26 新しい朝。ふたりの朝。
翌日。
わたしが目覚めたのは、昼頃でした。
初めての痛みと、しあわせと、心地いい疲れで、いつのまにか眠ってしまっていたのです。
侍女のアガタがごまかしてくれる時間に間に合うかはぎりぎりです。
隣に彼はいませんでした。
外から土を掘る音が聞こえて来たところからして、昨日の後始末をしているのでしょう。
枕元には、乗馬服のズボンと下着が、不器用に畳まれて並んでいました。
ベッドの足元には、水が入った桶と、布切れと、乗馬服が置いてありました。
水は小川で汲んで来てくれたのでしょうが、昨夜の洪水のせいか、少し濁っていました。
昨夜の名残を、布切れと水で拭っていると、自分が見せた恥ずかしい姿の数々が思い出されて、思わず顔を覆ってしまいました。
落ち着くまで少し時間がかかってしまいました。
そして彼が
「ああ! キミとできないだろうからって自棄になって、あのナントカって奴としなくてよかった!」という叫びを思い出して。
うれしくて、はずかしくて、また落ち着くまで時間がかかってしまいました。
精一杯身をきれいにしてから、まだ湿っている服を着て外へ出ます。
動くと脚の付け根が痛くて、ああ聞いたとおりだな、と思います。
夢じゃなかった……よかった……。
まぶしい夏の光に照らされた光景は、惨憺たるものでした。
丘のふもとは流れて来た大量の流木で埋め尽くされ、彼が数か月かかって耕した畑は見るも無残なありさまでした。
53年前。
わたしが生まれる前にあったという大水害の時もここは同じ光景となり。
そのためにここは放牧地としてのみ使われることになったのでしょう。
わたしが倒木だと思っていたのは、その惨事の痕跡だったのです。
彼はわたしが避難させた芋を、水がかぶっていなかった地面に埋め直していました。
「お、おはようございます。じゃ、ジャガル……」
「あ、ああ……おっおはようマリア……」
お互い気恥ずかしくなるのは、昨夜のことを思い出してしまうからです。
「きょっ、今日は、どっどうするの、かなっ」
裏返った声で彼が訊いてくるので、
「とりあえず、帰ります。なるべく、その、早くまた来ますのでっ」
「待ってる」
「!」
こんなことを言われたのは初めてでした。
そうか、今までは、わたしが押しかけてきているから仕方がない、と彼は自分に言い訳してわたしを受け入れてきたのです。
これからは、そうではないのです。
彼は、わたしが来るのを待っていてくれるのです。
「はいっ」
わたしの声が弾みました。
のんびりと草をはんでいた愛馬が、わたしの姿を見つけると、ゆっくり歩み寄ってきます。
わたしを発見してくれたのは彼女です。
首をぎゅっと抱きしめて、
「ありがとう! 帰ったら砂糖の塊をあげるからね」
馬に乗ろうとしたら
「あ、待って!」
彼はわたしを呼び止めると、あばらやのひさしにぶらさがっていた布切れを手に取りました。
左の袖は破れていましたが、乗馬服の上着でした。
「そのままじゃ、帰れないでしょ」
「あ……」
そうなのです。
下はズボンを履いていますが、上は下着だけだったのです。
※ ※ ※ ※
屋敷へ帰る途中で、アガタが待っていてくれました。
わたしの姿を見て、一瞬、ぎょっとしたようでしたが、すぐ何事もなかったような顔に戻って。
着替えを渡してくれました。
「ありがとう。アガタ」
一瞬、その表情がほころびました。
もしかしたら、わたしが彼と夜を過ごすと予想していたのでしょうか。
恥ずかしいので訊けませんでした。
「え……これは……?」
着替えとして渡されたのは、侍女の服でした。
「お嬢さまは仕事続きで体調を崩して、部屋で静養しておりました」
ということになっている、らしいです。
「……そうね」
「わたしがお側についておりましたので、間違いありません」
ふたりだけの秘密にしてくれるみたいです。
「そして、あなたは今日入ってきた新人の侍女です」
ということにもなっている、らしいです。
これを着て屋敷へ潜入し、自分の部屋に戻る、ということですね。
わたしは彼が婚約破棄をしてくるまでは、品行方正だったので、こういうことにドキドキしてしまいます。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します




