32 エピローグ 近年評価が変わりつつある マリア1世と王配ジャガル
この国の民であれば誰でもが知っていることでありますが、マリア1世の治世は、すばらしいものでした。
彼女は、社会で誰もが息苦しさを感じながらも、口に出しはしなかったさまざまな違和感を形にして表し、次々と打ち破っていきました。
優秀な平民達には、官吏になる道を開き、女性でも男と同じように乗馬することを大々的に認め、商人達が貴族の領地に縛られず商いをする権利を法律で定め、農民たちには新しい作物の栽培を奨励するなど、ヤゲーロ朝末期の停滞した空気を一掃し、進取の気性をもたらしたのです。
彼女の父王が王朝の基盤を盤石なものとし。
彼女はそれを引き継ぎつつ、王弟である宰相ジェラルドの補佐にも助けられ、現在へも影響を残すさまざまな制度や風潮を作り上げたのです。
父王が盤石な基礎を作ったなら、彼女は飛躍のための種を撒いたのです。
その王配であり、前王朝唯一の生き残りであるジャガルは、ほぼ事績が残っていませんでした。
ジャガルは、重要な会議にこそ常に列席していていましたが、その発言は事実の確認に終始。
政治にはほとんど関わりませんでした。
それ以外の時間は、王宮の裏庭で農作業をしたり、木工細工をしたりしていたという記録くらいしかありません。
彼が作ったもので有名かつ価値のあるものは、晩年に作成した3艘のボトルシップくらいで、長らくどうやってボトルの中で帆船を組み立てたのかは長年にわたる謎でした。
僅かに残った記述でしばしば触れられる『鸚鵡のように繰り返し繰り返し妻を褒めていた』という記述が目を引くくらい。
それは唯一残った前王朝の一族というその不安定な地位がとらせた哀れな生き残り戦略だったと片付けられてきました。
彼の後世に残した最大の功績は、交配によってジャガイモを生み出したこと。
ジャガルが最初は王宮の裏庭で、のちには王都の農業試験場で、長年かけて品種改良したジャガイモで、いつしか全土で栽培されるようになったのです。
丈夫で多量の芋をつける優良品種で、我が国の全てのジャガイモ栽培品種の先祖でもあります。
そもそもジャガイモという名称も、『ジャガルの芋』から来ているのですが、ほとんど知られていません。
ですがこれも『王子様は種なしだが、そのジャガイモは沢山子供がいる』という風に、ジャガルを嘲笑するネタに使わればかりである。
ジャガルは、マリア1世とのあいだに3男2女をもうけたが、子供は全員、彼の子供ではなかったと言われていました。
実際、親子の肖像画を見ると、子供たちにジャガルの特徴はほとんどなく、女王マリアとその一族の特徴ばかりが目立つのです。
マリア1世との結婚の時、『ジャガルを愛していたマリアは、その断種を阻止するために、彼を侯爵家で引き取っていた』と発表されました。
ですが、断種は実際に行われ、彼は文字通りお飾りの夫であり。5人の子供たちはみな、マリア1世が抜擢し、彼女の周囲に近侍させた有能な貴族や官僚の血をひいていたというのが定説でありました。
そんな王配ジャガルは、マリア1世が亡くなる半年前に亡くなっています。
彼女が毒殺したという俗説までありますが、前王朝の生き残りを今更毒殺する理由に乏しく、研究者でこれを採用している者は皆無です。
それ以降、マリア1世は死ぬまで喪服をまとっていたというのは確認された事実です。
ジャガルは王都ではなく、侯爵領の外れにひっそりと葬られました。
ふたりの死後。
マリア1世の事績は埋もれることなく顕彰され続けましたが、ジャガルもまた別の意味で有名となってしまいました。
いわく。
自分の種でない子供を、自分の子供として育てさせられた男。
種なし王子。
寝取られ王子。
『ジャガルのような男』『あいつジャガルだ』と言われたら、それは寝取られたという意味として定着してしまいました。
文芸の世界においては、マリア1世とその周囲の秀麗な男達が華麗な恋のさや当てをする陰で、相手にされずに植物栽培に精を出す、情けない種なし男として書かれるばかりでした。
ですが近年、ジャガル像の見直しが迫られる事実が相次いで発見されたのは、みなさんの記憶にも新しい事でしょう。
まずは、マリア1世のそばに常によりそい、最初は侍女として、のちには秘書官房のトップにまで昇りつめ『侍女宰相』とまで呼ばれたアガタ・レイマートの手記が発見されたことでした。
そこには、マリア・ジャガル夫婦がどれだけ毎日こまやかに思いあって過ごしていたかが、素っ気ない文体でありながらも細々と書かれていたのです。ジャガルが亡くなったあと、アガタの前でだけは涙を流したという記述は、各方面に衝撃を与えました。
定説との余りの違いに、偽書ではないかという説も唱えられましたが、あのボトルシップの謎とされた製造過程までが記されており、それが現物と完全一致したこともあって、偽書という説は打ち砕かれたのです。
もう一つは。
遺伝子調査で、マリアの子供たち3男2女すべてがジャガルとの子供であったことが明らかにされたことです。
王配を形式上は置きながらも、多数の愛人を侍らせていた恋多き女というマリア像も。
傀儡で、自分の子供でもない子供を自分の子供と認めるしかなかったという情けない男の代名詞としてのジャガルも。
共に実像からずれていたことが明らかとなりました。
今後のさらなる研究や資料の発見がまたれています。
ですが、そのような周囲の騒ぎは、真実を誰よりも知っているふたりにとっては些事でしかないでしょう。
今、ふたりは。
かつての侯爵領の外れ。
小川のほとりの丘の頂上。
どこまでも広がる空と、緑に萌える草原のあいだに。
ひっそりと眠っている。
側には、最後までマリア1世に忠実で、葬儀の一切を取り仕切ったあとで眠るように息をひきとったというアガタ・レイマートの墓と。
マリア1世の、最初の愛馬であったオルガの墓が並んでいます。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
これにて完結です。
最後まで見届けてくださった読者の方々、ありがとうございます。
もしも心に何か残ったものがあれば、感想評価などしていただけるとうれしいです。




