第32話 秘密の特訓
現在、真夜中の森のど真ん中。
静まり返った深い闇の中で、俺とリングの秘密の特訓が行われようとしていた。
そう、リングとの約束通り、俺たちはリングを鍛えることにした。
リングも強くなりたい、俺たちもリングが強くなってくれて目立ったらスケープゴートにしやすい。
まさにウィンウィンの関係だ。
しかし、俺たちの実力はリング以外の誰かに見られたくはない。
そんな秘密の特訓に最適なのがこの時間帯とこの森だ。
魔物は本能で生きている故、夜行性が多いのだが、魔族に進化すると性質が変化する。
もちろん個人差はあるが、人型になった影響なのか人族と同じように夜寝て朝起きる者が多いのだ。
さらに、魔王城を囲むように存在する不気味なこの森は、真夜中ともなるとその深い闇で最早何も見えない。
まさに絶好の秘密の訓練スポットといえよう。
ちなみに、レンガはただいま任務中である。
社畜乙。
「ねぇ、リングって今レベルどれくらいなん?」
「先日の人族との戦いで84になりました」
「お~、順調とかいう次元じゃないねぇ」
レベルが上がる仕組みは個人ごとに違うので詳しくは解明されていないが、この世界の神がその者の成長を鑑みて設定しているのだと考えられている。
レベルが上がれば上がるほど、次のレベルアップが遠くなるのだが、リングくらいのレベル帯なら一般的に一年で5上がるか上がらないかだ。
数週間前の猫ちゃん捕獲作戦のときは72だったから、僅かな期間で12も上がっている。
規格外だなぁ。
この世界で戦闘力を上げることにおいて、レベル上げは最も重要なファクターといってもいい。
レベルが10上がるごとに新しいスキルを一つ授かる。
初期スキルが三つ備わっているため、例えば今のリングなら、計算すると全部で十一個のスキルを持っていることとなる。
「今のスキル構成どんな感じ?」
「ええと、今俺のスキルは——」
リングは指を折りながら俺の質問に答える。
初期スキルが、≪サーチ≫、≪カノン≫、≪パリィ≫の三つ。
その後覚えたのが、≪ブレイク≫、≪ピラー≫、≪メイル≫、≪ランパード≫、≪タンパー≫、≪メテオ≫、≪タイダルウェーブ≫、そして≪アライヴ≫とのこと。
「うん、魔法スキルよりのバランサーって感じだね。あの、ミネルヴァってやつと同じタイプ。ジャイアントキリングされにくいタイプだ」
「先輩はどんな構成なんですか?」
「俺?俺は魔法七割、魔技三割って感じ。隠密系が多いかな」
「俺も、もう少し隠密系のスキルがあれば先輩みたいなことができるようになりますかね?」
「え、別に俺目指さなくていいでしょ。ぶっちゃけ今の方向性伸ばした方が強くなると思うよ。あと、そもそも狙ったスキルを都合よく授かるなんて稀だし」
この世界においてスキルは、自分がこうしたい、こうなりたいと思ったことへの関連性があるスキルを授かることが多い。
だいたいの傾向は研究されているが、人によって授かるスキルは千差万別なため、完璧なメソッドは存在しない。
確実に、欲しいスキルを狙って授かる術はないのだ。
「今ないスキルを望むより、今あるスキルの使い方や伸ばし方を考えた方がいいよ」
「それはそうですね……」
「ないものねだりしてもしょうがない!ってわけで、今から鍛えられることをします!今回特訓するのは——"数を数える力を養おう!"です!」
「数を……数える?」
あまり、腑に落ちていないリング。
最初の訓練ということで、意気込んでいたということもあり肩透かしを食らったのだろう。
だが、数を数える能力が高いことは、実力者の最低条件だ。
流れ弾の数を見誤っただけで、命を落としてしまうなんてことザラにある。
主人公補正あるならいいけど、俺そんなのないし。
「はい、これ」
「なんですか、これ。布?」
「うん、それで目隠しね」
渡した布を渋々といった風に目元に巻き付けるリング。
うんうん、ちゃんと何も見えてないね。
「じゃ、これから俺が十秒ごとに≪カノン≫撃ちまくるから、その度に≪カノン≫の数大声で叫びながら躱してね。あ、スキルは≪サーチ≫以外使っちゃ駄目だから」
「え」
「あ、弾道はちゃんと真っ直ぐにするから。それじゃあ開始」
そう言うのと同時に、俺は≪カノン≫を十二個生成し、斉射する。
それをリングはなんとかといった風に躱す。
「こら!数数えながらって言ったでしょ!」
「す、すみません」
「ちなみに今の何個だった?」
「十二個です……」
「うん、正解。じゃあ、次ね」
視界が完全に遮断された状態での回避訓練。
頼れるのは、音、気配、そして探知スキルの≪サーチ≫のみ。
一対多の戦闘において、飛来する攻撃の正確な数を瞬時に把握し、的確にさばききる能力は、生き残るためにも最も不可欠な技術だ。
「ほら、ボサッとしてると当たるよー」
俺は指先を軽く合わせ、魔力を練り上げる。
今度は少し軌道や時間差をバラけさせた≪カノン≫をに十発構築し、放つ。
闇夜を切り裂くように、魔力の弾丸が僅かな軌跡を描きつつ、リングへと殺到する。
「いちっ!にっ!さ、くっ……!し……いッ!」
「あ、当たるとちょっと溶けるから気をつけてね」
目隠しをしたリングは、風を切る音と魔力を頼りに、身を翻し、跳び、ギリギリの軌道で≪カノン≫を回避していく。
しかし、フェイントを混ぜた複雑な弾道と物量に、後半は少し数えが怪しくなってきた。
「二十二いっ!くっ……多すぎます先輩!」
「そんなことないよ~、あ、はい追加」
「ちょっと!」
「ほらほら、自分に向けられていない≪カノン≫もしっかり数えて!」
楽しそうに煽りながらも、俺は彼の動きを注意深く観察する。
身体能力と≪サーチ≫の精度は流石の一言で、直撃こそしないものの、数をカウントしながら回避を続けることにはまだ慣れていないようだ。
しかし、これこそが狙いである。
焦燥感と極限の状況下で処理能力を高めること。
いくら≪サーチ≫が上手く使えたところで、それを処理する情報処理能力がなければ宝の持ち腐れだ。
「ほら、そこ。足元ガラ空きだよ」
「っ!」
最後の一個をリングの足元へ向けて放ち、リングはそれを危うげなく躱す。
しかし、その先にあったのは木の根元。
ジュッ、と木の根元を俺の≪カノン≫が溶かし、木はリングの方向に倒れる。
「なっ!くっ!≪ランパード≫」
それをリングは土の壁で防ぐ。
「何が足元ガラ空きですか!今、木が倒れてくるところまで狙ったでしょう!」
「いや、そんな簡単なフェイクに騙されちゃだめでしょ。あと、≪サーチ≫以外のスキル使ったからまた数増加ね」
「くそっ」
その後しばらく続けたが、何発か掠めたうえに、数も言い当てられていない。
リングは目隠しを外し、悔しそうに拳を握りしめる。
「まあ、初めてにしては上々だよ。極めると不意打ちまったく効かないマンになれるから頑張って」
「先輩はこの訓練、どれくらいの数躱せるんですか?」
「ん?気になる?じゃあ、はい、布貸して」
「え?」
俺はリングから目隠しを受け取り、自分の目元を隠す。
「今度はリングが≪カノン≫撃ってよ」
「え、いいんですか?」
「うん、どんとこい!」
目隠しをしたまま、俺はリングに合図を送る。
リングは俺の身体能力が高くないことを知っているから、俺がスキル使用なしで攻撃を防げる術があるのか訝しんでいるようだ。
確かに、俺の身体能力は低いが、そこは工夫次第だ。
「いきますよ!≪カノン≫!」
「はい、一個~。二、三個」
頭の中で冷徹に数を割り振りながら、俺は最小限の動きでそれをいなしていく。
「四、五、あ、そこにもあるね、六個」
俺とは離れた位置に放たれた≪カノン≫に向かって俺は拾った石を当て、数をカウントする。
「二十四、二十五……ふんっ」
最後の一つを紙一重でかわし、俺は目隠しを外し、ふっと息を吐き出した。
「二十六っと。どうだった?」
「……ぴったり、二十六個でした」
リングは何が起きたのか理解できないといった様子で立ち尽くしていた。
俺の動きは決して速いわけではない。
それなのに全弾躱されたどころか、明後日の方向に飛んだ弾にまで性格に石を当てられたのだからっ無理もない。
「一体どうやって……」
「≪カノン≫が生成された瞬間に≪サーチ≫で方向を把握、弾の魔力含有量で速さと軌道を曲げられるか把握、魔力の仕込み方で分裂の有無を把握。≪サーチ≫は極めればいろんなことを把握できる。軌道を見てから躱すというより、軌道を読んでから躱す。そうすれば、俺の拙い身体能力でもこれだけ躱せるってわけ」
見てから躱せるのは生粋の近距離系だけで、遠距離が得意な俺はそんな芸当できない。
ある程度特訓はしたが、無理だった。
それでも、着弾位置が最初からわかってる弾であれば、身体能力が低い俺でも躱せる。
「たまに化け物みたいに、一つ一つの≪カノン≫の性質を分けてくるやつとかいるんだよね。そこで役に立つのがしっかり数を把握できる力だ。どう?なかなかやりごたえある特訓でしょ?」
「……はい!」
リングは再びしっかりと目隠しを巻き直した。
最初の肩透かしを食らったような表情はもうない。
「よし、じゃあ今の感覚を忘れないうちに、もう一回特訓再開ね。今度は倍くらいに増やすから!」
「えっ、いくらなんでもいきなり倍は!?」
「いいからいいから、じゃ、いくよ!」
「う、うわああああああ!」
静まり返った真夜中の森に、リングの悲鳴と俺の楽しげな笑い声が響き渡る。
真夜中の森の特訓は、まだ始まったばかりだ。




