2-3 呪いの正体って多分こんな感じだと思う
「……やはり、そうだったか……」
そして、彼が去ったあとの川辺の岩に座り込み、リュシアンはそうつぶやいた。
「おや、何かお分かりに?」
「ああ……ライアは知らないと思うが、石鹸を先日作ったときに気になったことがあったんだ」
「おや、どんなことでしょう?」
こういう時には流石に茶々は入れない。
フィアルは真面目な素振りでリュシアン王子をみて首をかしげる。
「フィアルは自然のものは自然に返せばいい、といってはいた。それは聞いているか?」
「ええ、それは勿論」
「その時疑問に感じたのだ。自然物でも大量の土砂を流せば魚は死ぬ。そんな廃液を川にそのまま流して本当に問題ないのだろうか、とな」
「はあ……」
フィアルは行動力はあるが思慮が浅い、行ってしまえば無鉄砲な性格である。
そのため石鹸を作っている時にも『どうすれば綺麗に成形できるのか』にばかり意識が向かっていたため、廃液の処理については特に気を留めていなかった。
もし彼女が本当の異世界転移者であれば真っ先に思いついたことだが、生憎中世レベルの彼女の学問の中には「公害」については触れられていなかった。
「けど、別に川は流れ続けるわけですし、すぐに廃液なんて流されてしまうのではないでしょうか?」
「いや……我々が思っている以上に、川は汚染されやすいものなんだ。それを私は以前目の当たりにしている」
「そうなんですか? それはいつ、どこの話でしょう?」
そう尋ねると、リュシアンは体をひるがえして身に着けている鎧を見せた。
護身用の小さなブレストプレートだが、鎧の形状にはあまり意味はない様子なのでフィアルは特に何も突っ込まなかった。
「見たらわかると思うが、我々が身に着けている鎧は鉄製だろう?」
「ええ、暑苦しいっすね。けど王子でもかっこよく見えるから、好きっすよ。馬子にも衣裳ってやつっすね」
あまりに真面目な話が続くと道化師としての役割が無くなる。そう思って横やりを入れるが、リュシアンは特に反応しなかった。
「その通り、儀礼的な側面もあるからな。だが平民が武器として身に着けている防具は革鎧だ」
「ええ。レザーアーマーっすね」
「そうだ。見栄えは良くないが、軽く動きやすい加工がされている。そして以前私は革鎧の工房を作ろうと文献をあたっていたんだ」
「おや、どういう風の吹き回しで?」
「フィアルでも装備できるような、軽装でドレスの下に着込める防具を捜していたんだ。……まあ、匂いの問題で断念したがな」
この時代のなめし皮は、強いにおいがする。
戦闘中ならばまだいいが、普段の護身用に身に着けるのであれば些か弊害が強い。
また、現代のライダージャケットとは異なり徹底的に硬化処理をされた革鎧は、中に着込むのには不向きだ。
(へえ……)
自身のためにそこまでしてくれていたことに思わず嬉しくなったが、これ以上話を脱線させないために発言を控えた。
「その中に、恐ろしい伝説があったんだ。工房を建設し、廃液を川に流したときに恐ろしい『呪い』が起きた、というな」
「へえ……どんな呪いですか?」
「子どもは皮膚がただれ、衣服は痛み、そして何より川から魚がいなくなったと聞く。……話によると、その男が工房で廃液をそのまま捨てていた時に起きたらしいな」
「おや……」
まさにそれは、先ほど村人から聴いた話と一致する。
どうやら問題はまだ本格的に表面化していないようだが、それも時間の問題だろう。
「当初原因がわからなかったその村は凄まじい魔女狩りが起きた。その工房主は自分のせいかもしれないと思いながらも、口に出せず罪もないものが次々に処刑されたらしい。そして……」
それでリュシアンは押し黙った。
……おそらく前世で、この村でも同じような事件が発生したのだろう。
「前世でも同じことが?」
「ああ。……あの時には『聖女様がいなくなったことで加護が失われたせいだ』と皆は騒いでいたから、私もそのせいだと思っていたのだが……」
「もう一度文献を調べなおした結果、どうやら加護が原因じゃなかったってことっすね」
「そうだ。……と思うのだが……」
確かに、よく『聖女の加護』という言葉で片付けられることがあるが、フィアルにそのようなオカルトめいた力はないことは自身が良く知っている。
つまり、これは前世でたまたま問題が表面化する前に自身が婚約破棄をしたから、フィアルに責任が飛ばなかっただけなのかもしれない。
(もしそうなら、悪いことをしたのね……)
そしてリュシアンは、懐から一つの瓶を取り出した。
「ま、まさか! それが以前お話ししていた惚れ薬……」
「な訳ないだろう。こんな気味悪い色はしていない」
「あら、てっきりそれを私に飲ませて王子に依存させようとするのかと。いやあ、悍ましい……いえ、嬉しいことですねえ……」
「するか!」
ひらりと体を動かしながらリュシアンの肩をぽんと叩く。
「それで、これは?」
「ああ。その文献には続きがあってな。村を訪れた錬金術師はこの工房主に伝えたんだ。紫キャベツの皮で作った薬を廃液に入れ、色が変わらなくなるまでレモンの汁を入れろと」
「はあ……どういうことでしょう?」
「わからない。だが、そのとおりに工房主が実践した結果『呪い』は収まったとのことだ」
「へえ。そんな迷信を信じるんですか?」
言うまでもないが、これはPH調節によるアルカリ性の中和である。だが、そのメカニズムについてまではリュシアンも理解していなかったし、フィアルも同様だった。
「そうだ。……オカルトと笑うなら笑えばいい。そう思われると思ったから、フィアルを呼ばなかったのだから」
「なるほど…‥まあいいっすよ。とりあえず試してみましょう」
「その前に、私の仮説が正しいかを検証したい」
そういうとリュシアンは懐から小さな瓶を取り出した。
「これは?」
「紫キャベツの色素を煮だしたものだ。これで川の汚染状況を測ることができる」
「へえ……」
「ライア。悪いがその桶に水を汲んできてくれ」
「はい」
見たところ、何の変哲もないただの水だ。
おかしなことをするな、と思いながらもフィアルは桶に水を汲んで手渡す。
「そしてこれが普通の水だ」
さらにリュシアンは対照実験として水筒の水を別の桶にそそぐ。
「まず、これにこの魔法の試薬を入れてみよう」
きゅぽんと薬瓶を開けて、その中に入っていた薄い紙を水に漬けてみた。
「……色は変化しませんね」
「そうだろう。次にこの川の水に漬けてみよう」
どうせ色は変わらないだろう、そう思っていたフィアルだったが。
「色が……青くなった……?」
「やはり、な。……これでわかった。この河川は汚染されている」
「う……」
思わずフィアルは絶句した。
自分がやってきた行為が、まさか村の首を絞めていることになっているとは思わなかったからだ。
「だが、早い段階で気が付いてよかった。これからはレモンの汁を廃液に必ず混ぜるように伝えよう」
「は、はい……」
そしてリュシアンは彼女の手を握って答える。
「このことはフィアルには伝えないでおいてくれ。……彼女のやり方を否定しているように思われるからな」
「おや、そんなに彼女が怖いのですか?」
自分はそんな風に思われてるのか。
少し心の中でムッとしていたら、リュシアンは首を振った。
「そうじゃない。……嫁入りした彼女の顔を潰すようなことをする気はないだけだ。私は日陰者として、フィアルを支えたいんだ」
「ほう? それはなぜ?」
「私は前世で彼女に報いられなかったからな。……その分今世では彼女はただしあわせになってもらいたいだけなんだ」
「あら、お優しい。私はそういうあんたのことが好きですよ」
思わずフィアルは、リュシアンに抱き着くと彼はうわ! と大声をあげて飛びのく。
「ら、ライア! そういうのは辞めてくれ! ……フィアルに見られたらどうするんだ!」
「どうって、そりゃ浮気と疑われて……こうっすか?」
指で自分の首を斬る動きをすると、リュシアンはコクコクと首を何度も縦に振る。
まったく、本当に面白い王子だ。
そのフィアルが私自身だとも気づかないで、とフィアルは心の中で思った。




