第6話 魔族化狩り
魔物はレベルが50になると、魔技スキル≪アライヴ≫を授かり、魔族へと進化する。
その瞬間、魔物という種族は初めて“知能”“言語”“名前”を手に入れるのだ。
そして姿は、人型へと変わる。
生物として最も機能する形は人型である――
この世界そのものが、そう認識しているのかもしれない。
ここが、魔族と人族の決定的な違いだ。
「新たな仲間の誕生だ!みんなで祝おうぜ!」
クラッカーをパンッと鳴らす。
ふふふ、こんなこともあろうかと、いつも持ち歩いているのだ。
やはり備えあれば患いなしだ!
「まさか対象が進化するとは」
「こ、こんなこと想定してない……」
「どうすりゃいいんだ……」
新人たちはうろたえているだけ。
全く、ノリが悪いんだから。
流石のリングも動きが止まってしまっている。
そこに横たわっているのは、女の魔族だった。
女性特有のしなやかな身体に、銀色の髪。
もともとが猫型だった故、頭には猫耳が、お尻には尻尾が生えている。
そして、何も着ていない……
……紳士な俺が上着を貸してあげよう。
――パサリ
「籠、無駄になっちゃったね~」
「うるさい……あなたはこれを狙っていたのですか?」
「狙ってたというか、そうなったら面白いなーって。まあ、八割くらい運だけど。」
幸運があれば、あとの不運で帳尻が合う――
そんな話をよく聞くが、俺の場合、プライベートでの不運は、魔王軍への幸運として回収されることが多かった。
だからって、魔王様フィギュア入手できなかったの全く納得いってないけどな!
「さて…………みんな、何やってるの?」
「!」
――キンッ
刹那、金属同士がぶつかる音が響く。
音がする方を見ると、鼬のような魔物の爪と、リングの剣が交差している。
魔物の目線の先には、先ほど進化したばかりの魔族がいた。
……動けたのはリングだけ、ね。
防がれたが否や、鼬のような魔物はその姿を消す。
――“魔族化狩り”
正式名称、ヴァルムハンター。
上位種に分類される魔物だ。
魔物が多い地域には、必ずと言っていいほど生息している魔物であり、その異名通り魔族の天敵である。
魔族化直後の魔族は、知能を授かると同時に、その莫大な情報量により行動不能になる。
今まで本能で動いていた魔物が、理性で動くようになる程の変化だ、当たり前だろう。
そして、魔族化スキル≪アライヴ≫、このスキルは授与されると同時に自動発動するタイプだ。
自分で制御することができない。
戦闘中であっても魔族化が始まってしまうことがままあるどころか、レベルアップは戦闘中に起こることが多いため、戦闘中に魔族化してしまうことがほとんどだ。
そんな理由があり、魔族が一番命を落とす可能性が高いのが、この魔族化直後だったりする。
その隙を――”魔族化狩り”は狙ってくるのだ。
本能で理解しているのだろう。
この瞬間こそが、獲物を狩るのに最も適していると。
今現存している魔族は、この魔物に襲われなかった運の良い者か、そんな状態でもこの魔物に打ち勝った実力者であるかのどちらかというわけである。
「魔族化狩りか……くそ、この場所、この状況。襲ってこないわけがない……。すまん、対応が遅れた!総員、対象を守れ!」
「……っ、はい!」
返事はしたものの、新人たちはイビルアントとの戦いで疲労困憊な様子。
この状態で、いつ襲ってくるかわからないヴァルムハンターを相手取るのは流石に厳しいようだ。
少し間が空き……二度目の金属音。
今回もリングが防いでいた。
しかし……
「ッ!カバー!」
リングが相手をしている者とは別のヴァルムハンターが、元猫型魔物に襲い掛かる。
「≪ブロック≫!ちきしょうっ!もう魔力が……」
なんとか近くにいた新人がそれを防ぐが、彼はもう魔力が切れてしまったようだ。
この魔物のさらに厄介な点は、その暗殺性能の高さと、群れで行動する習性である。
魔技スキル≪サーチ≫で、進化直後の魔族を探知。
≪ハイド≫で気配を消し、≪ショートジャンプ≫で短距離を瞬間移動する。
そして、それが連携を取って襲ってくるのだ。
まさに、殺し屋集団である。
ヴァルムハンターは姿を消しては現れ、消えてはまた別角度から現れる。
地面、岩陰、木の影――ありとあらゆる場所が、次の出現地点になり得た。
「ちっ……速すぎる!」
「どこから来るかわからない……!」
新人たちの息は荒く、魔力の残量もごく僅かだ。
それでも、誰一人として逃げようとはしなかった。
「――絶対に対象を守るぞ!」
リングの声が響く。
「右だ!――いや、後ろ!」
リングの声が飛ぶのとほぼ同時に、空間が歪み、ヴァルムハンターが出現する。
「≪パリィ≫!」
一人の新人の剣が、鋭い爪を弾く。
しかし、それは囮だった。
「下だっ!」
地を蹴る音。
もう一体のヴァルムハンターが、地面すれすれから跳躍する。
「≪ブロック≫!」
新人の一人が、咄嗟に防御魔法を展開。
だが――
「ぐっ……!」
衝撃に膝をつく。
魔法スキルで生成された土の壁は砕け散り、爪がかすめる。
「魔力残量、もう――!」
「交代!下がれ!」
別の新人が前に出る。
「≪ダムド≫!」
範囲魔法で捉えようとするが、すんでのところで躱される。
「ガハッ!」
「くそっ!一人やられた!命に別状はないが、戦闘は不可能だ!」
「回復の魔法スキル使えるやつはいねぇのか!」
「≪カノン≫!だめだ、当たらねぇ!」
神出鬼没な魔物の攻撃に翻弄され、とうとう倒れる者も出てきた。
これはまずいと誰もが思い始めるが、ここで指揮官の声が響く。
「討伐は目指さなくていい!距離を取らせろ!こいつらは“狩り”をしに来ているだけだ!」
言われて、全員が理解する。
ヴァルムハンターは、命を賭してまで獲物を追わない。
“割に合わない”と判断すれば、必ず引く。
「煙幕を張る!≪ミスト≫」
「地面を割れ、視界を潰す!」
「攻撃は牽制程度でいい!」
即席ながら、的確な連携だった。
残り少ない魔力を振り絞り、魔力消費の少ない魔法スキルと、武技スキルを中心に、視界と索敵を乱す。
この結果、ヴァルムハンターは先ほどに比べ、確実に攻めあぐねていた。
その隙をこの男は見逃さない。
「≪メテオ≫」
リングが剣を空に掲げると、その上に巨大な大岩が出現する。
その剣を振りかぶると同時に、巨大な大岩は鈍い音をさせながら動き始めた。
その勢いはすさまじく、≪カノン≫とは比較にならない威力と速度を備えた魔法弾が、一匹のヴァルムハンターに命中する。
ギャッと小さな鳴き声を最後に、その魔物の身体は木っ端微塵になった。
「一匹潰した、さて、まだやるのか?」
――キィィ、と耳障りな鳴き声。
一体のヴァルムハンターが跳躍し、距離を取る。
それを合図に、他の気配も次々と薄れていった。
「……引いた?」
「……ああ。気配が消えていく」
その場に残ったのは、荒れた地面と、疲労困憊の新人たちだけだった。
「……終わった、のか」
誰かが、呆然と呟く。
勝ったとも、負けたとも言えない。
だが、少なくとも――生き延びた。
「流石リングさん!まさか上級スキルも使えるなんて!」
「俺、上級スキルなんて初めて見ました!」
「リングさんなら狙えますよ!魔王軍四天王!」
「お、おい、バカ!それ絶対四天王の前で言うなよ?」
強敵との戦いを切り抜けたことで、張り詰めていた空気がようやく緩んだのだろう。
ところどころで、安堵混じりの会話が広がっていく。
「回復魔法サンキューなっ!助かったぜ!」
「初任務で、新たな魔族一体、“魔族化狩り”から保護!これ、俺らの評価めちゃくちゃ高くなんじゃね?」
「あの魔族の俊敏性。魔王軍に入ったとしたら、戦力になること間違いなしだろ!」
「しかも可愛いし」
「ケモミミ女子最高!」
「ちょっと、男子共!魔族化したばかりの子に変な目線向けんじゃな――」
そこで、言葉が途切れた。
「……あれ?」
誰ともなく、視線が一点に集まる。
本来、そこにいるべきはずのものが――いない。
「確保対象……どこいった?」
その一言で、場の空気が凍り付いた。
先ほどまで浮かんでいた笑顔が、嘘のように消えていく。
「逃げたとなると、あのスピード……」
「魔族化して、さらに身体能力上がってるよな……」
「……追いつけるわけ、なくね?」
誰も、その言葉を口にしたがらなかった。
「え、これ……」
「もしかして……」
「……任務、失敗?」
顔面蒼白。
そして――悪夢は、そこで終わらなかった。
「……ちょっと待て」
声のトーンが変わる。
「あのお目付け役も……いなくなってるぞ」
改めて周囲を見回す。
そこにいるはずの、確保対象と、何をしでかすかわからない――だからこそ最優先で監視すべき人物。
二人の姿は、きれいさっぱり消えていた。




