2-2 道化師ライアはフィアルなことを王子は知らない
そして翌日。
「あら、リュシアン。こんな早くにどこに行くのですか?」
「ああ、カルミア村にちょっと用事があってな」
「ふうん……お一人でですか?」
「あ、いや……道化師ライアとも一緒だ」
「そう……やっぱり、あの子のことが気になっているのかしら? まさか、私をおいていくなんて……」
わざとらしく寂しそうな顔を見せると、リュシアンは慌てたような表情であたふたと説明するのを覆った手の中でニヤリと笑みを浮かべる。
「ち、違う! い、言っておくが別に、彼女のことを特別大切に思っているとか、そういうわけではないからな!」
「あら、てっきり私はデートかと思いましたわ? あの子、肌も綺麗だし愛嬌もあって素敵ですものね。本当は思いっきり抱きしめてやりたいとか思ってませんの?」
「そんなわけない……安心してくれ。別に彼女を異性として意識してるわけではないからな」
よほど私が怖いのだろう、あたふたとする王子の姿を見るのは楽しい。
私が道化師ライアと同一人物だと知ったら、どんな顔するだろうな。
フィアルそれを今から楽しみに思っていた。
「それでどんな用事なのです?」
「ああ。少し村長と石鹸作りのことで確認しておきたいことがあるだけだ。大した用じゃないからフィアルは別の村を手助けしてほしいんだ」
「リュシアンがいないと困りますわよ」
「その心配はないだろう。もう家臣は君のことを完全に信頼しているからな」
彼の言う通り、ここ最近は、リュシアンを通さず直接自分のもとに側近たちが「現代知識」による国の発展のために相談に来る機会が増えている。
だが、これは信頼ではなく完全に彼のメンツを潰す行為だ。そんな家臣の行動にフィアルは何度も苦言を呈しているが状況は改善されていない。
「けど、リュシアン。私はあなたがそばにいるから頑張れますから」
「……そうか……ありがとう」
「というわけで、あの子の代わりに私を抱きしめてくださる?」
「ああ」
そういってリュシアンは、ぎゅっとフィアルを抱きしめるが、その体はやはり震えていた。
これによって「リュシアンがいるから頑張れる」はフィアルの本心だが、彼はその発言を信じていないのは明らかだと悟った。それをみてフィアルはまだ彼とは夫婦にはなれてないなと思いながらも彼の背にそっと手を触れる。
「では、気をつけていってらっしゃい、リュシアン」
「ああ。フィアルも、今日が楽しく過ごせることを祈ってるよ」
そういうと、リュシアンは出かけていった。
ーーーーーー
「……ってことがあったんだ」
村に行く道すがら、そんな風にリュシアンは道化師ライア……まあ、変装したフィアルだが……に話すと、フィアルはおどけた様子で笑い出す。
「おお、フィアル様! まさか私めがこんなタコ助に恋愛感情を持つとお思いとは、なんと愚かしや!」
「ほう、言ってくれるな。私がタコとしたら、お前はイカか?」
「イカれた私とかけているのですか? 王子にしては、小粋なジョークですな」
「フン。口の減らない奴だな。その白い肌にかけただけだ」
「生きてるイカは白くありませんが」
「やかましい!」
そういいながらも、軽口を叩いているリュシアンは昨日よりも表情が緩やかになっていた。
その表情を見るのがフィアルにとって楽しみだった。
そしてほどなくしてカルミア村に到着した。
「ふう……良い空気ですね。一緒にいるのがあんたじゃなきゃもっと良かったのですがねえ」
「おお、気が合うな。まったく、フィアルと来れたらどれほどよかったのだろうか」
ならちょうどいいじゃんかと心の中でほくそ笑みながら、フィアルは尋ねる。
「それで、何か気になることが?」
「ああ。ちょっと下流の方まで行こう」
そういって王子は下流に向かって歩いていった。
「おや、えっとあなたは……?」
「おお、この方をどなたかご存じないとは! 世界一優しく愛おしく、そして時に愚かでフィアル様に水を開けられし惨めなバカ殿、リュシアン皇太子なるのですぞ!」
「な、なんだ、嬢ちゃん。大道芸人か?」
「いえいえ。私は道化のライアと申します。……で、こちらが王子のリュシアンです」
「人をついでのように紹介するな!」
カルミア村は、家の戸数に比べて面積が比較的広い。
前回石鹸を作ったときには、下流に住む彼らとは顔を合わせることがなかった。
村人は少し警戒しながらも落ち着いた様子で尋ねる。
「……で、どんな用っすか、あっしらは別に悪いことをしていないっすよ」
「安心してくれ、別に誰かを捕まえに来たわけじゃない」
「そうですよ! 第一悪いことなら、ここにいるリュシアンの方が百億倍は沢山やってきてますからね!」
「そ、そうっすか……」
「おや、お疑いですか? これは国家機密ですが……先日行った悪事はなんと! 侍女にバレないようにおねしょしたシーツをこっそりと……」
「出鱈目言うな! 吸い飲みをこぼしただけだ!」
「ハハ。まあ、辺鄙な村っすけどゆっくりしてくだせえ」
そんな風におどける道化師のを見て、彼は警戒を解いたようだ。
なるほど、リュシアンが自分を連れてきたのはこのためでもあったのか、と心の中で感心した。
「それでは、何の用できたんですか?」
「ああ。ここ最近、上流で石鹸づくりを始めたんだ」
「石鹸? そうだったんすか」
やはり、石鹸づくりの話は伝わってないようだ。
だがそこは問題ではなかった。問題は次だ。
「それで……ここ最近、この村で何か変わったことはなかったか? その確認だ」
「へえ……」
そういわれて村人は、少し顎に手を当てて考え出した。
「そうですね……特に最近はそこまで変わったことはないっすけど……」
「どんな些細なことでもいい」
「そうそう! たとえば母ちゃんに怒られたとか、娘に洗濯物を箸で掴まれたとか、そんな話でもいいっすよ?」
横から茶々を入れるふりをして発言のハードルを下げるフィアル。
リュシアンは彼女を横目で見た後、目を閉じて少しだけ笑みを浮かべた。
「そ、それなら……最近母ちゃんの機嫌が悪いってことくらいかな……昨日もほら、殴られてさ」
彼は禿げ頭にできているたんこぶを見せた。
普通なら「単なる夫婦喧嘩」と思うところだが、リュシアンは興味深げに尋ねる。
「……何か心当たりがあるのか!?」
「あ、いや……。なんかお気に入りの洗濯物の着心地が悪くなったとか、ちくちくして腹が立つとか、そんな位のことっすかね……」
「……なるほど」
「あと、なんか最近腹の調子が悪いみたいで、良く下痢するらしいんすよ。……それで、そんな八つ当たりを俺にまで向けるんですよ! 酷くないですか?」
「なに?」
その発言を聴いて、リュシアンの目つきが変わった。
仮にも王族でありよく鍛えられた肉体を持つ彼の眼光の鋭さは、強い威圧感がある。
「ひ! な、なにか……」
それが村人にも伝わったのを見て、わざとらしく大声をあげながら後ろの木の陰に隠れた。
「ぎゃああああ! 暴君様を怒らせた~~~! 逃げろ~~~~!」
「な……」
「ひええ、怖い、怖い! 誰かお助けを!」
「ち、ちょっと待て! 私は別に怒ってないぞ!」
「なら、なんですかその眼は! 理由を教えてください! この哀れな子羊に!」
そういわれて自分が殺気だっていたのに気が付いたのか、リュシアンはバツの悪そうな顔をしながら、ゆっくりと語りかけた。
「すまない。……あまりに私の想像通りの回答だったことに驚いたんだ」
「へ……?」
「詳しくは話せないが、このあたりに瘴気が流れ込んだと魔導士から聴いてな。それで、下流のものに悪影響が起きていると聴いたんだ」
「へ、へえ……」
無論これは嘘だ。
だが、瘴気という概念がまだ存在した彼らの時代では、ある程度の科学的な根拠のある説明でもあった。そのため村人は少し落ち着いた様子を見せた。
「そ、それで瘴気ってのは……」
「ああ。解決策はすでにある。ほどなくあなたの妻の機嫌も直ることだろう」
「それならいいんすけどね」
「急に釣りの邪魔をして悪かった。お詫びと、礼も兼ねてにこれを渡そう」
そしてリュシアンは荷物袋から数本のワインを取り出した。
売って金に換えたいと思うほど高価ではないが、城下町でしか手に入らない代物だ。
「これを近所のものと飲むといい。妻の機嫌も直るといいのだがな」
「い、いいんすか?」
「ああ。ただ足が早いから、早めに飲むことを勧めるが」
「へえ……じゃあ、ちょうど昼飯時ですし、早速近所の奴らといただきます! それじゃまた!」
そういうと、村人は軽い足取りで少し離れたところにある家……恐らく彼の住居だろう……に向けて足を運んでいった。




