20 わたしのささやかな願い。
しゃがみ込んで、乗馬手袋のまま土を掘りました。
どろどろになった地面を掻き出して、芋をほりあげて、まだ水に浸かっていないところへ放り投げます。
せっかく穴を掘っても、泥はすぐに崩れて埋まりそうになりますし、乗馬手袋のせいか、泥の中の芋がうまくつかめません。
悪戦苦闘しているうちに、全身ずぶ濡れになってしまいました。
腕いっぱい分掘り上げたところで、丘を駆けあがって。
家の壁のきわに、掘って来た芋を放り出して。また駆け下り――その前に、役に立たない手袋を脱ぎ捨てました。
そうやって何度、往復したでしょう。
泥水がたっぷり入ってしまって、歩きにくくなった乗馬靴も脱いでしまいました。
乗馬服も、汗と泥水でぐしょぐしょになって、肌に張り付いて気持ち悪いので脱いでしまいます。
どうせ誰も見ていません。
わたしは裸足で、泥の中をはい回り、掘りだしては。
脱いだ乗馬服を袋代わりにして、次々と芋を詰め込んでいきます。
きっと、今のわたしを見て、侯爵令嬢とは誰も思わないでしょう。
全身泥まみれで、下着とズボンしか身に着けていない、惨めな女だと。
でも、いつか彼が言いました。
人間は誰でも裸のサルだって。
今のわたしは、まさにそれで……それでもわたしは、マリア・メープルなんです。
なぜか愉快になってきました。
わたしって、こんなバカなことが出来るんですね!
小川を溢れた水かさはさらに深く、流れる水は勢いを増して、容赦なくわたしに襲い掛かってきます。
四つん這いになると、ほとんど肩の付け根まで水が来ます。
雨も勢いを増してきました。
髪も何もかも泥まみれのずぶぬれで。
夏なのに、身体は冷え切っていきます。
それでも、わたしは、芋を掘り上げて、丘をよろよろと登って……。
目の前で扉が開きました。
彼がランプを持って立っていました。
その揺らめく灯りが、わたしの全身を照らしました。
彼は目を見開いて、
「マ……メープル侯爵令嬢……なにを、してるんだ」
すごく驚いてます。
彼にこんな顔をさせたことが、愉快で。
こんなになっても、ちゃんとわたしがわかることが、すこし嬉しくて。
「あなたが、昔、言ったんですよ。あの芋は水に浸かると、腐ってしまうって」
彼は、わたしが持っている芋袋――いえ、乗馬服を見て。
「まさか」
わたしは、持って来た芋を壁際に積み上げた山にぶちまけながら、
「下はもう、太ももくらいまで水に浸かってます。暗いから、あとどれくらいあるかはわかりませんが」
丘を駆け下りていきます。
びしょびしょの身体に容赦なく叩きつけて来る雨。
足元がふらつきます。
こんなにきつくて、こんなに寒いのに、なぜかさわやかな感じがしました。
「よせ! あとはオレがやるから! 待て――」
彼が後ろで何か言ってますが、いいんです、もう。
きっと、彼にはわたしの行動だって、自分の気を引くためだとか思うだけなんでしょう。
麦わら帽子を貸してくれた日のことも、彼にとってはどうでもいい事なのです。
ひどく脚がもつれて、わたしは水の中に倒れ込んでしまいました。
重い体をなんとか起こして四つん這いになると、残っているのを探して掘りだして詰めていきます。
水の流れは、すごい勢いになっていて、踏ん張ってないと流されてしまいそうです。
怪物の唸りのような音が、水の轟音が、辺りを満たしていて、何も聞こえません。
「! ――! ――!」
彼が何か叫んでいるような気がしました。
でも、空耳でしょう。
彼から見れば、わたしは彼を駒としか思っていなくて、彼からすればどんな我儘でも我慢するしかない相手に過ぎないのですから。
もう、わたしたちの間には通じる言葉なんて、何も――
「!!」
不気味な今までにない音が気配が迫ってくるのを感じました。
顔をあげると、容赦なく打ち付けて来る雨の向こうに、何か巨大な禍々しい気配が。
押し寄せて来る。唸り声をあげて。
バキバキ、ばりばり、と何かが裂ける音が幾つも幾つも轟いていました。
「マリア! 逃げて! 水がっ!」
はっきり聞こえました。
彼がわたしの名前を呼んでいました。
ああ、幻聴だ。
わたしは彼に、名前で呼んでもらいたかったなんて。
なんて、ささやかな――
凄まじい衝撃が全てを飲み込んで、わたしの意識は闇に消えていきました。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します。




