1話〜何処のゲートから入るつもりだ?〜
俺は犬である。名前は無い。
ある筈がない。俺には飼い主は居らず、名付ける者などいないからだ。
俺は野良犬である。だから、名前は無い。
でも、自由がある。
好きな時に好きな場所に行けて、しがらみもノルマもない。人間関係で悩んだ学生時代や、上司からの圧力に耐えた社会人生活から解放されたのは大きい。
この自由こそ、犬に転生したメリットだと思っている。
…昼間に公園プラプラ歩いても、ニートって言われないし。
情報収集もお手の物。公園の茂みに寝そべっているだけで、色々と情報が入ってくる。
犬だからね。自分達の井戸端会議を、まさか犬が聞いているなんて思わないらしい。
お陰で、色々と零してくれる。
大抵は旦那の愚痴だとか、眉唾物の噂話とかしょうもない話題だけど、偶に有力な物も混じっている。
例えば、こんなのだ。
「ねぇ、聞いた?405号室の神田さん。脱サラして冒険者になったそうよ」
なぬっ?冒険者?
俺は上半身を起こす。
「あらぁ〜。確か彼って、今年で30歳くらいよね?年齢的にギリギリじゃない?」
「だからみたいよ?小さい頃からの夢を叶えるなら、今しかないって」
「嫌ねぇ。冒険者なんて不安定な職に就くなんて。試験で上級にならないと、そんなに稼げないんでしょ?」
「なったらなったで危険よ?この前も有名なパーティーが全員、強いモンスターにやられちゃったって聞くし」
ふむ、ふむ。モンスターにパーティーが壊滅っと。やっぱり、俺の知ってる冒険者で間違いなさそうだ。
現代日本でモンスターが出ると言うのは、あまりにも異常。もしかしたら大天使様は、この異常を直す為に俺を転生させたのかも。
そう思った俺は、前のめりで奥様方の井戸端会議に注力する。
さぁ、もっと情報を。その冒険者は、何処で狩りをしているんだい?
「嫌ねぇ、ホント。うちの子が成りたいなんて言い出さないか、今から不安だわ」
「私もよ。夫が変な事吹き込まないか、何時もハラハラしてて…」
聞き耳を立てていたが、奥様方は夫の悪口に移行してしまった。なので、俺はその場を離れる。
欲しい情報を選択出来ないのは、犬転生のデメリットだ。人に話しかける事も出来ないし、インターネットも使えない。
まぁ、そこは犬のメリットを使って、補うしかない。
俺は得た情報を元に、次の場所へと移動する。
移動する時も、注意が必要。人間と同じように闊歩していると、保健所送りにされかねない。
子犬ならまだしも、俺は大人の中型犬。引き取り手が居なかったら、殺処分の可能性もある。
その点、猫は良いよな。動物愛護法で殺されないし、自由に闊歩できる。人の世界ではなく、猫の世界なのでは?と思ってしまう。
「あっ!ワンちゃんがいる」
「マジじゃん。野良とか珍し」
トコトコ歩いていたら、女子高生が駆け寄って来た。
化粧の匂いはキツいが、俺は逃げずに尻尾を振る。
彼女達が好意的で、可愛いからって理由だけじゃないぞ?俺はある事を期待していた。
「へぇ、大人しいね。飼い犬かな?」
「じゃない?首輪付けてないけど、全然匂わないし」
そりゃね。毎日公園の噴水で、体を洗ってますから。
「あっ。そういや私、お昼の残りある。食べるかな?」
「あたしも~」
きたきた。こいつを待ってたのよ。
俺は出された残飯を綺麗に食べ、お礼とばかりにお手を披露する。
これくらいサービスしないと、野良犬はやってられない。食料確保が何よりも課題なのだ。
ここは東京からも近くて、人が多い。だから、狩りをしようにもネズミやハトくらいしか捕まらない。それも、相当マヌケな奴じゃないと逃げられる。
仕方がない。転生してまだ1か月。四足歩行にやっと慣れた程度では、逃げる獲物を捕まえるのは難しかった。
…今のところ、犬の転生はデメリットが大きいな。
「じゃあね、ワンちゃん」
【ありがとう!】
女子高生達にお礼を言って、俺も歩き出す。
そうしてやって来たのは飲み屋街。夕暮れの街を、仕事で疲れたサラリーマン達がゾンビの様に歩く。
…いや、中には楽しそうな人もいるな。
「今週も取引先ヤバかったよな。飲んで忘れようぜ」
「今日の飲みって焼肉でしたっけ?めっちゃ楽しみっすわ」
足取り軽い彼らの後ろを、俺は静かについて行く。
さっきの主婦達の会話から、男性の方が冒険者に興味がある事が分かった。本当はもっと少年の方が良いのかも知れないけど、社畜さん達にも期待できる。
何せ、ここは飲み処。お酒飲んで開放的になった彼らの方が、色々と情報が聞けると思ってここに来たのだ。
そうして歩いていると、都合の良いお店を発見する。
屋台だ。屋外に席を置いている為、犬でも入りやすい。
俺は暗がりに入り込み、座る。それだけで、誰も俺に気が付かない。俺の毛並みは黒っぽく、彼らは酔って判断能力が落ちている。隠れるのは容易だ。
俺は心置き無く、楽しげにグラスを傾ける彼らに聞き耳を立てる。
「ってか、安いよな?うちの給料。この好景気に悲しくなるぜ」
「まぁ、残業も殆ど無いから仕方ないと思うけど…なんだよお前、転職でもする気か?」
「ふっふっふ。転職じゃなくて、休日に冒険者やろうと思ってな」
おっ。来たぞ。
俺は耳を立て、2人組の若者達に向ける。
「マジか、お前。うちの会社って、副業禁止だろ?」
「ちっちっち。冒険者は個人事業主。36協定に引っかかんねぇのよ」
へぇ。動画配信者…というより、農業とかと一緒の感覚なのか?
って、それは良いから、早く異世界への行き方を教えてくれ。
「そんでさ、この前やっと試験に受かったんだよ」
「マジか!?すげぇじゃん。3級?3級に受かったのか?」
「バカ、お前。そんな難関に受かる訳ないだろ?6級だよ、6級」
「ろっ…それってお前、”外”にも出られないんだろ?どうやって稼ぐつもりだよ」
「色々あるんだよ。こう、外壁から弓を引いたりしてさ。それで魔物を狩って、魔石をゲットするんだよ」
ほうほう。試験に、魔物に、魔石と。なかなか有益な情報だ。
ビール片手に熱弁する青年達を、俺はジッと見守る。すると、漸く聞きたかった話題に移る。
「そんで?何処のゲートから入るつもりだ?やっぱ箱根神社?それとも東京の方?」
「東京かなぁ…。明治神宮とか、日本で一番デカい街みたいだし。それだけクエストもあると思うんだよね」
明治神宮。それに箱根神社と。
どうも、異世界の入口は複数あり、神社と関係があるみたいだ。そして、大きな街がそこにはあると…。
良く分からないけど、行ってみれば分かるかも。距離的に、俺も明治神宮に行くとするか。
ありがとう、青年達。
俺が感謝の念を向けながら立ち上がると、青年の1人がビクリと肩を跳ね上げた。
「うわっ!ビックリした。犬が居たし」
「マジだ。おい、お前。枝豆食うか?」
おっ。また、臨時収入。
たまにはこうして、酔っぱらいの相手をするのもいいかも。
その翌日。俺は朝早くから旅に出た。多摩川を越えて、暫く北上していく。ビルディングが益々高くなり、人通りも増えて来る。
俺はなるべく角を歩き、目立たないように気を付ける。注目されたら、すかさず公園やビルの陰に入って身を隠した。
そうして到着した、大きな神社。
今日は大晦日という訳でもないのに、鳥居の前には大勢の人が並んでいた。その誰もが普段着姿で、冒険者っぽい恰好をしているのはごく少数。武器を持っていそうな人は皆無で、代わりに手鏡をぶら下げていた。
…今から異世界に行くんだよね?そんな服装で大丈夫か?
「うん?なんだ?この犬」
そうして人々の様相を見上げながら歩いていたら、警備員らしき男性が立ちはだかった。
そして、俺に向かって手を払う。
「どっか行け、野良犬。お前みたいのが来ていい場所じゃないぞ」
…えっ?
もしかして、犬だと異世界に行けない?
俺は、空いた口が塞がらなかった。
初めましての方は、初めまして。
そうでない方は、お久しぶりです。
筆者のイノセスです。
この度は、数ある物語の中から本書をお手に取って頂き、ありがとうございます。
若輩者ではございますが、是非次のお話もお読み下されば幸いです。
本日は20時、21時にも1話ずつ投稿致します。
宜しくお願い致します。




