表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

4 襲われた豪華船

 船の上とは思えないほど豪奢な客間に、ソフィアとナディアは本日何度目かの感嘆を漏らした。


 華やかな刺繍の施されたソファー、異国の香り高い茶、美しい菓子、宝石のような器。

 窓の向こうには、穏やかな海がどこまでも広がっている。


「さすがは、今をときめくゴールドシュタイン商会の船ですわね」


 二人は珍しい香りの異国のお茶を楽しみながら、優雅な時間を過ごしていた。


 正面に飾られているのは「太陽の島」でしか描くことができない絵画だ。


 正確にはそれは絵画ではなく、『太陽の島』の砂で描かれた砂絵(サンドアート)だった。

 特殊な環境で独特の輝きを宿すその砂を芸術にまで高め、市場価値を与えたことこそが、ゴールドシュタイン商会の成功の一因である。


「この美しい絵画が、国王陛下の目に留まり、この度、献上することになったのですよ」


 アルベルトが自慢気に語るのには、訳がある。この技術開発こそが彼の功績だからだ。

 何度も足を運び、地元民と研究を重ねたというのだから確かに立派な功績だ。


「…確かに優秀なのね」


「…でも、決定的に貴族を相手に商売をするための『品格』が足りてないわ」


 扇子で口元を隠しながら、ソフィアとナディアが残念そうに眉を下げた。

 何が優秀なのかが分かっただけでも良しとするべきか。


 自分の功績を自慢げに語るところに、三代目特有の世間知らずな悪い部分がしっかり出てしまっている。なまじ優秀な部分があるだけに、なるほど扱いが難しい長男だ。


 ゴールドシュタイン商会の悩ましい後継者争いの実情の一端を垣間見て、二人は淑女らしく曖昧に笑った。


 その時だった。

 船体が、突き上げるように大きく揺れた。


「何事だ!!」


 アルベルトが弾かれるように立ち上がり、部屋を飛び出す。


 そして凶悪で禍々しい旗が揺らめいているのを目にして、驚愕に息を止める。


 晴れた空に似つかわしくない、「蛇に巻かれた髑髏」の旗がなびいている。


「…っ! 『沈黙の海蛇サイレント・リヴァイアサン』!!」


 この海域で最も恐れられている海賊船であった。


 どっとなだれ込む海賊たちに、商船の防衛は全く機能不全であった。


「馬鹿な!!なぜ気づかなかった!!!」


 最新の魔導防御システムを導入した、最先端の船である。

 不審な船の接近にすら気づかなかったなど、ありえない。


「悪いな、お坊ちゃま。俺たちの仲間には『認識阻害魔法』が使える魔導士がいるんだよ」


 ソフィアが僅かに反応した。

 ナディアも小さく頷いた。


「魔導士が関わっているなら、少し大人しくした方が良いわね」


「そうね。少なくとも戦闘員じゃない私たちじゃ、手に負えないわ」


 海賊たちがなだれ込んできてから、制圧されるまであっという間だった。

 船に乗っていた全員がまとめて海賊船の美術品を収めるための船倉に放り込まれる。


 きつく縛られ、拘束されたアルベルトが悔しそうに叫ぶ。


「こんなことをして許されると思っているのか!!!」


 海賊たちは一瞬、動きを止める。

 だが直後には大爆笑が広がる。


「めでたい頭のぼっちゃんだな。全員殺されてないだけでも珍しいことなんだぜ?」


「よせよ、ぬるま湯育ちのお貴族様にゃ、想像もつかねえんだろうよ。まあ、一人ずつ殺されるのも時間の問題だがな」


「跡取りの坊ちゃんで身代金もタンマリ頂こうっていう上のお達しだよ。ジワジワ一人ずつ始末するんだとよ。まあ、せいぜい少しだけ伸びた寿命で遺書でも考えな」


 アルベルトは祖父や父とは異なり、生まれながらにすでに貴族だった男である。野蛮な海賊たちの乱暴な物言いと、その内容の凄惨さに蒼白になる。


「…なっ」


 言葉も出ずに震え始めたアルベルトに、後ろからそっとソフィアが語りかけた。


「落ち着いて…」


「ここで騒いではだめよ」


 ナディアも悠然と床に座っている。


 やがて、荷物のように従業員たちを投げ込み終えた海賊たちは、うまい酒を見つけたという仲間の声に呼ばれ、さっさと船倉を後にした。


「良かったわ、女はこっちとか言われなくて」


 まるで、日常の小さな幸せを見つけたかのようにソフィアが微笑んだ。

 そして小さな声で「鎮静の香(サイレント・アロマ)」と呟く。


 ソフィアの指先から魔力が流れ出した。ゆっくりとソフィアの精神安定魔法が船倉に広がっていく。


「とりあえず、恐怖で取り乱してはダメよ。落ち着きましょう」


「きっと『お迎え』が来るわ。助かった後が私たちの仕事になる。できるだけ情報を見つけておきましょう」


 二人の令嬢に、欠片も恐怖がないことにアルベルトは驚きを隠せ無かった。

 そんなアルベルトのことなどお構いなしにソフィアとナディアは身を寄せ合った。


「ナディア、私のブローチ外せる?」


「多分。ちょっと待ってね…」


 縛られた不自由な状況の中、何とか体をひねりソフィアの胸元からブローチを外す。

 淑女の趣味にしては珍しいカニ型のブローチだった。


「『認識阻害』って言ってたわよね。これ、その影響を受けている可能性があるかしら?」


「そうね、上手く通信できてない可能性はあると思うわ」


 状況についていけないアルベルトはどんどん置き去りだが、二人はお構いなしだ。


「安全装置、外してみましょう」


「そうねぇ。あの人の発明品なら、“安全じゃなくなるだけ”で済まない気もするけれど」


 解除ボタンを二人で協力して何とか押し込むことに成功する。

 すると、先端の丸みを帯びたハサミが鋭い音を立てて形を変えた。


「あら、ロープが切れたわ」


「まあ!運がいいわ。しかもあの海賊たちったら油断して見張りも立てないんですもの、組織として大丈夫かと心配になるけど、それもありがたいわね」


 二人はさっさと拘束を逃れると、アルベルトの体を起こして座り直させる。

 ナディアがその目を見てしっかりと伝えた。


「しっかりなさって。あなたがこの船の全員の命を預かるのよ?」


 命の重さに再びアルベルトが身を固くする。


「ふふ。そんなに怯えなくても大丈夫よ。迎えが来るまで生きること、それだけでいいんですから」


「む、迎え…が、来るだろうか」


 恐る恐る尋ねたアルベルトに、ソフィアとナディアは顔を見合わせた。

 それから、まるで買い物帰りの待ち合わせでも話すような気軽さで、ふわりと笑う。


「来るわよ。うちのワンちゃんたち、鼻がいいもの」


 意味をとらえかねたアルベルトは、再び唖然と二人を見つめるのだった。


 ーーー


 一方、その頃。


天球の灯(スフィア・ランタン)」の執務室では、リンがいらいらと爪を噛んでいた。


「まだ、分かんねぇのかよ、このポンコツじじぃ!」


「八つ当たりはやめなさい、リン」


 怒鳴りつけるリンを、エレオノーラが窘める。

 先ほどから、カイルは位置情報測定装置『秘密を(クラブ・オブ・)共有する蟹たち(シークレットガーデン)』のデータを拾う作業に追われている。


「静かにしてくれ、リン君。島のこの付近で通信が途絶えている。何らかの魔力で阻害されているんだ」


「『高精度』だったんじゃないの?」


 張り上げるわけではないがガイの声にもとげが含まれる。


「『高精度』だとも。だから少し待てと言っているんだ。この程度の阻害魔法で追跡できなくなるような装置ではない…ん?」


 ぎゃんぎゃんと怒鳴り散らかすリンとネチネチと嫌味を言ってくるガイを、面倒くさそうにあしらいながらデータ追跡を行っていたカイルが、手を止めた。

 そして、解析中のレーダー画面に顔を近づける。


「おお!見つけた!!!…ん?安全装置の解除通知の方を受信したのか」


 リンとガイが後ろから詰め寄り、カイルがカエルのつぶれたような声を発した。


「どこだ!!!」


 地図に示された海域を確認して、リンがエレオノーラを振り返る。


「行っていいな!?」


 エレオノーラが口元の扇子をゆっくりと閉じながら頷いた。


「侯爵家の船を出します。それで向かいなさい」


 リンとガイが顔を見合わせて頷いた。

 そして、驚くほど冷酷な顔で笑った。


「全部、ヤッちまって良いんだよな?」


「…もう、待てないよ? 俺たち」


 エレオノーラは、さらに冷酷な顔で目を細めた。


「存分に…」


 二人の魔導士が、一気に駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ