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殿下は無能なので、婚約破棄すらまともにできない――と思っていたら様子がおかしい。  作者: マンムート


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12/32

12 春。 わたしは泥を飲む


「そうですね。筆頭侯爵家の侯爵令嬢として、非難されるべき対応ではなかったと思います。ですが……」



 わたしは、少し言葉を探しました。


 母の言葉が思い浮かびます。



『人間同士の話であるのに、何も知らないなんて滑稽ではありませんか』



「婚約者が初めて自分の意志で選んだ贈り物を受け取った側の態度としては、まちがっていたと思います」


「いや、アレくらいしかなかったからで」


「でも、わたしのことを考えて、あなたは選んだ。そうですよね?」


 あの戸惑いの色が、彼の瞳に浮かびます。


「……まぁそうかもだけど、あんなのなら贈らないほうが――」


「もし、よろしければ、飲ませていただけませんか? あなたのハーブティを。もってきたのでしょう?」



 彼が王宮から身柄を引き渡された時、持っていた私物は把握しています。



 鍬、鋤、鎌、シャベル、バケツ、ジョウロ、などの園芸用具。


 園芸関係の本が11冊。


 栽培記録が書き込まれた帳面が23冊。


 幾種類かの草花や野菜や穀物の種。球根、根茎類。


 鍋やナイフなどの調理器具。


 ひとりぶんの食器。


 あと、わたしが送った――ことになっているが執事が選んでくれた――ティセット一式。



 そして、乾燥したハーブがいくらか。



「……メープル侯爵令嬢の口に合うとは思えないんだけど」


「構いません」


「毒見は?」


「おりません」



 わたしの理性がわめきたてます。


 貴方は今、ありえないことをしようとしている愚か極まりないことをしようとしている、やめなさい、と。



 侯爵令嬢としては、ありえない行為です。


 罪人が淹れるあやしげなハーブティを、毒見する侍女もいないのに、飲むのですから。


 しかも、罪人をこの境遇に陥れたのは我が家なのです。恨まれていても不思議ではありません。


 護衛すらつれていない今、何か危険な薬物を飲ませられたら……


 いえ、薬物の必要すらありません。


 彼は手元に、鎌も鍬もナイフももっています。


 わたしは、護身術を身に着けてはおりません。


 最悪、わたしの貞操もいのちもたやすく奪われてしまうかもしれません。



 ですが、わたしは決めたのです。


 今度こそ、この人と向き合うのだと。


 そして、この人にも向き合ってもらうのだと。



 彼の黒い瞳には、戸惑いがしばらく浮かんでいましたが。


「……わっかんないな」


 そう言うと、立ち上がり、お茶の準備をはじめました。



 彼は、集めてあった枯草や枯れ枝を、かまどに入れて、不器用な手つきで火をおこし。


 安っぽい土瓶を火にかけました。


 乾かし方が足りないらしくて、もうもうと煙があがります。



 しばらくは、火が燃える音だけがしておりました。


 そのあいだに、彼は、あばらやの中へ入ると、壊れそうなテーブルを外へ出し。


 次には、これまた壊れそうな椅子をふたつ出しました。


 わたしが座ると、ぎぎっ、と嫌な音がしました。


 彼は素焼きの安物カップを2つ取り出してきて、わたしの前に置くと、縁が欠けている方を自分に、欠けていないほうをわたしの前においてくれました。



「……なにかオレから訊いてもいいのかな?」


「どうぞ。答えられることなら答えます」 


「卒業式は無事に?」


「ええ。婚約破棄をする困った人間も現れず無事に済んだそうです」


「……出席しなかったような口ぶりだけど」


「わたしは、婚約破棄をされて傷心だったので、そのまま屋敷へ引っ込んでいましたから。単位は足りていたので卒業はできました」 


「それは悪かった……」


「傷心は方便です。今、わたしが表へ出ると、いろいろとおせっかいが面倒なので」


「ああ、婚約の申し込みか……」


「ええ、あなたもおっしゃったように、わたしは、仕事は出来るし、難しい問題を手早く処理できますし、礼儀も完璧だし、5か国語を喋れるしですから、引く手あまたなので」


 お湯が沸いて来た音がします。


「なら、こんなところで、オレを相手している暇ないんじゃない?」



 彼は、わたしをすぐ遠ざけようとします。


 ですが、そうはさせません。



「彼らがうるさいので、当分のあいだ、領地に引きこもらせていただくことにしました」


 そうは言っても、我が家を見習って王都から自領へ引き上げた貴族やその子女のかたがたとは、交流を続けておりますが。


「……まぁ、今のオレには雲の上のことか」



 またです。


 彼は考えるのをやめて、わたしを人生から追い出そうとしています。



 それ以上会話は続かず。


 彼は、ドライハーブを入れた素焼きのポットに、熱湯をどぼどぼと注ぎました。


 わたしがかつて贈った(といっても選んだのはわたしではありませんが)ティポットは使ってくれないようです……。


 少し蒸らしただけのハーブティを、二つのカップに注いでくれました。



「では、いただきます」


 口をつけると、熱、えぐみ、渋み、泥くささ、黴臭さが口の中にひろがります。


 まずいです。


 正直、人間の飲むものではありません。馬だって飲まないでしょう。



 やはり、わたしに対する悪意が……。



 顔をあげると、彼は平然と飲んでいます。


 わたしに注いだのとまったく同じものを。


 悪意はないのでしょう。



「感想を言ってもよいですか?」


「どうぞ」


「まずいです」


 彼は、きょとんとした顔で、


「え、そうか? こんなものだろう? 天日で干して、乾燥させて、湯をどぼどぼっと入れるだけなんだから」


「……」


 いい加減です。実にいい加減です。


 これではおいしくなるわけがありません。


「ちゃんと作れば、もっとおいしくなります」


「オレ、素人だし」


「あなたは、人が飲むことを考えてませんね。目の前にわたしがいるのに」


 彼は、あきらかにうろたえて、


「あ、いや……いつも飲んでいたんで飲めるかと……」


「次は考えて作って、考えて淹れてください」


 わたしは、残っていたのを目をつぶって飲み干すと立ち上がりました。


「次?」


「また来ます」



たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。


誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。


完結までよろしくお願い致します。

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