2 我慢の5年
わたしと殿下が婚約したのは、5年前。
わたしも殿下も13歳の時。
顔合わせ自体は、可もなく不可もなく進み。
何の印象にも残らない面白くもない会話を交わして時間を過ごし。
全てが手順通りに進み、顔合わせは終わった。
唯一、印象に残ったのは、立ち去り際に殿下が呟いたひとこと。
「これはないわ。ありえない」だけでした。
わたしは同世代の中でも地味な方なのですが、それでも侯爵家で蝶よ花よと育てられたので、少し傷つきました。
ですが、それはお互い様。
わたしだって、彼に対して、何の期待もしていなかったのですから。
愚鈍という評判の王子に何を期待しろと?
そのうえお姿さえも、ブ男よりの凡庸と来ては……。
それ以降、交流は順調に進みませんでした。
初顔合わせ以降、殿下は、交流の場をすっぽかし続けやがりました。
言い訳の手紙はいつも同じ。
『オレと時間を過ごすのは無駄だから、キミは好きなことやっててください。そのほうがキミにとって有益だ』だけ。
事実ですが。
誕生日には、贈り物が送られてきましたが、定番かつ没個性。
いかにも女の子が好きそうなもの。
花束、ネックレス、人形、イヤリング、ドレス。
どれも見事なまでに似合わず、即、倉庫行き。
まぁ、この点に関しては、わたしから贈ったものも没個性だったからおあいこですが。
2年後。
わたしと殿下が学園にあがったタイミングで、王太子妃教育が始まりました。
ほとんど、いじめかと思うほどの課題課題課題。
課題と称する実務。
理由は判ります。
殿下が無能だからです。それはそれは絵にかいたように無能です。
物覚えは悪い、運動神経はない、得意なものがなにもない。
ただ長男なだけ。
さらに悪いのは、これで素行が悪かったりすればいいのですが、単に無能。
だから王家は、わたしに全てを押し付けて来たのです。
殿下の成績は低空飛行なのに、なぜか最上位クラス。
授業中、先生は殿下にあてない。
殿下は授業中、ぼぉっと過ごしていらっしゃいます。
殿下は、王族として与えられた仕事も出来ません。
殿下の分がわたしに回ってくる。
そして王妃教育開始三か月もしないうちに、殿下以外の分もわたしに回ってくるようになりました。
国王陛下は、重々しい口調で、
「若いうちに経験は積んでおくものだよ」
とか言って、仕事を押し付けてきます。
王妃様は、もっともらしい口調で、
「王家の一員になるのですから、これくらいこなして当然です」
とか言って、仕事を押し付けてきます。
では、外遊だ、愛人だ、花見だ、園遊会だ、観劇だと遊び惚けているおふたりは、何をしていらっしゃるんですか?
第二王子の分だけはわたしに回ってきませんでした。
彼は陛下や王妃様の分もある程度は引き受けていました。
そして、廊下ですれ違うと、さわやかな口調で、
「お互い仕事がまわされてきて大変ですね」
顔も、どちらかと言えば美男です。
さらさらな波打つ金髪、二重瞼の下の涼やかな青い瞳、背が高くすらっとしたお体。
あの殿下と兄弟とは、とても思えません。
ですけど、時折みせる妙にねばっこい視線。
わたしの体の特定の場所を、ちらちらと見るいやらしさ。
王宮の下級女官達に手を出しているという報告を受けていましたから。
わたしのことも同じ目で見ているのです。
わかりやすすぎて、うんざりでした。
こいつら全員と縁を切りたいですが、
「マリア。国の安定のためだ……こらえてくれ……」
と宰相でもある父に言われれば娘としては、我慢するしかありません。
「ただ……これ以上なにかあれば……私にも考えがある……」
父も我慢の限界が近いようでした。
苦節と我慢の4年が過ぎ。
ほとんど交流のない婚約者、増え続ける仕事、ねばっこさを増すいやらしい視線。
我慢した甲斐がありました!
なんと婚約から5年目、学年3年目にして、殿下が浮気を始めたのです!
揃いも揃って無能な側近どもに混じって、なんとかという男爵令嬢が侍り始めたのです。
ふわふわのピンクの髪、大きな瞳、長いまつ毛、おおきな胸――これに関してだけは、わたしも負けませんが――隙だらけのゆるい雰囲気。
いかにもな男爵令嬢です。
わたしは、一応注意しましたが、
男爵令嬢は、目をウルウルとさせ、側にいた無能な側近にすがり、
「マリア様はぁこわいんですぅ。わたし何もしてないのにぃ、いじめるんですぅ」
無能な側近3人は、わたしをにらみつけ
「侯爵令嬢の地位を嵩にきて、かよわい男爵令嬢に居丈高に迫るとは……これは王太子殿下に報告させてもらう!」
という、期待通りの反応でした。
そして一月も経たないうちに、男爵令嬢は、殿下の無能な寄生虫たちを次々と篭絡。
彼らは、わたしの身辺を調べ始めました。
婚約破棄の理由探しですね。
何も出てくるわけがないのですが。
が、彼らの頭の中からは、いくらでも理由が湧き出て来るらしいのです。
手を回して入手した『報告書』と称する、稚拙な妄想小説には、
わたしが男爵令嬢の教科書を破ったり、令嬢を噴水へ突き落したり、取り巻きにいじめさせたり、掃除用具室に閉じ込めたり、階段から突き落としたりした。
という罪状がぎっしり。
一般的に言って、それは冤罪です。
当然のごとく、父はそれを知り、
ある朝、朝食の席で
「あの愚ど――殿下もあんなアバズ――おほん、あの程度の手管にひっかかるとはな」
と、イイ笑顔でつぶやきました。
わたしも、イイ笑顔で、
「では、殿下の望み通りになるように導いてさしあげるのが、忠臣というものですね」
弟も、実にイイ笑顔で
「そうだね姉さん。人には幸せになる権利があるからね……もちろん姉さんにも」
そして母も、これまたイイ笑顔で、
「ですが、わたくしたちが忠誠を捧げる対象には、もう少し節度や美しさが欲しいですわね」
父は、ナプキンで口元をぬぐいながら、意味深に
「そういえば……血筋の尊さでは王家に負けない貴族が、確かいたな」
全員、理解していました。
我が家は、先々代の王の長女が嫁いできた家なので、高貴な血の濃さとしては今の王家と変わらないのです。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します




