15 夏。 お嬢様の暇つぶしは、もうたくさん。
その日、わたしは帰り道のことを覚えていません。
別れる時に「また来ます」と言ったかどうかさえ。
彼に拒絶されたことしか覚えていないのです。
屋敷へ戻ったわたしを待っていたのは、王都の両親と弟からの急報でした。
父からの報せによれば。
王弟殿下ヒルベルヒが、国王に対して、相次ぐ不祥事に対する責任をとるように迫り。
すでに孤立していた王はそれを受け入れるしかなく。
その日のうちに、元王と元王妃は身柄を離宮に移されたと。
恐らく、そう遠くないうちに病死とあいなるでしょう。
ヤゲーロ朝の歴史は、最終段階に突入したのです。
母からの報せによれば。
王弟殿下の行動に対する宮廷内での反応は静かなもののようです。
反対するものはいないが、積極的に支持する勢力はごくわずか。
夜会でさえも話題にならない程度。
来るべきものが来た、というだけと見ている方が多いようです。
弟からの手紙によれば。
貴族の子弟たちの反応も、宮廷内の反応と変わらず。
それどころか学園内では、弟に接近してくる者が急に増えているという事です。
どうも、弟が次の王太子になると考えている者が多いようです。
わたしが領地に引っ込んでいることも、その見方を強めている、とか。
弟いわく。
「あいつらバカだよね。そんな風見鶏たちを引き立てるわけがないじゃないか。せいぜい、うまくあしらっておくよ。では親愛なる未来の王太子さまへ。あと少しで忙しくなるけど、それまではのんびりしててね」と。
王弟殿下は玉座にこそついたものの。周囲に人はいないようです。
わたしも、この情勢に対応するために、独自に情報を収集しました。
親しい令嬢たちに手紙を書き、情報を交換し。
さらに侯爵領を預かっている者として、周辺の有力者との会談も次々とこなしていきました。
その合間にも、判断すべき指示すべき案件が次々と舞い込みます。
今や、ここは侯爵領周辺地域の心臓なのです。
ここより遥か北の辺境から来た急報にも対応しました。
大雨が降り続いており、各所で川が溢れ、斜面は崩落し、畑や家が流されているという悲鳴にも似た急報。53年ぶりの大雨なのだそうです。
各方面に連絡調整して侯爵領から救援物質を送る手配を済ませていきます。
押し寄せる仕事をこなしていると。
彼に拒絶された衝撃を、忘れることができました。
……ウソです。
それは、思い出すと痛みだす刺のように、わたしに刺さり続けていました。
刻々と情勢は変化し。
王位を追われて離宮に追いやられて一週間後、前の国王陛下と王妃殿下は急死。
王弟ヒルベルヒは、ヒルベルヒ4世として即位。
ヤゲーロ朝、最後の王となるでしょう。
急遽行われた即位式には、国内の貴族がほとんど参加しなかったようです。
既に、『玉座だけが領土の王』と呼ばれてしまっているとか。
そしてコップの中の嵐とはいえ、その影響は、わたしのところにも届きました。
王弟ヒルベルヒは、わたしとの婚姻を画策し始めたのです。
事前の打ち合わせ通り、メープル侯爵家はそれを拒否。
前王の喪に服すと称して、王都の屋敷に籠り出仕しない父に対して、出仕を強要してきましたが、父はのらりくらりと拒否。
他の貴族達も、父に続き、出仕拒否が相次ぎ。
新王の娘たちも悪評ばかりで、縁づこうとする貴族もなく。
新王は完全に孤立している、ということです。
わたしを娶り、我が家との繋がりを作り支持を得なければ、王弟ヒルベルヒはおしまいなのです。
「あ……」
わたしはようやく気付きました。
『わたしの身など使わずとも、彼らは我が家の味方になりますから』
『……使うかぁ。そりゃそうだ。侯爵令嬢だもんなぁ高く売りつけないと』
あのちょっとした遣り取り。
そして
『キミもそろそろヒマじゃあなくなるだろうし』
彼は気づいたのです。
彼は政治的な実務能力は低いですが、常識はわきまえています。
自分と弟を相次いで喪った王家があやういこと。
そして野心家の王弟の能力が高いとは言えないことを。
理解していたのです。
そうでなければ、あの夜。
我が侯爵家が王になればいいと言わなかったはずです。
そうなった時わたしは、侯爵家の令嬢として、実家のために最も役に立つ相手へ嫁ぐことになる。
その時が、近づいているんだから、お遊びは終り、そういうことだったのです。
彼は、嫁ぎ先が決まるまで暇なわたしの暇つぶしに、つきあっているだけだったのです。
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します。




