第8話 ≪カノン≫
魔物から魔族へと進化することで、様々な利点が得られる。
その中でも特に大きいものの一つが、”スキル名を発声できるようになる”という点だ。
この世界のスキルは、一部の自動発動型を除き、基本的にはスキル名を正しく発声した方が出力が安定し、かつ大きくなる性質を持つ。
つまり、言葉としてスキルを呼び起こす行為そのものが、スキル制御の一部なのだ。
魔族化した存在は、スキル名を理解し、発声するための知能と言語能力、そしてそれに適した喉と口を同時に手に入れる。
そのため、スキルを意図通り、最大限に引き出すことが可能になる。
逆に言えば、言葉を持たない魔物は、スキルを本能的かつ不完全な形で行使しているに過ぎない。
常に不安定な状態で力を使っているため、出力にも大きな制限がかかっていることとなる。
魔物が魔族化した直後、真っ先に驚くのは、”同じスキルを使っているはずなのに、威力がまるで違う”という点だと、よく言われている。
「って感じなのは、≪アライヴ≫使用時に情報が流れ込んでくると思うんだけど、実は重要なのって、”音”そのものなんだよね」
俺は、目の前にいる液体の中で必死に抵抗している元猫型魔物に、魔王様シールでデコった無線機を振りつつ話しかける。
「スキルの発動において重要なのは、自身の魔力、スキルを使用する意志が籠ったスキル名という音、この二つになるわけだ。後者について、この世界のシステムは、スキルを使用した当人が発声した声かどうかを判断するのが苦手っぽいんだよね。流石に全然違う声質だったら判別はできるけど……。だからさ、こんな手も有効なんだ」
俺は、無線機越しに小声でスキルを唱えた。
「≪カノン≫」
元猫型魔物を覆っていた液体は分散し、二十個に分かれた後、その形をポップな髑髏型に変えて俺の元へやってくる。
魔力はどんな時でも節約が大事だからね。
「ガハッ!はぁ、はぁ……」
魔法スキル≪メイル≫が解除され、拘束を解かれた元猫型魔物が崩れ落ち、必死に荒い呼吸で酸素を求めている。
そんな状態でもこちらにしっかり目を向け、警戒を緩めない。
俺の行動をちゃんと理解したのか、勢いよく、貸してやった上着を脱ぎ捨てる。
そのポケットから、俺の発した言葉を仲介していた、もう一対の無線機がコロンと転がり落ちた。
いいね、いいね。ちゃんとしてる。
指をくるくると回しながら、髑髏型≪カノン≫たちを俺の周囲で遊ばせる。
こういうの、楽しくてつい癖でやっちゃうんだよな。
「はぁ、私を……はぁ、捕まえにきたの……?」
「そうだよ」
「あなたみたいな、魔力がしょぼいの相手に、私が、捕まるとでも……?」
そう言って彼女は≪エスピード≫を唱える。
大地を踏みしめ、逃げ出そうとするが……
「え?」
体勢を崩し、そのまま地面に転がった。
「なんで!?足が言うことをきかない!?」
「君にはね、聞きたいことがあったんだけど、この調子だと期待薄かなぁ……」
身体を痙攣させ、寝転んでいる相手に、しゃがんで目線を合わせて話しかける。
俺にとって、この問いは、今回の任務において一番重要なものだった。
「君さ……何で逃げたの?」
一瞬の空白。
その後、彼女は戸惑いながら答えた。
「あ、当たり前でしょ、初めて会った別種の魔族、信用できるわけないじゃない!私からすれば、別種の魔族なのに徒党を組んでいるあなたたちの方がよっぽど変よ!」
彼女が逃げ出した段階でなんとなくわかっていたが、その言葉でどうしても察せてしまう。
まだ、魔族は孤独な存在なのだと、世界はそう思っているらしい。
魔王軍が世界の一般常識を覆すまでには至っていなかったようだ。
ああ、なんて、なんて……
「見る目がない見る目がない見る目がない!魔王様の偉功を!魔王様の栄光を!魔王様の軌跡を!なぜ神は認識しないッ!今すぐ俺に運営管理任せやがれ、クソシステムがッ!」
「ヒィッ!」
はぁ、はぁ、少しキレてしまった。
目の前の猫ちゃんも、急な俺の変わり様に尻尾を逆立てている。
落ち着け、俺。
俺は今日もかっこかわいい、おちゃらけ悪魔くんだ。
「久々に≪アライブ≫の効果確認できたけど……まだ、魔王軍のことはシステムに登録されていないみたいだね」
「……魔王……軍?」
「うん、魔王軍は魔族全員の味方さ。五十年前、まだ魔族が人族に迫害されていた時代。人族と比べ、魔族が数で圧倒的に劣っていた時代の話だ。君が言った通り、当時は別種同志が徒党を作るなんて考え、魔族は持ち合わせていなかった」
更に、ヴァルムハンターという天敵もいるし、なにより進化条件レベル50以上っていうのはなかなか厳しい。
そんなん、人族に数で勝負できるわけないわな。
「そんな中、その常識を破るかのように、別種の魔族で徒党を組んで人族と同等の存在になろうと革命を起こしたのが、魔王バンギャ・チャルハノーレ様!その圧倒的カリスマで、瞬く間に様々な種の魔族を集め、魔王軍を設立したんだ!」
当時の光景は今にも目に焼き付いている。
あの魔王様の輝き!
ああ、思い出しただけで目頭が……
「魔王軍が結成されたおかげで、人族に虐げられていた魔族たちは自然とそこに集まるようになり、今まで安寧という言葉なんて知らなかった魔族たちにそれを与えた!まさに奇跡!まさに英雄!魔王様こそ魔族にとって神そのもの!」
両手をバッと広げ力説する。
少しでも、少しでも魔王様の偉大さをわかってほしい。
「それなのに、それなのにだ!≪アライヴ≫が魔族に与える知能に魔王軍の情報がないなんてッ!あほか?あほなのか?死ぬの?死ねよ!くそがッ!」
「ヒィッ!」
おっと、また怖がらせてしまったみたいだ。
そう、俺がキレている理由はそこなのだ。
魔王軍が一般知識として世界のシステムに認められていない。
魔王様のこの偉業に、世界は何の反応もしていないのだ。
こんなんおかしい、誰か細工してんじゃねぇの?ぶち殺してやる。
魔王軍が≪アライヴ≫のシステムに組み込まれれば、更に魔王軍のドアを叩く魔族が増える。
そうすれば、魔王様の夢にまた一歩近づくのに。
まだか……これだけやってもまだ世界は振り向きもしないのか、バグだらけじゃねぇか。
「というわけで、君も魔王軍の一員にならないかい?アットホームな職場だよ?」
「全然”というわけで”の、意味はわかんないんだけど……私はお姉ちゃんに会ってみたいの、だからそんな組織に拘束されるなんて嫌だ!」
猫ちゃんはそう言って、すっくと立ちあがる。
「わざわざ、長話ありがとね。身体、動くようになったよ」
回復が早いな、まぁ、彼女が異常個体なのは明白。
それくらいやってもらわねば、今後の魔王軍の戦力として加算できない。
「じゃ、もう二度と会うことはないから。≪エスピード≫!」
スキルを唱えると、彼女は一瞬で姿を消した。
さて――――
※※※
風を切るように駆ける。
“逃げなければ”、その思いは一層強くなった。
紫色の髪にバンダナをした、へらへら口調のあの魔族。
私はまだ魔族に会った数は少ない、さっき私を捕らえようとした人たちだけだ。
それでも、これだけはわかった。
“あ、こいつやべぇ”と。
魔力は少ないし、怒鳴っていた時以外に恐怖を感じる要素はこれっぽっちもないはず、ないはずなのだが……
なんというか、もう存在としてやばかった。
思い出しただけで鳥肌が立ってくる。
なんであんな情緒不安定なの?
それに、スキルの使い方もかなり変だ。
上着を介してスキル発動、発動後のスキルを別のスキルに変換。
こんなやり方、≪アライヴ≫で得た知識にはない。
無線機を使用したスキル発動方法など、裏技じみたことばかりやってくる。
なんで身体が動かなかったのかは、わからなかったけれど、得体のしれない相手だ。
もう絶対にあんなのに関わりたくはない。
ここで、私の魔力感知が後方で反応を示す。
覚えのあるその反応に戦慄する。
この反応は……例の魔族が周りに浮かべて遊んでいた、ポップな髑髏型の≪カノン≫だ。
それも私から切り離した後に生成していた、二十個すべてが追いかけてくる。
――嘘でしょ?
私はあの変な奴から離れてから、一度も速度を緩めていない。
それなのに、なんであの≪カノン≫は私を追いかけてこれるの?
このままでは追いつかれる。
ポップでチャーミングな形をしているあの髑髏型が今は妙に恐ろしい。
あれに当たれば、また身体が動かなくなる!
「当たる……もんですかッ!」
≪エスピード≫はただ速度を上げるスキルではない。
咄嗟の転回や、不規則な動きすら可能にするスキルだ。
これを活用して、振り切ろうとする……が、
「は!?別行動!?二十個全部が別の動きで私を追いかけてきてる!?」
私も、所持している魔法スキルの数は少ないが、基礎魔法スキルである≪カノン≫は使える。
だからこそわかる。
なにあの魔力制御!?
≪カノン≫は本来、魔法弾を作成し、それを放つだけのスキルだ。
変化球程度の曲がり具合ならまだわかるが、リアルタイムで弾道を引いてくるなんて常軌を逸している。
それを二十個同時別々に!?ありえない!
なんの意味があるのかはわからないが、これだけ長時間髑髏型を保っていられるのもおかしい。
本当にもう意味がわからない!
「それでも……私は諦めない!」
姉に会う!そう決めたからには止まれない。
どうやら私は結構頑固者な性格のようだ。
私のこれから向かう開けた場所に、いくつかの薄い魔力反応がある。
旧境界線外縁に住まう魔物であろう、魔力量が少ないことから下位種の魔物だと推測できる。
こいつらに≪カノン≫を押し付けてやる!
おそらく、あの≪カノン≫は生き物が持つ魔力を目印に追尾してきている。
だから、近くの岩や木を囮にしてもあまり意味がない。
それでも直線的に走るよりはマシだ。
大岩を飛び越え、木々をくねくねと避け、開けた場所特有の明かりが見えてくる。
これで、これで絶対に振り切れる!
この先に希望の道があると信じて、今、その一歩を踏み出す――――
「≪ランパード≫」
「え?」
私を囲むように土の壁が迫り上がってくる。
今度は先ほどと違い、上までしっかり密閉される。
見覚えのあるスキル。
追いかけてきた……いや、この魔族も速いが私に付いてこれるほどではなかったはずだ。
ってことは……
「誘導された?」




