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6 野良犬と躾の基本

 船倉に閉じ込められてから、どれほどの時間が経ったのか、アルベルトにはもう分からなかった。


 船倉の外では、ときおり鈍い悲鳴や怒号が響いた。

 それでもソフィアとナディアは、まるで午後のお茶会の延長のような穏やかさを崩さない。


 無様に取り乱さずに済んでいるのは、一緒に捉えられている二人の令嬢が、落ち着き払って座っているからに他ならない。


 おかしな道具で拘束に使われていたロープを切った後、ナディアが荷物の一つ一つに丁寧に魔法をかけて回った。


 「定着・固定魔法よ。ただの生活魔法だから、警戒されないの」


 不思議そうに眺めたアルベルトに朗らかに答えた。こんな状況になってからも二人の令嬢たちから微笑みが消えたことはない。


 「荷物が崩れないように固定できるのよ?あとは、皆さんにも念のため、かけさせてもらうわね」


 「私たちにもか?」


 訝しげに尋ねるアルベルトに、今度はソフィアが微笑みかけた。


 「うちのお迎えのワンチャンたち、ちょっとまだ躾が悪いのよ」


 アルベルトには何の事だかさっぱり分からない。ただ二人が大丈夫、問題ないと笑うたびに、本当に大丈夫な気がしてきて、全身の強ばる力が抜けていくのを感じた。


 その時、船体が大きく揺れた。


 外では何かが激しくぶつかる音が響いたが、船倉内の荷物はぴたりと動かない。大きな揺れに人が振り回される気配もなかった。


「あら、間に合ってよかったわ」


「本当ね。でもあの人たち、中に私たちがいるってちゃんと分かっているかしら?」


「あら、ソフィアったら。人間なんだもの、ちゃんと分かっているわよ」


 囚われてから救出までの間、アルベルトはついに二人の令嬢が恐怖におびえる姿を見ることはなかったのである。


 ―――囚われの令嬢たちに、躾の悪い犬扱いされていた二人の魔導士は、すでにその怒りを隠す気もなく殺気をまき散らしながら船の上に仁王立ちになっていた。


「船っていうのはなんだってこんなにノロっちいんだよ」


「リンの気が短すぎるんだよ。気持ちはわかるけど」


 漸くたどり着いた、海賊船を前に目を細める二人に果たして理性が残っているのかどうか…。

 散々お預けを食らった野良犬たちの目に、今度こそ歯止めの利かない危険な色が宿る。

 リンが、光の魔道ペンを懐から静かに抜き出した。


 そして鬱憤を晴らすかのように、超高速で魔方陣を片っ端から製図していく。

 光がいくつも現れては残像となり消え、宙を埋め尽くす幾何学模様が辺りを輝かせる。


 それをガイは片っ端から記憶していく。完全な形が一瞬でも見えていれば、消えようが欠けようが問題ない。


 おびただしい数の魔方陣が、海賊船を取り囲む。


 リンが描き、ガイが構築する。その連携だけで、海賊たちにはもはや逃げ場がなかった。


 それに海賊たちが気が付いたところで、もう遅い。


 一方的な蹂躙の開始の合図であった。


 リンとガイがどちらともなくつぶやいた。


「…行け!!!」


 その瞬間、膨大な魔力が激烈に弾けた。

 蜂の巣などという可愛らしいものではない。

 見る影もなく、吹き飛ばす勢いであった。


 荒波がたち、リンたちの乗っている船も大きく揺れる。

 自分たちの船すら転覆させかねないような激しい攻撃に、同船していた船員たちはただ震えるしかなかった。


 波が次第に収まると、跡形もないと思われた海賊船の影から、ゆらゆらと不自然な何かが浮かんでいた。


 船倉部分だけが、プカプカと浮かんでいたのだった。


 よく見ると、命こそ助かったものの顔面蒼白になったアベルトとゴールドシュタイン商会の従業員、そしてにこやかに手を振る二人の令嬢がいた。


「ソフィアさん、ナディアさん!!」


「大丈夫?」


 リンとガイが船を横付けして二人を助け出す。

 残りの連中は、侯爵家からついてきた船員たちに任せる。


 船に引き上げられた瞬間、ソフィアの肩からふっと力が抜けた。

 ナディアもまた、小さく息を吐いてから、いつものように微笑んだ。


「気遣ってくれていたなんて思えないほどの乱暴な救出劇だわ」


「あなた達、淑女に対するエスコートが本当になっていないわね」


 引き寄せた二人の令嬢の、全く動じていない、にこやかな圧にリンとガイがピクリと肩を震わせた。


「いいこと、あんな強烈な魔力で攻撃されたら普通は死にます」


「あなた達には加減というものがないの?」


 助け出した船の上で早々に説教である。

 リンとガイが恨めしそうに、二人の淑女を見る。


「一応…二人用の防御魔法も展開しておいた…ぜ?」


「そうそう、二人には当たらないように、リンが設計した、はず…だよ?」


 言い訳がましい二人を、ソフィアとナディアは一刀両断する。


「そんなの、私たちにわかるわけないでしょう」


 犬の躾の基本はその場で叱る、である。

 凄惨な状況が広がるなか、二人の野良犬たちは耳を倒して視線をそらした。


「それでも、まあ…」


「そうね、助けてくれてうれしいわ」


 明るい二人の声に、ちらりとリンとガイが視線を戻す。

 ソフィアとナディアは満面の笑顔で二人に告げた。


「ありがとう。リン、ガイ」


「帰ったら、美味しいおやつをあげるわ!とびっきりのよ」


 完全に飼いならされた二人の魔導士は、しっぽを振らんばかりに喜ぶ。


「マジか!!」


「やった!!!」


 アルベルトを含めた、その場の全員が思った。

 この状況で、よくそのテンションを保てるものだ。


 噂に名高い侯爵家の私設ギルドの絆と、それ以上に関わってはいけないという危機感をはっきりと感じ、胸に刻むのであった。


本日は夜20:00にもう一話更新します。

よろしくお願いします!

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