9 家族会議の結論は……傀儡の才能は活かす道なし
あの夜から三日が経ちました。
王宮はかなり混乱しているようです。
わたしは、『傷心の令嬢』を装い邸宅にこもり、付き合いのある令嬢たちに悲痛な胸の内を切々とつづった手紙を書き。
弟は学園で、いかにわたしが冷遇されていたかを広め。
母は社交界で、『貴族の誇りを傷つけられても毅然としている侯爵夫人』の姿を演じつつ、さりげなく王家の腐敗と無能ぶりを広め。
父は「娘が侮辱された」と激怒、宰相の職を辞してしまいました。
計画通りです。
我が侯爵家の一族、寄子、そして中立派だった貴族たちは、公私にわたって我が家に同調。
二人の王子の教育に失敗した王家の非を鳴らし、民政に影響が出ない範囲で、最低限の仕事以外は放棄しました。
王家に近かったはずの貴族のうちでも、目端の利くものは、こちらへ鞍替えしはじめております。
全て予定通りです。
王家の醜聞を二度に分けて起こす必要すらないほど、その権威は衰弱していたのです。
圧力に耐えかねた王家は、
殿下と第二王子に対して、夜会の場でこちらが提示した『見合った刑罰』を全て受け入れ。
収監されている王子ふたり、並びに、王子の元側近達や男爵令嬢に対して、近々刑を執行するはずです。
全てがうまくいったのです。
いえ、いったではなく、進行中です。
王家は自らの死刑執行書に署名したも同じです。
ですが……。
根回しや会議や会合に飛び回っていた父と母と弟が、仕事の合間に時間を作り。
久しぶりに家族4人が集まった夕餉。
他の貴族の家のことは知りませんが、わたしはこの時間が好きです。
父は宮廷のさまざまなことを、ある時は真剣に、ある時はユーモアを交えて。
母は社交界のさまざまなことを、おだやかに、時にはチクリと刺してくる鋭さを込めて。
両親は、わたしたち子供のつたない意見さえも、笑ったりしませんでした。
考えてみれば、わたしと弟は、この時間に育てられたのかもしれません。
ふたりとも十歳になったころには、すでに、政治や領地経営に関して、それなりの識見をもつようになっておりました。
「マリア。アレを、どうする?」
父の問いに、わたしは、
「……王命に反する婚約破棄を独断でしたのですから。あの裁定の通りになるしかないでしょう」
これで正しいはずです。
「そうだな。だが、私が訊いたのは、その点に関してではない」
父は、わたしをじっと見た。
「マリア。お前は、婚約破棄に同意はしていない」
「ええ……」
なぜ、言わなかったのか。
自分がよくわかりません。
わからないで、呆然としているうちに……。
ほぼ全てが事前に予期した通りになった中で。
わたしが婚約破棄に同意していないことだけが、予期通りになっておりません。
些細なことにすぎませんが。
「なぜだ?」
咎めている声ではない。
「……まず機を逃しました。殿下は我々の想定とは全く違う言動をしましたから」
「まず、か」
弟が少し揶揄うように、
「それとあれじゃない? あれって姉さんへの告白だよね。ほとんど。婚約破棄のどさくさで、あんなことを言われたらね」
「……違います。あれは評価であって、告白などというものでは」
思い出させられると、胸がざわざわと乱れます。
家族以外の方から、あれだけまっすぐ褒められたのは初めてでした。
お追従もなにもなく。ただただ純粋に。
ですが、あれは……わたしが殿下と、なんの関係も結べていなかった、という事実を突きつけるものでもありました。
父がぽつりと
「……事前にアレの人となりを知っていれば、な。別の手も打てたのだが」
母が口を開いた。
「そうは言っても、婚約破棄を承認するしかないですわね」
大勢の人の前、しかも我が侯爵家の派閥の主だった有力者の前で、婚約破棄という屈辱的な振る舞いをされたのですから、こちらとしては毅然かつ容赦なく対応する以外ありません。
わたしが承諾していなくても、承諾したことになって全てが動いています。
「残念ながらな」
弟が少し皮肉めいた口調で、
「残念ですか? 王家は手駒3枚のうち2枚を喪った。残る手駒の死命も握っている。我が家にとって悪い展開ではないでしょう」
第一王子。第二王子ともに失脚した今となっては。
残りの1枚。王弟殿下。
いつものわたしなら、弟の発言と同じことしか考えつかなかったでしょう。
ですが、今は……。
「だが、惜しい。あれは理想的な傀儡だった」
そうなのです。
殿下を王太子としてではなく、傀儡として見ていれば……。
父は言葉をついだ。
「権力欲がなく、常識をわきまえ、自分の無能さをよく自覚し、権力に執着せず、しかも才能がある人間に嫉妬しない。まさに良き傀儡になるために生まれて来たような男だった」
過去形での語りでした。
あれだけの人目の前で婚約破棄をやらかしては、今さら王太子に戻すわけにもいきません。
そして、為政者として見れば……殿下は傀儡以外には使えない人間なのです。
わたしは、自分の感情を脇へ置いて、口を開きました。
「こぼれた水は返りません。婚約破棄を承諾し賠償を貰うだけ貰うしかありません。王家の力を徹底的に削げますから」
「いいのか?」
わたしは、小さくうなずきました。
他に方法はないのです。
これが殿下のいうところの、程よい婚約破棄だったかは判りませんが。
母が、溜息をつき、
「ここまでの流れに関しては、仕方ありませんわ……わたしたちは殿下の内面など、知ろうともしていなかったのですから」
母はわたしたちと言ってくださいました。
ですが、わたしは知ろうとするべきでした。
少なくともわたしは。
冷静に事実を見つめ、考えさえすれば。
殿下自身がわたしに悪意をもっていなかったことがわかったはずだったのです。
せめて、2回目のハーブティを淹れて、謝罪の文を読めば。
例えそれが、泥のようにまずいものであったとしても。
わたしは貴族令嬢ですから、いやいやでも礼状を贈ったでしょう。
そこから、本当の意味での交流が始まった、かも、しれません……。
「マリア、ジャスティン。王家はどういう手を打ってくると思う?」
父は、我々姉弟に訊いてきました。
わたしは気を取り直して、
「……王弟殿下とわたしの婚姻を要請してくる可能性が高い、かと」
両王子の失脚によって、王家の威信は地に落ちています。
立て直すには、我が家を取り込むしかありません。
母は、軽蔑したように鼻を鳴らし、
「マリアとの年の差は25。先方は奥方を亡くしたばかり……片付いた先で問題ばかりを起こす出来の悪い娘が3人。ふたりは離縁されて家に戻っていますわ……それでも政略としては、ぎりぎりありといえばありですわね。図々しい」
弟が続いた。
「同意です。あれは不良物件ですよ。親戚付き合いなどする気にもならない。今回の場合、応じてやる必要はないですよ。こちらが断れば、向こうは強く言えますまい」
「わたしは傷心で、臥せっていることにしてください。そうすれば、顔合わせを強行してくる度胸はないでしょう。これ以上しつこく強要してくるようなら、一時領地へ下がればよいかと」
「……それでいくか」
「さぞや、不安定な王権となるでしょうね。なんせ宮廷にはもはや、王家のためにさえずってくれる鳥たちはおりませんもの」
陛下も王妃殿下も仕事はできない。
彼らが出来るのは、浪費と遊興のみ。
彼らに政治はまわせない。政治力もない。
王宮は機能不全。
機会主義の安い陰謀家が道化芝居を始めるのにふさわしい舞台。
いつ底が抜けるか判らない舞台に上がるのは、三流の道化だけ。
「王弟殿下は、この機に乗じるでしょうか? いくら何でもあやうすぎると思うのですが」
わたしがあえて問いを立てると、弟は、軽蔑の口調のまま、
「王弟は、この機に乗じるでしょうね」
「気落ちした現王に、譲位を迫る。か。二人の王子の育成を失敗したのだからな、そこを責め立てられればどうしようもあるまい」
弟が冷笑し、
「あの方ならやるでしょうね。あれは陰謀家ですから」
「仮にあの方がためらっても、あの小娘どもがやいのやいのと言ってやらせますわ。なんでも最近は周囲に、自分達が未来の王太子だと吹聴しているとか」
わたしは口を挟んだ。
「そもそもあの方は、大局が見えない陰謀家です。今、現王を除いて王権を奪っても人はついてこないでしょう」
「支えますか? その状態であれば、王弟殿下は我々の要求を全て呑むしかない」
弟は可能性を提示したが、『それは選びませんよね?』という態度は明白だった。
父は首を振った。
「……あれでは、よき傀儡にはならん。というかなれんよ」
「今回も、ある程度察知していたらしいのに見て見ぬふりをしていたようです。野心はある。ですが」
「有能ではありませんわ。少なくとも野心に才能がみあっていない。余分なオマケもついておりますし」
「もしある程度有能であったなら、内々にでも即座に、わたしとの婚約を打診してくるはずです」
「確かにな。というかそれしかない。それさえも見えないのではな」
「王弟の派閥は無きに等しいですからね。信望がない。しかも吝嗇だ。全面的に我が家が支えねばなりませんが……傀儡にもならない王に価値は?」
弟は王弟殿下から『殿下』の敬称すら省いてしまいました。
わたしは同意しました。
「ないですね」
弟が、ニヤリと笑い。
「我が家と、我が一族や親族、寄子が支えねば一年いや三月ともちますまい。何もせずとも熟した実が落ちてくる」
家族全員、王弟殿下に関しては一致しておりました。
あれは、ない。
「貴族議会に根回しをしておこう。我が派閥に中立派が合流し、王家の派閥からもこちらへ流れる者が多数出てくるだろう。そうすれば弾劾決議によって合法的に王権が手に入る」
弾劾決議は、古い古い決まりです。
ここ200年使われなかった条項。
王がその地位にふさわしくないと判断した貴族議員が5分の4を超えた場合、王を廃位できる。
おそらく現王も、王弟殿下も覚えてはおりますまい。
父はつけくわえた。
「こたびのこと。我が家にとっては悪い結果ではなかった。王家の権威は一気に衰え、道化の野心家に火をつけた。王家は共食いで自壊する。悪くない結果だ」
父は悪くない、を繰り返した。
それは最善ではないという裏返しだ。
「知っていればな……」
珍しいことに、父は繰り言をこぼした。
「仕方ないですよ。向こうだって、姉さんのことを知ろうとはしていなかったのだから」
母が言った。
「今から知ることはできますわ」
「もう遅いです……」
最初からお互いを拒絶していた。
わたしは表面しか見ていなかった。
殿下も、わたしを関係のない人間としか見ていなかった。
あんなに長く会話をしたのも、あれが最初で最後。
「遅くはありませんわ。だって、まだ手は打てますもの」
「何をだ? もう裁定は覆せないぞ」
弟が口を挟む、
「できますよ。我が家なら」
「……殿下は、多数の目の前で婚約破棄をした。これは覆しようのない事実だ。そして事実は認定された」
「王家から減刑の懇請があれば」
父は首を振った。
「王家は殿下を、いや殿下達を見捨てた、ということですね……」
権威が落ち切った今の王家にとって、我が家の怒り程恐ろしいものはない。
あちらにできるのは、裁定をそのまま通すことだけだ。
弟がお手上げという風に、
「確かに、ここで裁定が変わったら……我が家の圧力ということが見え見えですね……」
婚約破棄をされたのに、裁定に介入する。
さらに罪を重くするのなら、我が侯爵家の怒りがそれほど深いのか、と示せます。
ですが軽くしたら?
侯爵家も軽んじられます。
あそこは、娘を侮辱されても、譲るのかと。
だから譲れないのです。
「全て予定通りに進んでいる。全てな」
父は自分に言い聞かせるように繰り返しました。
これが最善でなかったとしても、別の道はないのです。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します。




