24 断種なんきゃしなければよかった! って魂の叫びとしてひどいですね。
激しい雨の音だけが響く暗闇のベッドで、わたしたちはふたりでした。
互いにこの上なく好ましく思いあっているふたりでした。
「今さらですけど……あなたを名前で呼んでいいですか?」
「当然だよ。オレもキミを名前で呼んでもいい?」
ちょっと可笑しいですね。
彼曰く『裸のサル』の状態でも、わたしたちは貴族なんだなって。
こんな儀式めいた遣り取りをするなんて。
「ええ、もちろんです。ジャガル」
改めて呼ぶと、恥ずかしさと嬉しさがこみあげてきます。
それは甘やかでくすぐったいです。
「ま、マリア……」
恥ずかしそうな声。
「はい……」
「マリア……」
相手への愛しさがこもった声。
「はい……じゃ、ジャガル……」
わたしの声も同じでした。
愛おしさが花が開くように、膨らんでいくばかりです。
「ああ……こういう風に名前で呼んでもよくて……呼んでもらえるなんて……夢みたいだ……」
婚約破棄前に名前呼びを許しあったとしても、それは義務としてでしかなかったでしょう。
「そういえば……あのハーブティについていた手紙には、わたしの名前が書いていませんでしたね」
「名前を呼ぶ許可をとってなかったから……本当は書きたかったけど」
彼は不思議なところが律儀です。
「……キミから返事が返ってこなかった時、ほっとした」
「え……」
特別な相手から何の反応もなかったのに?
「ヒトに自分からものを贈ったのなんてはじめてだったんだ。だから返事が返ってきたら、ひょっとしてキミが選んでくれた返礼が返って来たら……どうすればいいか……他人はオレにとってどうでもよかったんだ。オレが王太子という地位以外、どうでもよい存在だったのと同じように」
「それはお互い様です。わたしだって、ジャガルのことをそうとしか思っていませんでしたから」
今となって、とてもすまなく思ってしまいます。
「わかっていたよ。だけど、それでも、いつのまにかキミは他の人と違って見えるようになったんだ」
「どうして、ですか?」
その頃のわたしは、彼のことを軽蔑しているだけでした。
家族以外の人を、全て有用性だけで見ていました。
なんて嫌な奴だったんでしょう……それなのに、なぜ?
「キミが遅くまで仕事をしている灯りが毎日見て。キミが背筋を伸ばして王宮を歩いているのを見て。オレやオレの両親と違って、真剣に国のことを考えているのを知って。なにかしたい、と思ったんだ。キミになにかしたい、と思ってしまったんだ」
「そんなことで、ですか? そんな貴族は数は少ないですが、他にもいると思いますけど……」
彼は少し黙り込み。
「いや、きっと、本当のところは違うんだと思う……それはみんな外に現れたものにすぎなくて……なぜ惹かれたのかは言葉にできない気がする……」
振り返ってみれば、わたしだってそうかもしれません。
あの夜、彼が格好いいとか、素敵だとか思ったわけじゃありません。
意外だったから? 思っていたよりも頭がよかったから? 未知だったから?
それはただ外側に現れたカタチだったのかもしれません。
「そんな風に感じてしまったのは、マリア、キミが初めてだった。そして、突然気づいたんだ。そんな素敵なキミが手に入るってことが」
ようやく、胸に落ちました。
なぜ、彼が婚約破棄を選んだのか。
もし、婚約破棄がなければ、あの男爵令嬢と何もなかった彼は、そのままわたしと結婚し。
さぞや冷たい夫婦生活を送ったことでしょう。
最悪の場合、彼が邪魔になって処分しさえしたかもしれません。
「わたし……あの頃からそんなに……好かれてたなんて……全然気づかなくて……」
すごく、恥ずかしい。
自分を捨ててもいいくらいに、愛されていたなんて!
「手に入りさえすれば、キミの心はどうでもいいとさえ思ってる自分に気づいたんだ。何か欲しいなんて、思ったことのなかったオレが」
「だから、自分から手放そうとしたんですね……」
「あきらめるなら今しかない、と思ったんだ。卒業パーティまで時間が進んでいたら……キミを手放すなんて出来なかった」
わたしとの婚約を維持して、結婚までもちこむのは、彼にとって簡単だったはずです。
あの夜起きたことから、婚約破棄を引くだけでよかったんですから。
「……それであの日に、婚約破棄を」
わたしは自分と侯爵家のために用意を整えた。
それは彼にとっても好都合だった。
わたしを諦めて、そして――
「断種されるのが確実だって……わかっていたんですね」
「まぁ、そうなる、かなと。そうすれば完全に諦めがつくからさ」
そうなれば、わたし以外の女と結ばれることはない。
そんな理由で断種されることを選ぶなんて。
この人はおかしい。
でも……愛しくてたまらない。
「……馬鹿ですね。それで断種までされてしまうなんて」
彼は、なんとも言えない情けない顔をして、自分の下半身に視線を落とした。
「こんなことになるとわかっていたら、やらなかったんだけどなぁ……」
「やっぱり、あの男爵令嬢としておけば良かったって後悔してます?」
「や、やだよあんなのとは、キミ以外とはしたくな……あ」
わかってしまった。
この前、なぜ、わたしを手ひどく拒もうとしたのか。
なぜ、扉の締め方が、彼にしては唐突かつ乱暴だったのか。
「さっき、わたしを拒んだ時、あなたにしては扉の締め方が随分と乱暴だったのは……」
「うー。多分、キミの推測どおりだから……恥ずかしいから言わないで欲しいんだけど……」
「すっぱり諦めた筈のわたしが、わたしの方から現れて。逆らえない相手だからと自分に言い訳をしつつ、つきあっていたら」
「わー、だから言わないで!」
もだえる彼は、かわいいです。
だから言ってしまいます。
「わたしが政治的な重要人物だと思い出させられて。しかも、自分は断種していて。となれば、どう転んでもわたしは別の男のものに。その前に今度こそきっぱりと、というところですか?」
彼はひどく情けない顔になって、
「……容赦ないなキミは……あーでも、状況は変わっていないんだな……」
頭を抱える姿も……やっぱりかわいいです。
「あーあーあー! キミが政治上の必要で……オレ以外のヤツとアレして……孕んじゃったら……耐えられるかな……あー想像したくない! でも! キミが生んだならオレの子供にもなるから、いじめたり冷たくなんかしたりは……しない! しないようにするから!」
いくらわたしを好きだったからとはいえ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけてきた過去があるのですから、少しくらいイジワルしてもいいはずです。
でも、あんまりにもかわいそうで、かわいすぎて。
キスしてしまいました。
昔、彼の唇が、分厚くてみっともないなんて思ってましたが。
やわらかくて、しっとりしてて、わたしの唇をふんわり受け止めてくれて……すてきでした。
「え、あ、ああ」
彼は、目を見開いて、真っ赤になって。
わたしの方も、自分からしてしまったのに、すごく恥ずかしくなりました。
「……」
裸まで見せてしまっているのに、キスしたらもっと恥ずかしくなるなんて!
「いっ、いや、でもっ。きっキミは王太子になるんだから、王になるんだから、お、弟さんの子供につっつがせるってこと!? あ、そ、その手があったか!」
「子供が出来なければ、出来ても余程出来が悪ければそういうこともあるでしょうね」
「出来ないじゃん! オレ、子供は作れ――」
「それは神様の気分次第ですね。あなたは断種されてませんから」
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します




