第31話 魔王演説
「皆の者、余の為によく集まってくれた。今日は、魔王軍の……いや、魔族すべての未来について話そうと思う」
その一言が紡がれた瞬間、俺は持っていたカメラを派手に取り落とした。
推しの——もとい、我らが魔王様の尊い御言葉を全神経を耳に集中させて脳内メモリに刻み込もうとした反動だ。
≪ミミック≫のスキルも解けてしまったが、周囲の魔族も全員魔王様に釘付けになっているため、誰一人として俺に気づいていない。
(魔王様が……魔王様が顕現なさっている!魔王様が実在しているこの世界線に感謝……!)
魔王様は滅多に、その御姿を群衆の前に現してくださらない。
年に数回程、こうやって演説をしてくださったり、催し事に参加してくださるくらいだ。
その、ご尊顔を拝めるだけでも全オタク……全魔族の寿命が延びるというもの。
この機会を作ったということだけは、人族に感謝してやってもいい。
「さて、皆も聞き及んでいると思うが、先日人族と旧境界線にて交戦があった。小競り合い程度であったら何千回とあったが、大々的な交戦ともなれば魔王軍創立以来五十年ぶりである」
(あの一歩引いた立ち姿の完璧な美しさ……! シルエットだけで写真集十冊は出せるぜ……)
魔王様の仰られた通り、人族は五十年前の大戦から滅多に仕掛けてくることはなかった。
精々、旧境界線で鉢合わせて小競り合いをする程度。
今回のような千人規模で、しかも準備万端な状態で襲ってくることはなかった。
「この戦において、第三階梯の魔族が一人再起不能レベルの致命傷を負わされた。人族は我ら魔族を滅ぼすため、様々な兵器を開発して戦場に現れたのだ」
ちなみに、現場で拾い集めた兵器に関しては、魔王城の特設フロアにて展示室が作られたので、誰でも目を通せるようになっている。
魔王軍は魔王様の「情報は広く共有し、全軍の知見を高めるべきだ」という尊い御意向のもと、一切の情報を隠蔽しないオープンソース体制をとっているのだ。
「……そして、我らは重大な岐路に立たされている」
魔王様はその深紅の瞳を群衆へとゆっくりと巡らせた。
その威圧感に広場を包んでいたざわめきが、波が引くようにピタリと止まる。
誰もが呼吸さえ忘れたように、次の言葉を待っていた。
(今、視線がこっちに向いた!?……いや気のせいか。いや、こっち向いたら俺はもうこの世にいなかったか。あぁ、あの赤い瞳に一瞬だけでも俺が映ったと考えるだけで俺のHPはゼロ、オーバーキルだ……ありがとうございますありがとうございます、我が人生に一片の悔いなし!)
「今回は一人の若い魔族により、こちら側に死者はでなかったが、次はどうなるか。人族の技術力は、我らの予想を遥かに超える速度で進化している。魔族の生態そのものを解析したかのような兵器の数々を用いて我らを殲滅しに来たのだ」
ざっと、周囲の魔族たちが息を呑む音が聞こえる。
俺もどさくさに紛れて現物をいくつか回収したが、見たこともない技術ばかりが使われていた。
リングと防音室で試したところ、不活性の喇叭を魔族の俺が吹いても何も起きない。
だが、魔力の質を人族に近づけて吹いた瞬間、リングが盛大にノックアウトした。
この検証結果的に、おそらく、人族の魔力と音を用いた技術だと仮説が立てられる。
人族と魔族の魔力は明確に質が違う。
その質の違いを用いて発動条件を分けているのだろう。
音という防御が難しいうえに、聞こえただけで魔力回路を狂わせられる。
俺たち魔族にとって、この兵器は脅威以外の何物でもない。
今回はレンガという例外のおかげでなんとかなったが、四天王クラスがいても魔力を狂わせられるのでは勝負にならない可能性もあるだろう。
今のところ思いつく対策が、レンガか、俺のように魔力の質を変化させることくらいだ。
前者は置いといて、後者も俺と魔王様、あとはリングを死ぬ気で修行させればいけるかいけないかってくらいで、普遍的な対策ってわけではない。
「しかしだ」
ふっと、魔王様がどこか誇らしげで、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
そうだ。
兵器の対策など、今はどうだっていい。
「恐れる必要など、微塵もない。なぜなら、我らの前にはこうして、無数の誇り高き戦士たちが集っているからだ。彼らは我が軍の盾であり、剣であり、そして……未来を切り拓く我が同胞だ!今まで力など合わせたことのなかった魔族だが、この五十年でその常識は覆った!」
ドォンッ! と、魔王様の足元から地響きのような魔力の波動が広がり、広場に集まった魔族たちの胸に熱い闘志を灯していく。
周りを見ると、隣に立っていた屈強なオーガの戦士すら、瞳を潤ませて拳を震わせていた。
(胸熱すぎて心臓がもたねぇええ!魔王様の演説をここまで近距離で聞ける世界、ここが楽園か……)
「我らは戦いを望まない。最終的には人族との和平を望む。だが、黙って殺されるわけにはいかない。今日この時より、魔王軍は防衛体制を刷新し、人族の動向を完全に見据えた新たな戦略へと移行する! 皆の者、準備はいいか!」
「「「オオォォォ――ッ!!!」」」
地鳴りのような歓声が夜空を突き破る。
理屈でゴチャゴチャ悩むより、士気を上げることが最優先。
人族のペースになど乗るものか。
兵器の対策は後回しだ。
魔王様の力強い演説に、俺の目頭が一気に熱くなる。
——魔王様は、本当に“アイツ”にそっくりだ。
いや、“アイツ”が魔王様に似ているのか?
人に活力を与えるその天性の輝きに、目が眩みそうだ。
俺の頬に熱い何かがツゥーっと伝う。
(ああもう駄目だ情緒がジェットコースターすぎる尊い、本当に尊い、語彙力が消滅した、もうほんと一生ついていきます……草葉の陰から……!)
演説を終えた魔王様は再び歪んだ空間に消える。
俺はその前に、思い出したかのようにカメラを拾い上げ、シャッターを切った。
撮影できたのは一枚だけ、その一枚は……感激に震える俺の手によってブレブレになっていた。
※※※
「「めぢゃぐぢゃよがっだ!」」
俺とレンガとリングは魔王様の演説の後、ファンミーティングをするために魔王城内備付けのフードコートに集まっていた。
俺たちファンクラブメンバーだけでなく、一般の兵士たちも魔王様の演説に興奮冷めやまない状態で、フードコート内はいつもよりざわついていた。
演説は時間にして数分程度。
魔王様はそこまで言葉を発していない。
それでも、普段の何倍もの濃密な時間であったと断言できる。
「で、なんで俺までここにいるんですか?」
「リングはあの演説を聞いて何も思わなかったのか!?」
「いや、俺かなり離れた廊下で聞いてたから、あまり聞こえなくて」
「はぁ!?てめ、もったいな!もったいな!リングの話も一瞬してたのにもったいな!」
「そんなこと言われましても…」
「「はぁ……」」
「その、”やれやれ”みたいな溜息うざいのでやめてください」
リングの冷めた態度に、呆れていたところ、ある人物が俺たちに近づいていた。
「やあ、クロハ氏、レンガ氏」
「「リーダー!」」
「リーダー?」
茶髪のロングに、よれた服、ぐるぐる眼鏡がトレードマークな彼女。
そう、彼女こそ、魔王様ファンクラブのリーダー、マガリナ・ナナナ。
正真正銘、魔王様オタク。
俺たちは、この御方に推し活という勝負において勝利をしたことがない。
魔王様強火オタクの俺たちも彼女を前にしてはファンクラブのリーダーを譲らざるを得ない、絶対的存在だ。
「二人ともいい位置取りだったが、いい写真は撮れたのかね?」
「それがですね、リーダー……」
「魔王様の神々しさに手が震えて……この様です……」
俺たちは先ほど撮影した写真をテーブルの上に出し、リーダーに見せる。
レンガも同じように、演説が終わる直前に我を取り戻し、急いでシャッターを切ったのだろう。
俺と同じ角度で、ブレブレの写真がそこにはあった。
「こんなものでは、いつまでたってもリーダーに追い付けません!」
「魔王様の魅力を損なう写真しか取れない、俺たちはファンクラブ失格です!」
うなだれる俺たちをよそに、リーダーは写真を手に取り、じっと目を凝らす。
そして、再びテーブルの見やすい位置に写真を戻す。
「君たち、写真をよく見てみなさい」
「リーダーなにを?」
「何度見てもこんな駄作……」
「まずこっちは、魔王様が後ろに振り向いたのと同時に撮ってるから、あの美しい深紅の眼光が残像として映っている。次にこっちの写真、マントの先端、翼、尻尾、そして魔王様のご尊顔の位置、これらが完璧に三分割構図になっています、ブレも相まって勢いも良い。どちらとも狙ってできるものではない、誇りなさい」
「「ほ、本当だ」」
リーダーは俺たちに気付けなかった写真の良い点をそれぞれ挙げる。
すごい、流石はリーダーだ。
こんなブレブレの写真の良い点にこんな一瞬で気づけるなんて。
「そもそもの話、魔王様を被写体としているのだ。撮影者が誰であろうが、魔王様を撮ったというだけでそれはもう神作なのだよ。その辺改めたまえ」
「「は、はい!リーダー!」」
リーダーは同士であると同時に、俺たちの推し活の師だ。
魔王様の存在ももちろんだが、この方のおかげで俺たちの幸せは存在するといっても過言ではない。
魔王様の次に尊敬する存在だ。
「む?君は見ない顔だね?」
「はい。私はリング・ラギャと申します。つい先日魔王軍に入軍いたしました」
「随分礼儀が正しいじゃないか、私は魔王様ファンクラブに所属しているマガリナ・ナナナだ。望んでいないが、いつの間にかリーダーの座についてしまった。君も魔王様ファンクラブに?」
「い、いえ、私は特には……」
リーダー直々の勧誘を、リングはあっさり断った。
ええい勿体ない!
リーダーのお誘いを断るとはなんて失敬な。
「そうか。ファンクラブに入りたかったら、私にでも、そこの二人にでも言ってくれ。彼らは魔王様ファンクラブの副リーダーだからな」
「え、そうなんですか?」
「リ、リーダー!俺たちはまだそんな役職を授かる領域に至っていません!」
「そうです、こんな矮小な身で副リーダーなど恐れ多い!」
「おや、謙遜しなくともいい。君たちの魔王様に対する情熱の深さは、ファンクラブのメンバー皆わかっているさ」
ファンクラブ内の役職はそこまでしっかり決められるものではないく、メンバーが認めれば、なんとなくなあなあで決まってしまう。
周りの目を気にせず、いたるところで推し活をする俺たちを羨望の目で見るメンバーは多いようで、そんな事情があり、俺たちを副リーダーに推す声がそれなりにあるのだ。
俺たち自身認めてはいないが、副リーダーだと思って接してくるメンバーも多々いる。
「それに、何より、私が認めているのだ。君たちを置いて、ファンクラブの副リーダーを任せられる人材はいない!」
リーダーはフッと眼鏡の位置を直し、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「リーダー……!」
「ああ、俺たちはこれからも魔王様のために命を捧げます!」
尊敬するリーダーのその言葉に、俺とレンガは胸が熱くなり、思わずガッチリと握手を交わしてしまう。
「……俺まだいなきゃダメですか?」
リングが呆れたように溜息をつくが、今の俺たちには外界の雑音など聞こえない。
推しの尊さを語り合い、互いの忠誠心を高め合うこの時間こそが、魔王軍に身を置く最大の醍醐味なのだから。
その後、俺たちファンクラブ同士のファンミーティングはフードコートの営業時間まで続いた。
リングが終始、死んだ顔をしていた気がするが、きっと気のせいだろう。




