表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殿下は無能なので、婚約破棄すらまともにできない――と思っていたら様子がおかしい。  作者: マンムート


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/32

11 春、わたしは農夫に会いに行く

 我が侯爵領の春は、鮮やかな緑色に燃え盛っています。


 空は青く。どこまでも広がっています。


 その光景の中を、馬で走るのは好きです。



 実は、わたし、乗馬が好きなのです。



 灰色の王都では、令嬢、特に高位貴族の令嬢は、馬車に乗るのが普通で、歩くことすら少なく。


 馬での移動などもってのほかでした。


 王都ではまちがいなく、女の癖にだの、お転婆などと言われてしまうでしょう。


 しかも、ドレスで横座りに乗ってすらです。


 ちゃんとした乗馬用の服装は、コルセットもなく、脚にぴったりフィットしたキュロットなので、ドレスより体の線が出てしまいます。


 その服装で、馬にまたがって乗っている姿を見られたら。


 はしたないとか、男を誘っているとか、淫らな刺激を楽しんでいるとか言われかねません。



 わたしは、王太子の婚約者だったので、そういう風聞が広まるのは避けねばならなかったのです。



 ですが、ここなら。


 メープル侯爵領の中でも、侯爵家の御料地の中でなら、いくらでも乗れます。


 それに今のわたしは、王太子の婚約者ではありません。


 馬に乗って走るわたしは、公式の存在ではなくて、ただのマリア・メープルです。


 残念なことに、わたしの愛馬は……王都に出ている間に、かなり年老いてしまって、今では全力で走らせることができません。


 彼女の負担にならない範囲で、ゆっくりと走らせます。


 それでも、ひさしぶりの乗馬は爽快です。


 乗馬服は、ドレスとは比べ物にならないくらい解放感があります。



 懐かしい光景。


 山道を突っ切り。峠を抜け。


 目の前に草原が開けます。


 遥か右手に広がる森と、その奥のまだ頂が白い山並みを見ながら。


 かつては森があったらしい倒木だらけの草原を、小川沿いにしばらく走ると。


 小川のかたわらにある小さな丘の頂上に、あばら家が見えてきました。



 あばら家から小川にかけて広がる土地は、雑草が綺麗に刈られています。


 家の壁にもたれるように腰かけた男が、丘を登って近づくわたしに気づいて顔をあげました。



「え!? どうしてメープル侯爵令嬢がここに?」



 目の前で馬から降りたわたしを見て、大層驚いたようでした。


 あの夜、わたしばかりを、さんざん驚かせた彼を、目論見どおり驚かせてやったことに、少しだけ満足を覚えます。




 あの夜から一ヶ月ぶりに会った殿下……いや彼の様子は変わりませんでした。


 王太子の礼服よりも、粗末な農夫の服と、手に持った鋤の方が似合っているくらいでした。


 最後に見た時より、かなり痩せていましたが、かえって健康的でした。


 三日に一度、最低限の食料を届けさせているだけなので、やつれているかも、と思っていたのですが……。



 変っていない、というのは、姿よりも態度でした。



 わたしは、あばら家の脇に立っている杭に、馬を繋ぎます。


 老いた馬はのんびりと、周囲の草をはみ始めます。



「用意した家は気に入っていただけましたか?」


「気に入るも何も、ここに住むしかないからね。ありがたく使わせてもらってるよ」



 いきなりここへ放り出されたはずなのに、落ち着いたものです。



「ここがどこか気になりませんか?」


 彼は肩をすくめた。


「オレにとっては、どこだって同じだからね」


「王宮とここがですか?」


「どこでも同じだよ」


 そこには虚勢はありませんでした。


 ただ事実を言っているようにしか聞こえません。



「……ここは、我が侯爵家の領地です」



 山ひとつを隔てて、人里から隔離された場所です。


 以前は、夏に馬の放牧に使っておりました。



 彼は、周りを見回して、


「……どういうこと?」


「殿下、いえ、あなたの身柄は、王家から我が家に引き渡されました」


「そうか……お金足りなかったか」


 大して意外でもなさそうな口調です。


「一般的な方法で慰謝料が算出されたなら、足りたと思います」


「おお! 何日も掛けて計算した甲斐があった!」


「ですが、王家は我が家の怒りを恐れて、あなたと第二王子殿下を我が家へ引き渡しました」


「あー。ありそうな話だね」


 そう言うと、彼は、へらっと笑った。


「ということは……オレがどうなるかは、メープル侯爵令嬢の思うがままってことか?」


 その言葉からは恐れを感じません。


「そうなりますね」


「毒なら、あまり苦しまないのがいいな」


「毒を盛られる心当たりでも?」


「キミ、いや、メープル侯爵令嬢に対して、婚約破棄をしたから、で十分でしょ」


「……まぁ、そうですね。でも毒ではありません」


「わかった! 送る鉱山が決まったんだ!」


「いいえ。ちなみに娼館へ送るとか、そういうのでもありません」


 彼は辺りを見回して、


「こわい護衛は?」


「おりません。ついてきている者もおりません。馬とわたしだけです」



 彼は、もう一度辺りを見回しましたが、広々とした草原には隠れるところなんてありません。



「侯爵令嬢が罪人のところへ来るのに?」


「ええ」


「結婚前の侯爵令嬢が、男のところにひとりで?」


「ええ」


「遠眼鏡か何かで監視してるんでしょう?」


「いいえ。それにそうだとしても、ここへ駆けつけてくるには間に合いません」


 彼は、しばらく考えていましたが、首を振って。


「侯爵家の奉公人達は怠慢なの?」


「いいえ。ちゃんと苦言を呈されました」


「それを押し切ってひとりで?」


「ええ」



 彼はわたしを見ました。


 その目には戸惑いが見えました。



 こういうお顔もなさるんですね。



「……わっかんないな」


 彼は、考えていたことを、あっさりと放り出した様子でした。


「以前、あなたは、わたしにハーブティを送ってくれました。婚約者からの贈り物なのに、わたしはひとくちも飲みませんでした。失礼だったと思います」


「前にも言ったけど、あんな怪しげなものを飲もうとしないのは当然でしょ」


「あなたからの謝罪の手紙も、読みすらしなかった」


「腐ったハーブティを送り付けてくる相手に対する当然の反応でしょ」



 彼は、どうでもいいことのように扱おうとしている。


 ですが、そうはさせません。



たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。


誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。


完結までよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とりあえず生まれる環境を完全に間違えてるよなぁ、この元王太子。スローライフ満喫してね? 多分に僻地の開拓村に送られてても普通に馴染んでると思う。 犯罪奴隷が多そうな鉱山送りだと人の良さが災いしそうでは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ