第35話 なんで俺の周りの女子は俺に当たりが強いんだ!
翌日、魔王様の宣言通り人族領地への潜入任務の詳細が書かれた手紙が届いた。
任務の内容を簡単にまとめるとこうだ。
まず、黒の部隊からの情報で、異世界からやってきた勇者はしばらくの間、この世界に対する知見を増やすため、王立アルシャリス軍学園へと通うらしい。
その学園へ俺自身も入学し、そこで情報収集にあたれとのこと。
……もうこの時点でなかなかの無理難題である。
学園へ入学するのは俺と黒の部隊のメンバー二人で合計三名。
その二人は、魔族ながら人族の貴族として長いこと生活しているらしい。
まさに潜入捜査のプロ。
その二人と合流することが、まず最初の関門というわけだ。
次に、魔王軍領地と人族領地を繋ぐ隠し経路の開拓だ。
これが開拓されていないため、人族領地への潜入調査のできる人材が乏しいのだ。
これは、まあ、できればでいいらしい。
黒の部隊の二人と合流するときついでにできたらやっといて、とのこと。
そんな簡単に言わんといて……。
どうすりゃいいんだ、穴でも掘れってか?
そして最後に……不活性の喇叭の流通経路、並びに製造現場の破壊を、第五階梯リング・ラギャと合同で行う。
この任務の成功で、リング・ラギャは第三階梯へ昇級するものとする、とのこと。
リングは学園には通わないが、不活性の喇叭の流通経路と製造現場破壊作戦にだけは参加するらしい。
俺が聞いた第三階梯試験の内容とはまったく違う内容だったので、変更があったということだろう。
おそらく、魔王様が介入したのだ。
普段の第三階梯試験の内容とは比べ物にならない程高難易度な内容だ、最早試験どころか実践である。
リング、どんまい。
と、ここまでが潜入任務の内容なのだが……。
「いや、なにこの無理ゲー」
どう考えても第六階梯の下っ端がやらされる任務じゃない。
第三階梯でも、一人でこんなことやらされないぞ。
これが黒の部隊と同じ任務、そりゃああの部隊、人数少ないわ。
ともかく、まずは第一関門をクリアしなければお話にならない。
俺一人ならなんとか潜り込めるかもしれないが、隠し経路を開拓しながらとなると厳しい。
リングも一緒に行かなきゃいけないらしいし、うーん、これは潜入してから考えるかなー。
そんな風にうんうん悩みながら魔王城内でふらふら歩いていると、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あああ~!あんたは!」
「ん?ああ」
声がする方を見やると、そこにいたのは立派な白い猫耳と尻尾を携えた女の子。
キッと睨みながら、尻尾を逆立てており、かなりお怒りの様子で俺の方を指さしている。
「猫ちゃんか、久しぶりだね。もう魔族の身体に慣れたかな」
「私は猫ちゃんなんて名前じゃない!セイラっていう立派な名前があるの!」
「そっかー。で、なんか用かな、猫ちゃん」
「だあああかあああらああ!」
猫ちゃん、セイラは心底気に入らないといった様子で俺の服に掴みかかり、ぐわんぐわんと揺らしてくる。
おう、アグレッシブだね、吐きそう。
セイラ・ジューン。
先日、リングの初任務にて捕らえた猫型魔物の特殊個体が魔族化した少女だ。
特筆すべきは足の速さ。
魔族化した直後に、レンガに迫るほどの速度を見せた時は舌を巻いたものだ。
その実力は、魔族化した直後であっても、ヴァルムハンターに気を取られていたとはいえ、あのリングを撒くほどだ。
魔王軍に入軍後、青の部隊でその足の速さを活かし、情報の伝達系の任務を多くをこなしていたことは知っているが、こうして直接会うのはあの日ぶりだった。
「ふんっ!聞いたわ、あんた第六階梯なんですってね!私はもう第五階梯に上がったんだから!私の方が上なの!敬いなさい!」
「もう第五階梯に!それは素晴らしい才能ですね。わたくし感動で涙が溢れそうでございます」
「わざとらしい!」
「ぐふっ!」
そう言いながら猫ちゃんは掴みかかったまま、俺を投げた。
見事な一本背負いだ。
俺は受け身も取れないまま、宙を一回転した。
いってぇ!なんで、俺の周りの女子は俺に当たりが強いんだ!
まあ冗談抜きに、もう第五階梯に上がっているのは普通に驚きだ。
つい先日魔王軍入りどころか、魔族化したばかりの赤子も同然の存在。
そんな赤子がもう成果を出している。
リングもそうだが、最近の若い子の才能はすごいねぇ。
なんて考えながら、びたーんと床に寝っ転がる俺に、セイラは何も気にした様子もなく見下ろしながら話しかけてくる。
「それはそうと、あんた今度任務で人族の領地に行くらしいじゃない!」
「え、なんで知ってるの……」
「ジョア様に聞いたわ!」
「ええー、なるべく広めてほしくないんだけど」
変な噂がたてば、俺の平穏な生活が失われてしまう……。
それだけは、ほんと勘弁して……。
「そんなことどうでもいいわ!それよりも、私との約束はどうなったのよ!」
「どうでもよくないよ……。はぁ、で、約束?ああ、あの件ね」
俺がジョアちゃんにお願いした伝言はしっかり猫ちゃんに届いたようだ。
彼女との約束、彼女の目的である姉の探索、その手伝いをすること。
会ったこともない魔族を探すことなんてできるのかと思うかもしれないが、魔族の兄弟姉妹は血統IDの仕組みにより、魔力の質がまったく同じなのだ。
一度、セイラの魔力は測って覚えているので、その姉も魔力にさえ触れることができれば一発でわかる。
「大丈夫、ちゃんと覚えているよ」
「でも人族の領地なんて行ったらなかなか帰ってこれないでしょ!そうしたら人探しなんて……」
「魔王軍の領地にいる魔族の魔力は全て測った」
「え?」
ていうか、魔王軍領地内にいる魔族の魔力の質は全て覚えている。
それに、魔王軍領地内には魔王軍に所属していない魔族も存在するが、それを含めてもはおよそ六千人程度。
≪サーチ≫をフル活用すれば、改めてその全てを調べるのにも一週間かからない。
「その中に君のお姉ちゃんはいなかったね」
「そんな……、ということは」
「うん、君のお姉ちゃんは人族の領地にいる可能性が高い」
セイラの顔がみるみるうちに青くなっていく。
新人恒例のジョアちゃんの≪モルガナ≫研修会で、人族に対する恐怖を植え付けられたのだろう。
この世界、全ての魔族が魔王軍領地内にいるわけではないのだ。
それどころか、全魔族の三分の一もいないかもしれない。
人族の領地は広く、今だに人族に迫害を受けている魔族も数多いだろう。
そんな魔族を魔王様は一人でも多く救い出そうとしている。
まぢで神、最強最高の存在だ。
「だから任務ついでに君のお姉ちゃん探してくるよ。それで文句はないかな、お嬢様」
「……わかったわ、わかったわよ!私も人族の領地に行く!」
「え、急にどうした?」
おいおい、なんか言い出したよこいつ。
「だって、人族の領地にお姉ちゃんいるかもしれないんでしょ!じゃあ、私が行くのが道理でしょ!」
「別に道理でもなんでもないし、人族の領地なんて行くもんじゃないよ。それに、俺がこれから行くの魔族絶対殺す主義のアルシャリスだし」
「なんでよ!私は人族なんかに屈しないわ!」
人族の領地生まれからすると、魔族が人族の領地に行くのは全くおすすめしない。
アルシャリス軍を筆頭に、人族は魔族が邪悪な存在であると、ほぼ全ての人に教育を施している。
魔族を見たら殺せ、痕跡を見つけたら炙り出して殺せ、いなくても見つけ出して殺せ——これが人族の基本思考だ。
そんな中、せっかく魔王様が築き上げた魔族にとって唯一の安寧の地を捨て去ってまで行くことはない。
「あと、単純に君と行動するのめんどくさそう」
「なんですってえええ!」
今度は容赦なくアイアンクローをかまされてしまう。
それだよそれ、まさに今やっているその行動がとってもめんどくさいんだって。
ただでさえ、激ムズ任務。
こんな手のかかる猫と一緒に潜入任務などとんでもない、そう内心で頭を抱えていた矢先だった。
「キーキーッ!」
「ん?ヴァルバット?」
一匹のヴァルバットがやってきて、セイラの頭に留まる。
脚には例のごとく手紙が括られていた。
「もー!今お取込み中なの!どうせ次の任務でしょ!その話はあとにしてよ!」
「キイイーキイイーッ!」
「あ、痛い!わかった!わかったわよ!見れば、見ればいんでしょ!?」
任務を拒否したのかと思われたのか、ヴァルバットはセイラに向かって怒りの声を上げながらタックルを繰り返した。
観念したのか、セイラはヴァルバットに括りつけられている手紙を半ば無理やり解き、手紙を読み込む。
そして、読み込みながらその表情はにやにやとした顔に変わっていった。
え、何、気持ち悪。
「へーんっ!どうやらあんたの思い通りにはならないようね!」
「え、まさか……」
腰に手を当て、後ろにドーンという効果音が付きそうなポーズをとりながら、彼女は今ヴァルバットが持ってきた手紙を俺に見せつけてくる。
嫌な予感をひしひしと感じながら、その内容を見て見ると、そこにはハッキリこう書かれていた。
——『クロハ・ラングレイの軍事国家アルシャリス潜入調査時の情報伝達役に命ずる』と。
「私もあんたと一緒にいくわ!お姉ちゃんを探しに人族の領地へ!」




