは……。おっと、この話は王子には口止めされていたのでした。……ただ、それだけ坊っちゃんはあなたを溺愛されているのでしょう。フフフ」
そういうとメイドは少しいたずらっぽく笑みを浮かべながらそう答えた。
独断でそのことを自分に伝えたということが分かった。その明るい表情にフィアルは少し訝し気な表情をする。
「リュシアン王子のことをあなたがたはたいへん慕っているようですね。その、噂では……」
「ええ、確かに数年前までは本当に冷徹で、それなのに激しやすい方でしたが……3年前くらいでしょうか、急に人が変わったように優しくなりまして……」
「3年前? なにかあったのですか?」
「いえ。ただ……正直、どこか去勢された馬のような、そんな目をするようになりましたね。私たちにも」
「そうなんですか……」
だが、3年前には何か大きな事件があったという話は聞かない。
飢饉があったわけでもなければ、身内に不幸があったわけでもない、特段代わりのない年だったはずだが。
「……さて、そろそろご準備はよろしいでしょうか? お召物を合わせなくては」
「ええ。今度そのお話、詳しく聞かせてくださいね」
その話にはフィアルも興味があったが、これから初めての社交界となる。
ダンスの練習は嫌というほど叩き込まれたし、作法についても徹底的に学んだつもりだ。
祖国に恥をかかせるわけにはいかない。頭の中で何度も躓きながら覚えたステップを思い出しながら。フィアルは食事を済ませて立ち上がった。
ーーーーーー
そして夜。
「リュシアン王子、おまたせしました」
パーティ会場の前ではリュシアン王子が気品のある佇まいをしながら、フィアルの到着を待っていた。その手には先日も持っていたガラスの小瓶があった。
そこから丸薬を取り出し呑み込んだ後、彼はそっとそれを懐に戻してニッコリと笑みを浮かべた。
(あの小瓶、いったい何なんだろうな……)
「フィアル! ……素晴らしい美しさだな。今日、君が隣りにいてくれることが私にとって何よりの幸福だ」
時代を感じさせるフリルたっぷりのタキシードに身を包んでいるリュシアン王子のその満面の笑みにフィアルは、それ以上の追及を辞めた。
「ふふ、ありがとうございます。それにしても私の服の好みにぴったりですね、これ」
「そうか? ……ならよかった」
「王子は本当に、私の趣味がよくわかっていますね」
テレーズに聴いたが、特段自分の好みについて追及されたことはないらしい。リュシアン王子は一瞬口ごもったような表情を見せた。
「……たまたま私の選択が君の好みに合っているようで良かった。君がどんな服を喜ぶのか、どんな食べ物が好きか。好みのものや趣味があったら、なんでも用意するから任せてほしい」
「……ありがとうございます」
ここまで尽くされてしまって、逆に申し訳ない。せめて今日のダンスの時には王子に恥をかかせないようにしなくては。
リュシアン王子の手をそっと握りしめ、二人は会場に入っていった。
会場には数十人の人が集まっており、皆口々に社交の場での会話に花を咲かせ、踊りを楽しみ、食事と酒を嗜んでいた。
「結構な人が集まっていますね」
「ああ、今日はあなたのお披露目会でもあるからな。初めての社交界ということもあり、知ったものだけに招待状を送ったんだ。だから君は緊張しなくていい」
「そ、それでも……やっぱり緊張します……」
いくら練習とたっぷりしてきたとはいえ、社交場でのダンスは初めてだ。
それにここ数日でリュシアン王子には散々世話になっていた。そのことを心配してると、王子はフィアルの手を取り、そっと耳元で呟いた。
「安心してくれ、私がリードするから」
「はい……お願いします」
その一言で、フィアルは少し気持ちが軽くなり、背筋を伸ばして楽曲に耳を傾けながら、会場の中央に向かう。
(初めてだったけど……結構楽しいわね、ダンスも……)
リュシアン王子のリードは完璧だった。
彼のダンスに周囲が「おお、あれが……」「彼の婚約者のフィアル様が……」という声が口々に聞こえてくる。
あまりダンスに自信がなかったが、リュシアン王子の動きにあわせていくうちに次第にスムーズに動けるようになっていく。
心地いいリズムと彼のリードに身体をゆだねていくうちに、フィアル陶酔するように目を閉じる。
(この人となら……結婚生活を幸せに送れるのかな……)
それからしばらくしてダンスは終わった。
彼が深く頭を下げると、周囲からは大きな拍手が上がる。そんな歓声の中でリュシアン王子はフィアルの顔をそっと覗き見る。
「楽しんでもらえただろうか?」
「ええ」
「よかった……。私も至らぬ点もあると思うが、可能な限り君に喜んでもらえるように力を尽くそう。だから、また私と新しい家族として国を盛り上げてくれないか?」
「また」?
その言葉に少し違和感を感じたが、フィアルは特に気にすることもなく「ええ」と笑って頷いた。
(……ふう……少し疲れたな……)
会場の熱気に晒されたせいもあってか、フィアルは少し体が汗ばむのを感じて周囲を見渡す。観客たちも自分たちへの興味が少し薄れたのか、今少し抜け出しても問題なさそうだ。
「すみません、少しバルコニーに出ていいですか?」
「ああ、もちろんだ」
フィアルはドレスの裾を少し直して汗を軽くハンカチで拭いたあと、バルコニーに出ていった。
ーーーーーー
「はあ……楽しかったわね」
空はきれいな月が足元を照らし、夜でも遠くの山が見えるような景色が広がっていた。
正直、恐ろしく冷酷な性格と言われていた彼と結婚すると決まったときには、どうなるかと思った。これは政略結婚でもあるから仕方がないとも。しかし、噂とは違い彼はとても優しそうな人だ。一体なぜ、あれほどの噂が立ち上ったのか不可解に思うほど。
(噂はあてにならないものね……)
吹き抜ける夜風の心地よさに思わず目を閉じながらそう思いを馳せていると、後ろから見知らぬ女の声が聞こえてきた。
「ねえ、あなた?」
「なんですか?」
「あなた、フィアル王女よね? この間リュシアン王子と婚約した」
「そうですけど……あなたは?」
「あたしはカーラ。名前くらいは聞いたことあるんじゃない?」
カーラ。
確かルイン王国に住んでいる有力貴族の一人娘だ。主に鉄鉱石の採掘を主な生業としているが近年では採掘量が減少しており、いい評判は聞かないが。
わざわざ一体何のようなんだろう、と言いたい気持ちを抑えながら彼女の発言を待った。
「あんた、よかったじゃない。あの金持ち王子のもとに嫁いでさ、それで玉の輿。自分の実家も安泰ってことでしょ?」
その口ぶりからは明らかに此方への敵意が感じ取れた。
「…………」
そして、どこか思い詰めた様子でこちらに近づき、バルコニーにもたれかかっていた。
「だからさ、あんたがいるとさ……正直邪魔なんだよね」
「え?」
するといきなり彼女は私の手を掴んでぐいっと引っ張ってきた。
「な、何するんですか!?」
「こうするのよ!」
そして次の瞬間、彼女はバルコニーの手すりに仰向けになる形で外に身を投げだした。
「な……!」
なぜバルコニーから飛び降りる? しかも私の手を引っ張って。
あまりに突然の出来事に思わず絶句するフィアル。だが、その理由はその一瞬後にすぐ理解できた。
「きゃあああああああああ! 誰か来てください! カーラ様が! あの女……フィアルに突き落とされました!」
バルコニーの脇から侍女と思しき女が悲鳴交じりに大声で叫ぶのが聞こえてきたからだ。




