エピローグ
「ねえ、リュシアン様」
「なんだ、ライア」
チェス盤を挟んで、道化師ライアに扮したフィアルとリュシアンは顔を見合わせながら尋ねる。
「先日のカルミア村の件、あれからどうなりました?」
「ああ。下流の村人に話を聴いたが、妻の機嫌が良くなったし洗濯物も痛まなくなったと言っていた」
「そうっすか。なら、あんたのやり方が正しかったってことっすね」
「ああ……」
そういうと、リュシアンは盤面のビショップを前面に動かした。
「おや、まだ何か気になることがあるんすか?」
「そうだ。……先日水車の設置をしたときにも色々と気になってな……」
「水車?」
「ああ。……以前フィアルは言っていたのだが……『川の水の量が変わるわけではないから、どれほど水車をつけても問題はない』とな」
「ええ、そりゃ普通じゃないっすか?」
「だが思ったんだ。もしそうなら、水車はどこから力を得ているのだ? と。ひょっとしたら『水の流れる力』を川から奪っているのではないかと思ったんだ」
「はあ……」
フィアルはルークを動かしながら曖昧にうなづく。
「もしそうなら、下流で何かしら問題が起きているかもしれない。たとえば水の流れが悪くなったせいで、水の循環が遅れる、とかだな」
「もしそうなったら、魚は窒息死しますね」
「そうだ。この世に無限なんてものはないからな。……とはいえ、これも私の思い過ごしかもしれない。だが……」
「ええ、いいっすよ。早速行きましょうか! さあ王子、立ってください!」
そういってフィアルはいそいそと立ち上がるのをリュシアンはがしっと掴む。
「……待て」
「へ? なんすか? ひょっとして、私ともう少しここでだべっていたいとか?」
「違う」
「あら、それでは……」
「その前に、この勝負を終わらせてからにしよう。……負けそうだからと逃げるんじゃない」
「おや、バレちゃいましたか」
フィアルはイタズラっぽく舌を出すのを見てリュシアンは少し呆れながらもため息をつく。
「まったく……お前と話していると退屈はしないな」
「そりゃ、嬉しいっすね。フィアル様といる時よりもですか?」
「……そういう質問は辞めてくれ」
「ふうん……可愛いっすね、王子」
フィアルはそうつぶやきながらもリュシアンの表情をじっと見つめた。
「で、出かけるのはいつにするんすか?」
「今日は遅いから、明日の朝に発とう。いずれにせよ、支度も必要だからな」
「寝坊しないでくださいよ、王子。私の貴重な時間を無駄にしないために」
「それはこっちのセリフだ。……それと、チェックメイトだ」
「おや」
リュシアンは最初のうちこそフィアルに負け越していた。だが、彼女の攻め手は比較的ワンパターンだったこともあり、徐々に勝率が拮抗していってる。
(こっちのクイーンが戦場で暴れまわっている間に、逆転されるなんてね……)
チェスの世界では、クイーンはキングよりも遥かに強い力を持つ。
だが、彼女一人で戦場を支配することは出来ない。
……まるで、私のことみたいだな、と思いながらフィアルは席を立った。
ーーーーーー
そして少しののち。
フィアルは今度は『フィアル』としてリュシアンと一緒に食卓を囲んでいた。
「ねえ、リュシアン」
「どうしたフィアル」
「ここ最近機嫌がいいけど何かあったのですか?」
「……自分のやるべきことを見つけたからだな」
フィアルが嫁いでからというもの、リュシアンは基本的に仕事を振られることがなかった。
だが、先日のカルミア村での一件以降以前よりも生き生きと活動をしている事態が増えていたことを知っている。
「へえ……てっきり私は……ライアと遊ぶのが楽しいからと思っていましたわ?」
ガシャンと、その一言でリュシアンがカップを取り落とした。
そして慌ててフォローするように、あたふたとリュシアンは手を振りながら答える。
「い、いや……。彼女は、ちょっとした助手として手伝って貰っているだけで……別にやましいことなんかは……」
「あら、以前抱きつかれてデレデレしていたと、ライアは言っていましたけど?」
「だから、彼女とはそういう関係じゃない!」
「ふうん。……なら、私を抱きしめてくださる?」
「え?」
「あなたが一番愛しているのは、私だって証明してくれたら許してあげます」
「……ああ、勿論だ」
リュシアンの本心がどこにあるのかは、分かっている。
いずれライアの正体のこともリュシアンには話すつもりだ。
だが……。
「フィアル、信じてほしい。私は君のためにやれることをやっていることを」
リュシアンの腕に抱かれながらフィアルは思った。
もう少しだけ、この王子との関係を続けていくほうが面白いかな、と。
(いっそ、今度はライアとしてリュシアンに迫ってみようかな……)
その時にどんな反応をするのかは楽しみだ。
そんな風に思いながら、彼女はリュシアンの体をそっと抱き返した。




