第36話 旅立ち
「絶対!絶対に勝ち取るんだぞ!おまえの分だけじゃねぇ!俺の分もだ!」
「わあった、わあったって」
「その返事はわかってない時の返事だろクソ狼!絶対にモルニ・ガシャ先生作の期間限定フィギュア、魔王様演説時の姿、必ず二つ分手に入れろよ!」
とうとうやってきた軍事国家アルシャリス潜入任務当日、俺とレンガはいつも通り言い争いをしていた。
任務が任務であるため、長期間魔王軍領内に帰ってくることができないだろう。
その間に、なんとあの魔族一の人形師”モルニ・ガシャ”が、先日行われた魔王様の演説時の姿をモチーフにしたフィギュアを期間限定で売り出すというではないか。
絶対に手に入れたいが、俺は任務で買うことができない。
非常に癪だし、あんまり信用ができないが、仕方なくレンガに頼むことにした。
失敗したらこいつの部屋、俺の部屋ごと毒びたしにしてやるから。
「任務に出る直前までそんな調子で……先輩、本当に大丈夫なんですか?」
「さぁね。ま、できることしか俺はできないから」
「約束!私もすぐ行くんだからサボんないでよね!」
「わあった、わあった」
「あんたさっきそれ、あいつにわかってない時の返事だろって言ってなかった!?」
そんな言い争いをしている俺に、声を掛けてきたのはリングとセイラ。
先駆けて俺が人族の領地へ行くが、この二人も俺の任務の協力者だ。
あんまりいらないが、魔王様直々のこの特殊任務、文句なんて言えるはずもない。
「二人はちゃんと手筈通りにね、失敗して人族に捕らえられても助けられる保証はないから」
「もちろん、承知しています」
「私が捕まるわけないじゃない!」
リングはあんまり心配していないが、セイラは大丈夫か?
バナナの皮とか踏んで、転んで、あっさり捕まりそう。
二人にはそれなりに潜入の流れや、失敗したときの対処法等叩き込んでおいた。
あとはなるようになれだ。
「はぁ、まさかクロハくんがこんな重要な任務に駆り出されることになろうとは」
「ほんとだよ。どうにか阻止できなかったの、ジョアちゃん?」
「なんとなーく、その方向に持っていこうとはしたのですが、魔王様が妙に乗り気で……。クロハくん何やらかしたんですか……?」
「ああ、うん、まあ、ちょっとね」
次に話しかけてきたのは、我らが青の部隊部隊長のジョアちゃん。
四天王であるジョアちゃんなら魔王様にも多少は意見できたと思うが、今回は駄目だったらしい。
ちゃんとやって、やくめでしょ。
「特別任務なんですから、普段の百分の一くらいはへらへらをやめるんですよ」
「ジョアちゃんは俺のことなんだと思ってるの……」
と、俺にしては多い見送りとそれぞれ軽い会話をし、魔王軍領内を離れる。
「じゃ、行ってくるよ。レンガ、リーダーやアゴネさんたちによろしく言っといて~」
「ん、了解した。同室いなくなって広々とした空間満喫したいからすぐ帰ってこなくていいぞ~」
「一瞬で任務完遂して爆速で帰ってきてやらあ!」
最後にレンガとそんな会話をして、意気揚々と魔王軍の面々と別れた矢先、俺はいきなり問題に衝突していた、それは……。
「よう、クロハ・ラングレイ。調子はどうだ?」
「ままままままま魔王様!?」
「うむ、如何にも。余こそままままままま魔王様のバンギャ・チャルハノーレだ!」
違う、そうじゃない!
けど、その茶目っ気プライスレス……。
尊くて死ねる。
軍事国家アルシャリスは人族の領地。
まずは、人族の領地と魔王軍の領地である旧境界線を抜けなければならない。
そこで、まず旧境界線へ向かったのだが……。
その途中、何もない空間から突如現れたのは、なんと魔王様。
俺に一切の気配を気取られず、当たり前のように隣に立っている。
流石魔王様と言いたいところだが、心臓が持たないので是非ともやめて欲しい。
「ほほほ本日はお日柄も良く、魔王様に至りましては本日も翼の先まで凛々しく、絶対なるその——」
「それはもうよい」
「アヒンっ」
ま、魔王様に頭をチョップされてしまった。
もう頭洗わなくていい?
「どうだ?此度の特殊任務、達成できる自信はあるのか?」
どうやら、自分が振った手前、直々に会いに来てくださったようだ。
俺なんかの為にその貴重な行動時間を消費してくださらなくてもいいのに。
「魔王様の為ならば、どんな厳しい任務でもやり遂げさせていただきます!……と言いたいところですが、こればっかりはやってみないことには」
「ふむ。それで、まずはどうやって関所を通り抜ける気だ?」
軍事国家アルシャリスの関所。
魔王軍領地との距離が人族の領地の中で一番近いこの国の見張りは厳しい。
鼠一匹見逃さない関所を抜けるには、人族であることを証明する魔力検知器が用いられる検査を抜けなければならないのだ。
少し近づくだけで魔族の魔力を一発で見抜くその検知器、普通の魔族だったら一瞬でバレてしまうだろう。
もし関所をなんとか突破しても、この検知器は国のいたるところに設置されている。
小手先の小技だけではどうしようもない。
だから言ったでしょ、無理ゲーって。
でも、まぁ、俺ならなんとかできちゃうんだけど。
「こうします。≪タンパー≫」
「おお!なるほどな」
関心したように声を上げる魔王様。
流石魔王様、一発で違いに気付いたようだ。
「私の≪タンパー≫は魔力の質も改竄できます。これで人族の魔力と同質のそれに変化させることができますし、≪タンパー≫は日常使いしているので、寝ている時だろうがいかなんどきだろうとも発動させることができます」
「流石だな、余が見込んだだけはある」
「恐縮です」
ま、魔王様がめっちゃ褒めてくださる!
やめて、そんな褒めないで!クロハくんのHPはもうゼロよ!
「そうだ、余がおまえに会いに来た目的をまだ果たしていなかったな」
「目的ですか?」
「これを渡しに来たのだ」
「これは……人族の身分証?」
魔王様が授けてくださったのは、人族の身分証だった。
その身分証に記載されている名前は……クロロ・ランフレイ?
「先日の人族との大戦で捕虜を三人捕まえただろ?その中の一人が持っていたものだ。丁度おまえに名前も似ているしな。何かに役立てよ」
「魔王様からの直々の授かりもの!一生の家宝とさせていただきます!」
「大袈裟な……。それではな、おまえの持ってくる成果楽しみに待っておるぞ」
そう言い残して、魔王様は再び何もない空間に消えていった。
よし、今日はそんな粗相をしていないのではないか?
「ふう……危うく心臓が口から飛び出るところだったぜ」
魔王様が消え去った空間に向かって数秒ほど一人でお辞儀を捧げた後、俺は胸をなでおろし、渡された身分証をしげしげと眺めた。
クロロ・ランフレイ。
本物の人族の、それも完璧な偽装ではなく実在する身分証だ。
今のところなくても問題ないが、せっかくの魔王様のご厚意だ。
ありがたく有効活用させていただく。
「……さてと」
気を取り直して歩き出す。
旧境界線へ足を踏み入れ、そこに住まう魔物の群れを横目にのんびり歩いていく。
魔物はまったく俺に気付く様子はない。
おうおう、今日も元気なサイクロプスの雄叫びが聞こえるねぇ。
特にイベントはなく、俺は危うげなく旧境界線を抜けることができた。
その後、しばらく歩くと、前方にそびえ立つ巨大な建造物が視界に入ってくる。
軍事国家アルシャリスの第一関所。
その名の通り、分厚い鉄壁の門と、武装をした見張りたちがピリピリとした緊張感を漂わせている。
門の脇には、噂の魔力検知器が不気味な青白い光を放っていた。
俺はすかさず≪タンパー≫を用い、自身の魔力をほぼゼロに改竄する。
魔力を測るのが検知器、つまり、魔力をなくしてしまえば反応もないはずだ。
「こちらB区!異常ありません!」
「D区も同様です!」
「こちらF区!ゴブリンが一匹迷い込んできました!対処にあたります!」
耳を澄ますと、ひっきりなしにこんな声が聞こえてくる。
一日中こんな大声出しながら見張りしてるの?気力すご。
魔族への恨みの強さが成せることなのだろうか。
さらに観察すると、一糸乱れぬ動きで、数十人の兵士がキビキビ歩きながら見回りをしている様子が見て取れる。
全員の動きがまったく一緒で、一つの動物みたくなっている。
そんなところまで訓練しなくていいんじゃないかな?
もはやよくわからない人族の執念に戦々恐々としていると、突然、青白く光っていた魔力検知器が赤色の光に変わった。
「ウーウー!」というサイレンが鳴ると同時に、兵士たちは慌ただしく、赤く光る魔力検知器の下に向かう。
これって、まさか……
「魔族だ!魔族が現れたぞ!」
「軍事国家アルシャリスの関門だぞ!?魔族が平然と入ってきやがって!舐めてんのか!」
「絶対に逃がすな!殺せ!殺せええええ!」
一瞬、俺に反応したのかと思い身構えたが、兵士たちが走っていくのは俺とは逆方向。
(アルシャリスの関所になんの対策もなしで来た魔族?なにその命知らず)
見張りが手薄になったと思う反面、アルシャリスにのこのこやってきたバカ魔族に興味が湧いたので一目見ておこうと、様子を見に行くことにした。
≪ミミック≫で透明化し、翼を広げて空から眺める。
するとそこにはボロボロの服を着た、見るからにみすぼらしい、一人の子どもの姿をした魔族がいた。
緑色のぼさぼさ髪で、顔にはそばかす、口元を見ると歯が一本抜け落ちている。
殺気立ちながらわらわら群がる人族の兵士たちを見て、その子どもはへらへら笑いながら、あろうことかこんなことを口にした。
「あんたら人族だろ?ぼくちんはメッゾ!ぼくちん魔族だけど人族と仲良くなりたいんだ!友だちになってくれ!」
(な、なにやってんの、あいつ!?)




