第37話 阿鼻叫喚
「あんたら人族だろ?ぼくちんはメッゾ!ぼくちん魔族だけど人族と仲良くなりたいんだ!友だちになってくれ!」
緑色の髪をした見るからに幼い魔族は、あろうことか魔族絶対殺すマンたちの巣窟、軍事国家アルシャリスの兵に対して握手を求めながらそんなことを述べた。
(な、なにやってんの、あいつ!?)
たとえ進化したての魔族だろうが、≪アライヴ≫で入手できる情報から、人族と魔族との隔壁を知らないわけがない。
その隔壁を知ってもなお、こんな行動ができるとは……バカだ、バカとしか言いようがない。
「魔族と友だちだと?寝言は死んでから言え!」
「害虫風情が!なんとおぞましいことを宣うのだ!」
「勘違いも甚だしい!今すぐ殺してやる!」
そんなバカが話す言葉に火がついたのか、人族は彼を罵倒しまくる。
人族恒例の魔族に対する、罵詈雑言祭りである。
そんな悪口を言う能力を鍛える前にやることがあるだろうに……。
「ぼくちんはね、人族とか魔族とかにこだわらず、全ての種族が仲良くなればいいと思うんだ!だからほら、握手!」
ニカッといい笑顔で笑いながら握手を求めるメッゾと名乗る魔族。
しかし当然、その手を取る人族は誰もいなかった。
「ふざけるんじゃねぇ!」
握手を求められた手を全力で叩き落とす人族。
軽くではない、拳を振りかぶり全力で殴ってその手を叩き落とした。
見た目が幼いとかは関係ない、人族にとって魔族というだけで害虫以下の存在なのだ。
「そっかー、あんたらはぼくちんと友だちになってくれないのかぁ。残念、めちゃくちゃ残念だなぁ」
本当に残念そうに、メッゾは溜息を吐く。
そして瞬く間に——彼の魔力が爆発的に膨れ上がった。
「は!?な、なんだこの魔力量は!?さっきと全然違うじゃないか!」
人族の言う通り、先ほどまでその辺の雑魚魔族と同じぐらいしかなかった魔力が、突然魔王軍四天王に匹敵するほどの魔力へと変貌した。
この魔力を今まで隠していたってのか、こいつはただのバカ魔族じゃないな。
「怯むな!こいつを逃がせば何人も死ぬぞ!」
「相手は所詮一匹!絶対に殺せ!」
長く生きた俺でさえ驚愕する魔力量に人族は一瞬怯むが、魔族に対する恨みからか、すぐに体勢を立て直して魔族の首を跳ねようとする……が。
「≪バベル≫」
「なっ!くそっ!」
突如として現れた巨大な鉄の門。
それは艶やかな黒鉄の光沢を放ちながら、まるで生き物のように湿った息を吐き出していた。
門の表面にはおぞましい拷問器具を思わせる無数の棘が生え揃い、その先端からは正体不明のどす黒い液体が絶えずねっとりと滴り落ちている。
人族の渾身の一撃すら容易く弾き返したその障壁は、やがて金属が軋む悲鳴のようなギィィィっという不気味な音を響かせ、ゆっくりと開き始めていった。
自身が持つ恐怖の象徴を召喚する魔法スキル≪バベル≫。
コランもよく使用するスキルだが、このスキルは使う者によって召喚されるものが変わってくる。
さて、一体何が登場するのだろうか、少し観察していたが中から特に何か出てくる様子はない。
開いた門の中は光を一切通さない程の漆黒であり、まさに虚無の空間だ。
人族は拍子抜けしたように安堵の息を漏らすが、次の瞬間、異変が起こる。
「あ、あ、ああああああああああああああああああああああ!」
「ど、どうした!?」
「やだ!やめろ!来るなああああああああああああああ!」
一人の兵士が急に叫び出す。
それを皮切りに、他の兵士も次々と悲鳴を上げ始める。
「おえっ、ころ、殺してくれ……」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
「ままああああああああああ!たすけてええええええ!」
阿鼻叫喚。
まるで地獄のような光景に冷や汗が垂れる。
その精神汚染の余波は俺にも届いていた。
俺は今透明になっているため、確認することはできないが、自分の手が震えていることがわかる。
奴の≪バベル≫との距離はそれなりに離れていて、さらに扉が開いただけでこれだ。
本格的に扉の中のものが顕現された時のことなど考えたくもない。
まったく、俺が恐怖を覚えるなんていつぶりだろうか。
あの魔族は一体何者なのだろう?
そんなことを考えていると、メッゾとばっちり目が合ってしまう。
まさか。
「そこにいるんでしょ?出てきなよ」
どうやら彼は俺に気付いているようだ。
俺の擬態に気付くなんて本当に何者だよ。
「いやぁ、申し訳ない。のぞき見する気なんてなかったんだけどね」
俺は観念して飛行を止め、彼の下へ降り立つ。
はぁ、得体のしれない奴の相手はできるだけしたくないんだけど。
「俺はクロハ・ラングレイ。通りすがりの悪魔だよ、君は?」
「あんたはクロハっていうのか!ぼくちんはメッゾ。クロハはなんでこそこそしてたんだ?」
「ちょっと人族の国に用があってね、下見に来てたんだよ」
俺の長年の勘が告げている。
こいつに対してはなるべく嘘を吐くな、と。
おそらくこいつは俺の最も苦手なタイプ、感覚で全てを見通すタイプだ。
下手な嘘はバレるし、それが原因で敵対しかねない。
ここは、本当のことだけど喋り過ぎない、そして俺のことよりも相手のことを喋らせることにする。
「メッゾくんは」
「ぼくちんのことは呼び捨てでいいぞ!」
「わかった、メッゾはなんで俺に気付いたの?」
「クロハの擬態はめちゃくちゃすごかったぞ!こんなすごい擬態、他に一人しか見たことないぞ!けど、魔法の匂いが強いな!だから気付いたんだぞ!」
でた、魔法の匂い。
レンガの野郎もそんな感じで探知してくるのだ。
なんだよ、魔法の匂いって。
結局釈然としない回答だったが、要はレンガと同じことができるということだ。
まったくもって恐ろしい。
「ああ、匂いで感知するタイプかー。参考になるよ、ありがとう!」
「うん!あ、そのもう一人ってのはぼくちんの親友なんだけど、あいつもすごいんだ!匂いも全く感じないんだぞ!」
「へぇ」
「でも……」
そう意味深に前置きをした後、メッゾは相変わらず何を考えているのかわからない口調で続ける。
「クロハが分身じゃなくて、本体だったらいい勝負かもしれないぞ!」
「っ!」
やべ、笑顔が少し引き攣ったか。
ここまでバレていると本当に形無しだ。
訓練もう少し厳しくしようかな。
メッゾの言う通り、俺は今分身体だ。
分身を作る魔技スキル≪オルターエゴ≫。
この分身体で人族の様子を観察していたのだが、今となっては分身体で本当によかったと思う。
「うーん」
メッゾは何かを品定めするように、目の前の俺をじっと見つめながら小首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないぞ!」
不気味なほどの無邪気さに、内心で冷や汗を拭いながら俺は愛想笑いを浮かべる。
「クロハにも友だちになろーって言おうと思ったけど、今じゃないな!やっぱりこういうのは、しっかり本体通してやりたいし!」
彼の背後では、いまだに兵士たちの阿鼻叫喚が響き渡っているというのに、当の本人はどこかピクニックでもしているかのような軽やかさだ。
「ごめんね」
「いいんだぞ、それにクロハは友だちじゃなくって——親友になれる器を持ってると思うから」
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。
その言葉の裏に潜む底知れなさに、俺は生唾を飲み込んだ。
「たとえ分身であろうと、ぼくちんの≪バベル≫を食らって平然としてるなんて、どこか精神がぶっ壊れている証拠だぞ!分身って自我の分裂だからな!もう一人の自分を増やして、自分が分身と自覚した瞬間、自分はいつでも死んでいいんだって思える精神状態になれないとそんな平常心でいられない」
「そんなことないよ?俺はどっからどう見ても健常者な悪魔だよ?」
「そーかなー?」
「そーだよー」
メッゾは一瞬腑に落ちなさそうな顔をするが、すぐにニカッと笑顔に戻る。
「次会う時は本当の体で語り合おうな!そしてその時に友だちになろう!約束だぞ!」
「うん、わかった。次を楽しみにしてるね」
最後の最後に嘘を吐いてしまったが、もうどうでもいいだろう。
メッゾは子どものように大袈裟な動作で回れ右をして、そのまま帰って行った。
俺は、その姿が見えなくなるまで警戒心を解かずに手を振り続ける。
緑色の髪をした幼い魔族、メッゾ。
俺の擬態に一瞬で気付き、それでいて余波だけで相手を発狂させる≪バベル≫を使用する。
≪バベル≫は自身の恐怖の象徴を召喚する魔法だ。
あそこまでの精神汚染をばら撒くモノを召喚できるなんて、一体どんな地獄を見てきたのだろうか。
そもそもあいつがここに来た目的はなんだったのだろうか?
人族と友だちになりたいとか言いながら、結局は発狂させて帰ってっただけだし。
本当に得体が知れない。
もう二度と会いませんように、そう祈ってから、今の惨状を見渡す。
いまだに悲鳴を上げまくる、関所の見張りの兵士たち。
叫び過ぎて悲鳴と共に血反吐を吐く者や、涙や唾液を垂らしながら廃人のように茫然と立ち尽くす者もいる。
彼らには同情するが、見張りがこぞって駄目になってる予想だにしていなかった絶好の機会だ。
「利用しない手はないよね」




