18 わたしの涙は城門を閉ざしてしまう。
あのことを言ってしまおうか。
あれなら彼を揺らがせられるかもしれない。
彼を単なる道具と考えていたわけじゃないって、納得してくれるかも……。
わたしは、少しためらい、
「あなたは――」
、
言いかけて口を噤みました。
今、彼に何を言っても、『王配に据える場合、そのほうが都合がよかったから』で処理されてしまうでしょう。
わたしが、ここに通ったのは、ヒマつぶしなんかじゃなかった! と声を涸らすほど繰り返しても。
そういう風にとられるでしょう。
それが、すごく悔しい。
あなたの城壁をどうやっても貫けないわたしの言葉が悔しくてたまらない。
「……っ」
鼻の奥がツンとしてきました。
いけません、泣きそうです。
泣いたら、ウソ泣きだと思われるでしょう。
計算で泣いたなんて思われたら、いやです。
わたしだって筆頭侯爵家の娘ですから涙の出し入れくらいできます。
でも、今、泣きそうなのはちがうんです。
「……」
わたしは歯を食いしばって耐えました。
わかっています。わたしはあなたを説得する言葉をもたない。わたしのなかにはありません。
全部、合理的に処理されてしまうことばかり。
わたしが、あの場で婚約破棄をしなかったことも。
あなたを引き取ったことも。
春の間、多い時は週に三日も通い続けたことも。
最初は、人間の飲み物とは思えなかったハーブティを飲み続けたことも。
悔しくて泣きそうなのを、必死にこらえていることも。
今のわたしは、すごくみっともない。
ただでさえ黒髪一重の黒目で、鼻だって高いわけでもない地味な女で。
急に飛び出してきたから、ソバカスが散ってるのが丸見えで。
女としては背が高くって、腕も脚も太めで。
今日は香水すらつけていなくて、汗まみれで。
埃塗れの乗馬服で、見せるほどでもない体の線が丸見えで。
そんな女が、もうどうしようもないのを認めたくなくて、ぐずぐすしている。
わかってるんです。
彼の理屈は完璧だって。
彼の行動だって、全て理屈がついて――
「……」
「帰りなよ。全てキミらの思惑通りになるからさ。安心して」
やさしい声。
いえ、やさしく穏やかに軽やかにさえ聞こえるように整えられた声。
そこに、何の特別な感情もないなんて。
いやだ、いやだ、いやだ!
「どうしてっ!」
わたしは思わず、叫んだ。
ぐっと、溢れそうになるものをこらえて、
「どうして……どうして、あなたは、あんなことを言ったんですか……わたしのっことっ」
「なにか言ったかな?」
「仕事ができてっ、スゴイ勢いで判断しちゃうって、頭もいいしって、礼儀も完璧だし、5か国語を喋れるし、性格もいいしとか! 背筋がすっと伸びててすらっとしてるし、きれいだって! そんなことっそんなこと言うから!」
ひどいです。
「それは……あれだ。あれだよ。ほどよい婚約破棄をするための――」
「しかも、わたしがお、奥さんだったら、毎日でも自慢するとかっ! うちの奥さんはすごいって! うちの奥さんはきれいだって! うちの奥さんはさいこーだって!」
「それも、同じ理由で……」
「じゃあ本当はどう思っていたんですか! わたしのこと! いいんです正直に言ってください!」
ああ、みっともない。
彼の前で、大してうつくしくもないわたしが。
泣きそうな顔で、わめいて、支離滅裂なことを言って。
きっと、さぞ醜く滑稽に見えているんでしょう。
「いや、でも、それは、客観的に見ればってことだよ! 誰だってキミのことは――」
「客観的!? そんな風に思っている方が、ほとんどいないことくらいわたしだって知っています! 筆頭侯爵家の権威を振り回してっ可愛げのない女だって! 男を立てることを知らない、愛想のない女でっ、しかも女の癖に背が高くてっ、それを見せびらかすように偉そうに歩いてるって! 侯爵家の令嬢でなければっ身の程をわきまえさせてやるのにって!」
無数の陰口。
受け流して、たまには見せしめのように鋭い言葉で制圧して。
ぐうの音も出ないようにしたり、泣かせたり、黙らせたり。
それでも、わたしにだって心があるんです。
「客観的に見て、わたしは美しくなんかないです! 背が高くてっ髪もごわごわでっ目も小さくて! 腕も脚も女にしては太めで!」
陰で男女問わずにそう言われて、それでも、そんなこと聞いていませんという風に振舞って。
それなのに、あなたが、あんなこと言うから!
「オレは、そんな風には思っていない!」
「じゃあ、どう思っていたんですかっ!? どうして素敵だなんて言ったんですかっ! あなたは、わたしの地位や立場が素敵だって感じるわけがない! あなたには地位なんてなんの意味もない。 それなのに、どうして! 奥さんにしたら、毎日でも自慢するなんて言ったんですか! 優秀だから? あなたにとってそれが、何か意味があるんですか!?」
「それは……」
「どうせ、わたしのことを、関わりたくない存在だと思っていたのならっ! そうすればよかったんです! わたしに名前も呼ぶ許可すら取ろうとしなかったように! なのに、あなたは、わたしにハーブティなんて贈ってきたり、交流の度に、言い訳にもならない失礼な手紙を送ってきたり!」
あの夜まで、嫌がらせだと思っていました。
でも、そうじゃなかった。
なら、なぜ? なんのために!?
「やっぱり嫌がらせだったのなら! なんで誤解を解くようなことを言ったんですか! 腐ったハーブを嫌がらせで送りつけて来たって言いなさいよ!」
「それは、その、ちょっとした気まぐれで、キミが遅くまで――」
「それはあの時、わたしが負わされた役目を果たしていただけです! あなたとは全然関係がない! なのに手紙までつけて! あの時は、なんてつたない文章だろう、気の利いてない文章だろうって思いました! ですが、個人あての手紙なんて全く書かないあなたが、どうして、わざわざわたしあてに書いたんですか!?」
ああ、言っていることが滅茶苦茶だ。
整理されていないし、筋も通っていない、わめいているだけ。
でも、でも、でも。
「ハーブティのことだけじゃないっ! 交流をすっぽかすたびに、あなたは、わたしに何度も手紙を書いてくれました! 確かに同じ文章で、どうして交流できないかという言い訳にもならない言い訳でした! でも、文字はあなたが書いたっ。毎回毎回。律儀にっ。あなたには実務能力はないかもしれないっ。でもっ、常識はわきまえているじゃないですかっ、そうじゃなかったら、あの夜、あんな理路整然としていたなかったでしょう! そんなあなたなら、もっと、当たり障りのない言い訳くらい書けたでしょう! なのになぜ、あんな内容でっ」
だめです。
もう、だめです。
心の中がどんどんぐちゃぐちゃになって、涙があふれてきてしまいました。
「どうして……わたしをステキだって言ってくれたのですか……なぜだったんですか……」
「……ああ、キミでも泣いて見せるんだ。あの子と同じように」
ぐちゃぐちゃのみっともない顔のまま、思わず、顔をあげてしまいました。
「やっぱりさ。女の子が泣くとさ、男は、弱いよねー」
へらへらとした口調。
「これはっ、泣いてみせたわけじゃなくてっ」
「うん。すごい熱演だったよ。それだけできれば、大丈夫」
ああ。
この人は、わたしが泣いたから、全部、哀れを誘う芝居だったってことにしてしまった!
計算高い涙だって決めつけてしまった。
「ちがいますっ。ちがうんです」
「もう侯爵令嬢は帰る時間だよ。さようなら」
目の前で、勢いよく扉が閉まりました。閂が降りる音が無情に響きました。
「あ……」
わたしは、その場に座り込んでしまいました。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します。




