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名もなき犬、異界の地にて名を馳せる  作者: イノセス


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1/8

1話〜何処のゲートから入るつもりだ?〜

 俺は犬である。名前は無い。

 ある筈がない。俺には飼い主は居らず、名付ける者などいないからだ。

 俺は野良犬である。だから、名前は無い。


 でも、自由がある。

 好きな時に好きな場所に行けて、しがらみもノルマもない。人間関係で悩んだ学生時代や、上司からの圧力に耐えた社会人生活から解放されたのは大きい。

 この自由こそ、犬に転生したメリットだと思っている。

 …昼間に公園プラプラ歩いても、ニートって言われないし。


 情報収集もお手の物。公園の茂みに寝そべっているだけで、色々と情報が入ってくる。

 犬だからね。自分達の井戸端会議を、まさか犬が聞いているなんて思わないらしい。

 お陰で、色々と零してくれる。

 大抵は旦那の愚痴だとか、眉唾物の噂話とかしょうもない話題だけど、偶に有力な物も混じっている。

 例えば、こんなのだ。


「ねぇ、聞いた?405号室の神田さん。脱サラして冒険者になったそうよ」


 なぬっ?冒険者?

 俺は上半身を起こす。

 

「あらぁ〜。確か彼って、今年で30歳くらいよね?年齢的にギリギリじゃない?」

「だからみたいよ?小さい頃からの夢を叶えるなら、今しかないって」

「嫌ねぇ。冒険者なんて不安定な職に()くなんて。試験で上級にならないと、そんなに稼げないんでしょ?」

「なったらなったで危険よ?この前も有名なパーティーが全員、強いモンスターにやられちゃったって聞くし」


 ふむ、ふむ。モンスターにパーティーが壊滅っと。やっぱり、俺の知ってる冒険者で間違いなさそうだ。

 現代日本でモンスターが出ると言うのは、あまりにも異常。もしかしたら大天使様は、この異常を直す為に俺を転生させたのかも。

 そう思った俺は、前のめりで奥様方の井戸端会議に注力する。

 さぁ、もっと情報を。その冒険者は、何処で狩りをしているんだい?


「嫌ねぇ、ホント。うちの子が成りたいなんて言い出さないか、今から不安だわ」

「私もよ。夫が変な事吹き込まないか、何時もハラハラしてて…」


 聞き耳を立てていたが、奥様方は夫の悪口に移行してしまった。なので、俺はその場を離れる。

 欲しい情報を選択出来ないのは、犬転生のデメリットだ。人に話しかける事も出来ないし、インターネットも使えない。

 まぁ、そこは犬のメリットを使って、補うしかない。

 

 俺は得た情報を元に、次の場所へと移動する。


 移動する時も、注意が必要。人間と同じように闊歩していると、保健所送りにされかねない。

 子犬ならまだしも、俺は大人の中型犬。引き取り手が居なかったら、殺処分の可能性もある。

 その点、猫は良いよな。動物愛護法で殺されないし、自由に闊歩できる。人の世界ではなく、猫の世界なのでは?と思ってしまう。


「あっ!ワンちゃんがいる」

「マジじゃん。野良とか珍し」


 トコトコ歩いていたら、女子高生が駆け寄って来た。

 化粧の匂いはキツいが、俺は逃げずに尻尾を振る。

 彼女達が好意的で、可愛いからって理由だけじゃないぞ?俺はある事を期待していた。


「へぇ、大人しいね。飼い犬かな?」

「じゃない?首輪付けてないけど、全然匂わないし」


 そりゃね。毎日公園の噴水で、体を洗ってますから。


「あっ。そういや私、お昼の残りある。食べるかな?」

「あたしも~」


 きたきた。こいつを待ってたのよ。

 俺は出された残飯を綺麗に食べ、お礼とばかりにお手を披露する。

 

 これくらいサービスしないと、野良犬はやってられない。食料確保が何よりも課題なのだ。

 ここは東京からも近くて、人が多い。だから、狩りをしようにもネズミやハトくらいしか捕まらない。それも、相当マヌケな奴じゃないと逃げられる。

 仕方がない。転生してまだ1か月。四足歩行にやっと慣れた程度では、逃げる獲物を捕まえるのは難しかった。

 …今のところ、犬の転生はデメリットが大きいな。


「じゃあね、ワンちゃん」

ありがとう(ワン)!】


 女子高生達にお礼を言って、俺も歩き出す。 

 そうしてやって来たのは飲み屋街。夕暮れの街を、仕事で疲れたサラリーマン達がゾンビの様に歩く。

 …いや、中には楽しそうな人もいるな。


「今週も取引先ヤバかったよな。飲んで忘れようぜ」

「今日の飲みって焼肉でしたっけ?めっちゃ楽しみっすわ」


 足取り軽い彼らの後ろを、俺は静かについて行く。

 さっきの主婦達の会話から、男性の方が冒険者に興味がある事が分かった。本当はもっと少年の方が良いのかも知れないけど、社畜さん達にも期待できる。

 何せ、ここは飲み処。お酒飲んで開放的になった彼らの方が、色々と情報が聞けると思ってここに来たのだ。


 そうして歩いていると、都合の良いお店を発見する。

 屋台だ。屋外に席を置いている為、犬でも入りやすい。

 俺は暗がりに入り込み、座る。それだけで、誰も俺に気が付かない。俺の毛並みは黒っぽく、彼らは酔って判断能力が落ちている。隠れるのは容易だ。

 俺は心置き無く、楽しげにグラスを傾ける彼らに聞き耳を立てる。


「ってか、安いよな?うちの給料。この好景気に悲しくなるぜ」

「まぁ、残業も殆ど無いから仕方ないと思うけど…なんだよお前、転職でもする気か?」

「ふっふっふ。転職じゃなくて、休日に冒険者やろうと思ってな」


 おっ。来たぞ。

 俺は耳を立て、2人組の若者達に向ける。


「マジか、お前。うちの会社って、副業禁止だろ?」

「ちっちっち。冒険者は個人事業主。36(サブロク)協定に引っかかんねぇのよ」


 へぇ。動画配信者…というより、農業とかと一緒の感覚なのか?

 って、それは良いから、早く異世界への行き方を教えてくれ。


「そんでさ、この前やっと試験に受かったんだよ」

「マジか!?すげぇじゃん。3級?3級に受かったのか?」

「バカ、お前。そんな難関に受かる訳ないだろ?6級だよ、6級」

「ろっ…それってお前、”外”にも出られないんだろ?どうやって稼ぐつもりだよ」

「色々あるんだよ。こう、外壁から弓を引いたりしてさ。それで魔物を狩って、魔石をゲットするんだよ」


 ほうほう。試験に、魔物に、魔石と。なかなか有益な情報だ。

 ビール片手に熱弁する青年達を、俺はジッと見守る。すると、漸く聞きたかった話題に移る。


「そんで?何処のゲートから入るつもりだ?やっぱ箱根神社?それとも東京の方?」

「東京かなぁ…。明治神宮とか、日本で一番デカい街みたいだし。それだけクエストもあると思うんだよね」


 明治神宮。それに箱根神社と。

 どうも、異世界の入口は複数あり、神社と関係があるみたいだ。そして、大きな街がそこにはあると…。

 良く分からないけど、行ってみれば分かるかも。距離的に、俺も明治神宮に行くとするか。

 ありがとう、青年達。

 

 俺が感謝の念を向けながら立ち上がると、青年の1人がビクリと肩を跳ね上げた。


「うわっ!ビックリした。犬が居たし」

「マジだ。おい、お前。枝豆食うか?」


 おっ。また、臨時収入。

 たまにはこうして、酔っぱらいの相手をするのもいいかも。


 

 その翌日。俺は朝早くから旅に出た。多摩川を越えて、暫く北上していく。ビルディングが益々高くなり、人通りも増えて来る。

 俺はなるべく角を歩き、目立たないように気を付ける。注目されたら、すかさず公園やビルの陰に入って身を隠した。

 

 そうして到着した、大きな神社。

 今日は大晦日という訳でもないのに、鳥居の前には大勢の人が並んでいた。その誰もが普段着姿で、冒険者っぽい恰好をしているのはごく少数。武器を持っていそうな人は皆無で、代わりに手鏡をぶら下げていた。

 …今から異世界に行くんだよね?そんな服装で大丈夫か?


「うん?なんだ?この犬」


 そうして人々の様相を見上げながら歩いていたら、警備員らしき男性が立ちはだかった。

 そして、俺に向かって手を払う。


「どっか行け、野良犬。お前みたいのが来ていい場所じゃないぞ」


 …えっ?

 もしかして、犬だと異世界に行けない?

 俺は、空いた口が塞がらなかった。

初めましての方は、初めまして。

そうでない方は、お久しぶりです。

筆者のイノセスです。

この度は、数ある物語の中から本書をお手に取って頂き、ありがとうございます。

若輩者ではございますが、是非次のお話もお読み下されば幸いです。


本日は20時、21時にも1話ずつ投稿致します。

宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
おお~!記憶付き転生なんて随分久々ですね。自分が何しに来たのかわからない状態というのは、バグ側に 気取られる可能性は低くても、特に何もせず大往生かバグ事件に巻き込まれ死亡で終わるリスクもありますし …
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