31 わたしたちの大聖堂
うちの奥さん最高。
あの婚約破棄の時は、遠くにいる人間に対する評価でした。
ですが、今の彼は、目の前のわたしに対してそう言ってくれているのです。
運命の道が、決定的に別れそうだったわたしたちが、またひとつになったのです。
「なら、わたしも、いっ言います。わたしの夫は、最高ですって」
彼は苦笑いを浮かべて、
「無理しなくていいのに……あ、それから……」
彼は、言葉を切り、にわかに落ち着かない様子になったかと思うと、
「え、ええと……オレ達、そう遠くないうちに結婚するわけだけど」
突然、今さら確認するとも思えないことを口走ってきました。
「もちろんです。すぐだと思います」
「結婚までは婚約してるってことになるわけでさ。だから改めて言うよ」
彼は、立ち上がると、わたしの前に来て、
「ええと……」
ポケットから、くちゃくちゃに丸めた紙を取り出して、広げると、
「ふむふむ……大声で重々しく……そうだったそうだった。今度こそちゃんと言うぞ」
え……このセリフどこかで聞いたことが……。
ジャガルは、背中で手を組んで、大声で言い放ちました。
「メープル侯爵令嬢マリア! オレと婚約してください!」
「あ……」
「ほら、一度は婚約破棄しちゃったから……結婚するなら言っておかなくちゃ、って思って……どう?」
「ふふっ。あははははは」
わたしは思わず笑いだしてしまいました。
どう? はいらないんです。
それだから締まりがないんです!
それに、わたしはすでにメープル侯爵令嬢ではなくて、王太子殿下ですしね。
そのうえ……。
「え……だ、だめっ? 今のじゃダメ? やっぱり、金とか宝石とかの指輪が必要!? 今度また麦わら帽子作るからそれが代わりじゃダメ?」
わたしは、なんとか笑いを収めて、
「必要ありませんっ」
「え、どうして? だって、ほら、オレのわがままで婚約破棄しちゃったから――」
「わたしは、婚約破棄を了承していませんから」
彼は、きょとんとして。
「え……だって、あの時、オレってみんなの前でやらかしたじゃん。婚約破棄の書類だって見たし」
「書類の上では、そうせざるを得ませんでした。侯爵家の令嬢が、公衆の面前で婚約破棄されたのに、相手に対して何もしないなんて出来るわけがありませんから」
あの夜、わたしが婚約破棄を了承していないことについて、母が言っていたことを思い出します。
『貴女と、あの方にとっては意味がありますわ』
「ですが、わたしは口頭での了承はしておりません」
「そうだったっけ……?」
「そうなんです! ですから、あの夜以降、わたしはあなたが婚約者でないと思ったことはありません」
考えてみれば不思議です。
かつてジャガルが、わたしのことを婚約者と思っていなかった、のとは逆に。
わたしは婚約破棄されて以降、彼のことを婚約者だと思っていたなんて。
彼は照れくさそうに頭を掻いた。
「そうか……それは確認してなかったなぁ」
「わたしも終わってから気づいたので、偉そうなことは言えませんが」
彼は、椅子に座り直すと、さめたハーブティを、ぐっと飲み干して。
「あーあ。結局、オレは、婚約破棄すらまともにできなかったってわけかぁ……」
「そもそも、公衆の面前で婚約破棄をすること自体が、まともじゃありません」
「そりゃそうか」
わたしたちは、笑いあった。
だいじょうぶ、彼とならやっていける。
彼の前では、わたしは素直に笑えるし、無理してたら気づいてもらえる。
「でも……やっぱり、さっきの、やり直していい?」
「どうぞ? ですが、なにをやり直すのですか?」
ジャガルは、背中で手を組んで、大声で言い放ちました。
「メープル・マリア! キミとけっけっ結婚したいです! だいすきです!」
「あ……」
侯爵令嬢でもなく、王太子でもなく、ただのわたしに対しての。
「はいっ!」
わたしは思わず立ち上がって、彼に抱き着いて――
キスしました。
わたしの愛しい人、ヤゲーロ・ジャガロと。
わたしは女としては大柄で。
彼は男としては小柄で。
キスするとぴったり高さが揃います。
オルガが、わたしたちを祝うみたいに、大きな声でいななきました。
わたしたちのふたりきりの式は。
愛馬の祝福のもと。
高い高い青い空の天井と、萌える草原の床の神殿で行われたのでした。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
今日の午後8時ころ、エピローグをアップして、完結です。




