10 あの方はわたしを知らない
夕餉のあと、わたしは母に呼ばれました。
珍しいことではありません。
母は、わたしの心に何か形にならないものがあるのを察する名人で。
何度もそれに助けられたものです。
「まったく殿方は政治政治とばかり、貴女の心にあるものは、そういうことではありませんのに」
母はわたしを見た。
「マリア、貴女はあの方を知りたいと思っている。そうですわね?」
「ですが、もう……」
全ては遅いのです。
今さら、減刑をすることもできません。
追放されてしまう彼に、逢う口実もありません。
そもそも、なぜ逢うのか、逢って話したいと思うのか、それすら判らないのです。
「婚約破棄は、公式の上では、承諾するしかないでしょう。ですが……貴女が自らの口でそれを認める必要はありません」
「ですがそんなことに意味が」
母が言っていることが判りません。
公式的に認めれば、それが事実。
王都でのまつりごとはいかにそれを整えるかのもののはず。
どんなことでも合法のうちにおさめ、調える。
たとえそれが、どう見ても合法でなくても。
「貴女と、あの方にとっては意味がありますわ」
「わたしと、殿下にとって……」
母は、優雅にティカップをもてあそびながら、
「あの夜会で、あの方は面白いことをおっしゃってましたわね。人間はみんな裸のサルだと。確かに。でも、あの方は、本当のところそれを判ってはいない」
「……どうして、そんなことが言えるのでしょうか?」
母は、嫣然と笑った。
「女のことさえ何も知らない男が、本当の意味でそんなことが判っているわけがないからです。あの方はあなたのことを何も知らない」
「そんなはずはありません……殿下は、わたしの立場も、王宮で果たしていた役割も――」
「あの方は、あなたが『侯爵令嬢で形式上自分の婚約者で王宮の仕事を一手に引き受けさせられていた優秀な人間である』ことしか知らない」
「それは事実で……あ」
わたしも同じでした。
殿下は『王太子でわたしの婚約者で数字で表される能力は乏しい人間である』ことしか知らなかった。
「貴女とあの方は、お互い、何も知らないも同じということですわ……これは元王太子と侯爵令嬢の話、ではなく、人間同士の話であるのに、何も知らないなんて滑稽ではありませんか」
わたしと、あの方は、はじまっていないも同じだったのです。
「まずは時間を作るのです。貴女とあの方だけの。熟するのに必要な時間を」
母は、やさしく笑った。
愛されていると安心できる笑顔。
確かにそれは、公式ではないものでした。
「ですが……どうやって」
「考えなさい。表面だけは政治的に整えればいいのです。そうすれば男たちも納得するでしょう」
「ですが! 減刑嘆願ととられるようなことは……あ」
簡単なことでした。
減刑だと、解釈されさえしなければいいのです。
わたしの表情を見て、母はあでやかに笑いました。
「マリア。あの方に見せてやりなさい。わたくしの素晴らしい娘である貴方が、どんな人間であるかを」
※ ※ ※ ※ ※
事件から4日目。
メープル侯爵家は王家に元王子二人の身柄の引き渡しを要求しました。
表面上は賠償金の減額の条件としての提案という形をとっていましたが、王家はそれを飲むしかありませんでした。
王家が、第二王子の策謀を側面支援していた証拠と。
第二王子の断種を回避する工作を試みていた証拠が添えられていたからです。
ふたりの元王子は即日、侯爵家の手配した医師に断種されました。
第一王子は男爵の位すら与えられず、それ以来行方は杳として知れず。
第二王子は翌日、肉体関係があったあの男爵令嬢と結婚させられました。
ふたりには、身分を越えた真実の愛があり、それゆえに男爵令嬢は第二王子の命令を聞いたのだから、真実の愛ゆえの結びつきを祝福して欲しい、という侯爵令嬢の慈悲によるものでした。
男爵令嬢の実家は、すでに取り潰しにあっていたので、平民同士の結婚として処理されました。
その容赦ない断罪に、王家は震えあがったのです。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します。




