8 殿下のなかに、わたしはいない。
「そりゃ尊敬しているに決まっているじゃないか。だってさー、仕事てきぱきしてるしさ、あんな難しいいろいろをスゴイ勢いで判断しちゃうしさ。頭もいいしさ、礼儀も完璧だし、五ヵ国語を喋れるし、性格もいいし、背筋がすっと伸びててすらっとしてるし、きれいだし」
その言葉には、何のウソも媚びもなくて、ただ素直で、
「!」
えええええっ!?
と口に出さなかったわたくしを褒めて欲しいです!
思わず口元を押さえてしまったのは、不覚でしたが。
わたし、絶賛されています。
しかも心の底から。
「わ、わたしは、その、背が高すぎだと」
「すらっとしてて、いいと思うよ」
「ひ、一重の黒目ですよ。ソバカスだって、は、鼻だって高くは」
「バランスいいと思うけど」
「あ、脚も、その、腕も、ふ、太めですよ!」
「健康的でいいと思うよ」
「ふ、服だって、きれいなのは余り似合っては……」
「えー、今夜だってとっても似合ってるのに!」
わたしは何を言っていいか、わけがわからなくなって、
「……性格はきつい、と言われますが」
と思わずこぼしてしまいました。
口に出した瞬間、心のどこかでそう言われる度に、小さな反発と刺を感じていたことに気づきました。
「そう見られるのは、しょうがないんじゃない? 完璧な人は、完璧じゃない人のことはわからんものだからさ。そりゃきつく見えるでしょう。ほら宝石には石炭ガラはゴミにしか見えないでしょ。まぁ石炭ガラはゴミだけど」
すいません。殿下のこと、確かにゴミだと思っていました。
いやいや! この人はやはりゴミ!
わたしに何度も何度もいやがらせを!
あんなことをしていた人に、心を動かされるなんて!
「ですが殿下は、わたしにいやがらせをしていたではありませんか!」
「え、オレがキミに?」
もしかしてこの方。
わたしに嫌がらせをしたこと自体を忘れてるとかですか!?
いくらなんでも、それはひどすぎです!
「腐ったハーブティーを送りつけてきたではありませんか! 毎晩! しかもわたしが、一番疲れている頃合いを狙って!」
「ええっ。全部腐ってた!? おっかしいなぁ……確かに一番最初のはカビてたよ。だって、オレ、自分で飲んだらお腹こわしちゃって大変だったもん。これはまずい、と思って次の時に、謝りの手紙をいれといたし、出来を確認してから送るようにしてたんだけど」
「そんなもの受け取ってません! ウソを言わないでください!」
「そりゃそうかー。オレから怪しげなモノなんか贈られたら、当然、捨てるよね。余計な手間をとらせて悪かったね。ごめん」
捨てる、そんなことは――
わたしは、影のように背後にいる侍女にふりかえりました。
わたしたちだけ聞こえる囁きでやり取りします。
「手紙あったの?」
「1回目以降は、発見次第処分しておりました。ですから中身は確認しておりません」
「なぜ勝手――」
いえ、優秀な彼女が、わたしの許可なく、そんなことをするはずがありません。
処分した、という報告だって、あげてくれていたのです。
つまり。
「わたしが、処分しろと……言ったのですね」
侍女は、珍しくわずかにためらい、うなずきました。
ありもしないいやがらせを作り上げたのは、わたしでした。
「まぁ、オレにはあれくらいしかできないからさー。裏庭で栽培したもんだから、キミがいつも飲んでるものに比べたら、ゴミみたいなものだし」
だとしたら。
「……殿下はわたしにその……悪い印象を全くもっていないように聞こえるのですが」
「もつわけないでしょ。キミみたいな人が奥さんだったらさー、オレだったら、毎日でも自慢しちゃうね! うちの奥さんはすごい! うちの奥さんはきれい! うちの奥さんさいこーって!」
奥さんだったら。
それって、関係ない人を遠くから見ている言い方ですよね?
「……殿下。お言葉ですが、婚約者というのは、そのうち、奥方になる人のことですよ?」
「うん、そうだね」
「わたしは殿下の婚約者。つまり、殿下が、毎日でも自慢するであろう女性が将来奥方になるということですよ」
「理屈の上ではそうなるね」
「そんな女性がご自分の婚約者であるなら……婚約破棄などしないのでは?」
「いや、するのが当然でしょう」
殿下の口調は『朝になれば太陽がのぼるよね』という感じでした。
「……そこがよくわからないのですが」
「キミは頭がいいから、説明しなくてもいいと思ったんだけど……まぁいいや。頭の悪い人間の考えは、頭のいい人には判らないってことだね!」
「は、はぁ……」
「まず、キミがオレの婚約者だと思ったことは一度もない。これは何かのまちがいだからさ」
「はぁぁぁ!? これは王家と我が侯爵家が契約書まで交わした正式の――」
「確かに形式的には婚約者になってるけど、キミくらい優秀でステキな人が、愚鈍で無能なオレと人生でかかわりをもつわけがないでしょう。キミはオレと全く関係のない人だもの」
関係のないひと。
その言葉は、なぜか、わたしの胸の奥をきしませました。
「わたしは、あなたの婚約者なんですよ……」
この関係がなくなればいいと思っていたはずだったのに。
「そこ! そもそもこの婚約が間違いなんだよ。だってキミは、オレと何もかもちがいすぎて距離が遥かに遠くて、オレの人生には全く関係ない人だもの」
「……」
関係のない人。
全く関係のない人。
「あとオレが、たまたま早く生まれたってだけで王太子っていうのもまちがい。この二つの大間違いをどうにかするには、この婚約を破棄して、そしてオレを王太子から外す以外ないじゃないか」
まちがい。
わたしと殿下のあいだには、なにもなかった。
わたしも殿下も相手とのかかわりを拒み。
唯一、殿下が気まぐれで送ってきたハーブも、わたしは拒んだ。
わたしが呆然として言葉を失っている内に、監察官が事実確認を始めました。
それを、ぼんやりと聞き流しながら――
殿下がこんなかただったなんて、思ってもみませんでした。
謎理論で婚約者とさえ思われていなかったなんて!
しかも、王太子であることさえもまちがいだと思っていらっしゃるなんて!
これでは王太子の自覚もなにも芽生えるわけがありません。
わたしとの交流の必要なんて、考えるはずもありません。
そりゃ、月一回のお茶の時間も、来ないわけですね……。
『オレと時間を過ごすのは無駄だから、あなたは好きなことやってて』というのは言葉通りの意味だったなんて!
わたしが、とりとめもなく、そんなことを思い浮かべている間に。
殿下は、我が侯爵家の警備隊に囲まれ、連行されて。
そのお姿は見えなくなってしまいました。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します。




