9 事後精算と慰謝料とご褒美
ソフィアとナディアの無事も確認され、ゴールドシュタイン商会の扱いも決まった。
これで、ひとまず大まかなことは片付いた――はずだったのだが。
『天球の灯』の執務室の椅子に腰を下ろしたエレオノーラは物憂げにため息をついた。
あまりにも大人げない魔導士たちの醜態に、である。
「ひどくね!?俺たちに何の報酬も無いなんて、あり得なくね??」
「滅茶苦茶がんばったよ!?海賊なんてほんとに跡形もなくなってんだよ?」
机に手をつき身を乗り出す二人の、鬱陶しいことこの上ない。
エレオノーラは、これ見よがしにもう一度大きく息を吐いた。
一瞬だけリンとガイがぴたりと止まる。だが次の瞬間には、「ひどい」だの「薄給どころか無給」だのと喚き始めた。
焼け石に水である。
「お黙り」
扇子で追い払うようにひと振りし、そのまま口許に添える。
「被害者のソフィアとナディアは何も言ってないのに、なんですの」
「けど! ソフィアさんとナディアさんだって怖い目に遭ったんだから、慰謝料ぐらい分取れよ!」
「そうだよ!そんで、分取った慰謝料から、俺たちの報酬出してよ!」
ぎゃあぎゃあと五月蝿い二人に、ついにエレオノーラが折れた。
「…分かりましたわ」
珍しく意見が通りそうな気配に、リンとガイの目がぱっと輝く。
「やった!」
手を取り合って喜ぶ二人に、エレオノーラは悠然と微笑んだ。
「それでは、被害者であるソフィアとナディアに聞いてみましょう」
その隣で紅茶を淹れていたナディアが目を瞬かせ、茶菓子を用意していたソフィアの手が止まる。
「リンとガイは、ああ言っているけど、あなた達はどう思っているの?」
二人は少し首をかしげ、やがて淑女の笑みを浮かべた。
「慰謝料…ですか?」
「まぁ、確かに恐ろしかったものね…」
船の出来事を思い返すように、二人がわずかに眉を寄せる。
リンとガイは、期待に満ちた目でその先を待った。
「「――この二人の魔法」」
綺麗に揃った声にエレオノーラが鷹揚に頷く。
「まぁ、そうでしょうね」
「…は?」
予想を裏切る返答に、二人の魔導士の顔からすっと表情が抜け落ちた。
ソフィアとナディアの言葉をゆっくりと反芻する。
そして。
「はぁぁぁ???」
「なんで!!!」
詰め寄ろうとしたリンとガイをエレオノーラが視線ひとつで制した。
ぱちん、と扇子を閉じ、その先をぴしりと突きつける。
「ソフィアとナディアの精神的被害が甚大です。あなた方が支払うのかしら、慰謝料」
「嘘つけ!絶対嘘だ!!」
「まあ!リンが酷いことを言うわ…!」
これ見よがしにハンカチを取り出し、目元を抑えるソフィア。
面白そうにポットを片手にガイを見つめるナディア。
「ガイも、私たちが嘘をついていると思う?」
問われたガイは、反射的にぶんぶんと首を横に振った。
「裏切り者!!!」
リンの絶叫に、ガイの目が全力で訴える。
ごめん!!!
「素直か!!!」
せっかく指先まで掴みかけた報酬が、無慈悲にもするりと逃げていく。
そんな容赦ない現実に二人はがっくりと膝をついた。
「エレオノーラ様、ゴールドシュタインに甘くねぇ?」
恨みがましく呟くリンに、もう一度エレオノーラはにっこりと微笑む。
報酬の話は、終了ですわよ――と、笑顔で告げていた。
それ以上は無駄だと悟ったのかリンは、渋々立ち上がり舌打ちをした。隣でガイは肩をすくめて首を振る。
不本意な結論にため息をついたその時、ふとリンが顔を上げた。
「そういやさ。エレオノーラ様が言ってた『カード』ってなんだったんだ?」
「あー…言ってたね。『強いカード』って」
ガイも思い出したように首をかしげる。
はて、とエレオノーラもわずかに目を細めた。何のことか思い返すように沈黙したあと、ソフィアとナディアがそっと口を挟む。
「おそらく、リンとガイがギルドに来た時には、既にこちらにはいらっしゃらなかったかと」
「顔を合わせたことがないのでは?」
「……ああ、そういうこと」
エレオノーラは小さく頷き、二人へ視線を戻した。
「ベアトリスさんの後ろに控えてた侍従は、私の弟のリュシアンよ」
――奇妙な沈黙が落ちた。
そして。
「はぁぁ!?」
「え、エレオノーラ様、弟もいたの!?」
思わぬエレオノーラの血縁者の出現に、二人が揃って素っ頓狂な声を上げる。
「妹と弟に温度差ありすぎだろ、エレオノーラ様!」
「妹に比べて、弟の扱い随分塩対応じゃない??」
大声で喚く二人を、エレオノーラは羽虫の音を払うように手を振って黙らせた。
「あの子は、侯爵家の長男ですが跡取りではありません。婿入り先を自分で選ぶと、あちらこちらをフラフラしているのよ。いちいち構っていられませんわ」
「リュシアン様も優秀な方ですから、心配する必要がないということよ」
エレオノーラ補うようにソフィアが微笑むと、珍しくエレオノーラは嫌そうに眉をひそめた。
「ふふ。エレオノーラ様はご家族愛が強い方だから」
追い打ちをかけるナディアが差し出したティーカップをエレオノーラは黙って受け取る。
そして、そのまま口をつけることで、回答を拒否した。
「…めずらし。言い返せねぇんだ」
「ほんとだ……」
リンとガイは意外なものを見たとばかりに目を丸くする。
紅茶を一口飲んだあと、エレオノーラは音も立てずにカップを置いた。
そして、無駄口の多い二人を黙らせるべく、冷たい視線を投げつける。
……が、残念ながらこの空気感ではその威力もいまひとつだった。
二人は、ここぞとばかりに不満げに口を尖らせる。
「でもさ、それじゃ出来レースだったんじゃねぇの?」
「そうだよ。エレオノーラ様も、ソフィアさんもナディアさんも知ってたんでしょ?」
エレオノーラの代わりに、ソフィアとナディアがゆったりと微笑んだ。
「あら、でも海賊に襲われるなんて想定外よ?」
「そうよ、しかもあんなに恐ろしい魔法に攻撃されるなんて、全く予想していなかったわ」
蒸し返されたリンとガイが、ぐっと言葉に詰まる。
「でも」だの「だって」だのモゴモゴと歯切れ悪く視線をあちらこちらに彷徨わせる二人に、ソフィアとナディアは花のように笑った。
「やっぱり、慰謝料をいただかないとね」
「そうね。とりあえずお買い物の荷物持ちでもしてもらおうかしら」
結局、多少の押し問答があったものの、無報酬が正式決定した。
もちろん返事は「はい」か「イエス」のみである。
「…はぁい」
しょんぼりと肩を落とした二人を見て、ソフィアとナディアはますます楽しそうに笑う。
躾に必要な鞭と飴を、彼女たちはよく心得ていた。
「帰りに、美味しいご飯を食べさせてあげるわ」
「約束通り、とっても美味しいデザートもつけてあげるわね」
ちゃんと、ご褒美を忘れない。
トップリーダーたる所以である。
リンとガイは顔を見合わせて、揃って苦笑した。
今回はソフィアとナディアが無事だった。それだけで良しとしよう。
「どこに連れてってくれんだ?」
「俺、チョコがいっぱい乗ったやつ食べたい!!」
その様子を見ながらエレオノーラはようやく優雅に微笑んだ。
ソフィアとナディアには特別ボーナスを出しておこうと――そんな計算を頭の片隅でしながら。
「それでは、この件はこれでおしまいにしますわ」
誰一人異論をはさまない、一言。
ようやく、この騒動は幕を閉じたのだった。




