第30話 登壇
魔王城の部屋の一角である大会議室。
部屋の中央には、長大なテーブルが鎮座し、その表面は鏡のように磨き上げられている。
天井から吊るされた巨大な魔導灯が柔らかな光を降り注ぎ、室内を荘厳な雰囲気で包み込んでいた。
豪華な料理が惜しげもなく並べられ、並ぶ皿やカトラリーも一目でわかる高級品ばかりだ。
そんな豪勢な食卓を囲むように、五人の大魔族が集結していた。
『クエレブレ』の魔族”コラン・サブジェ”。
『ルーンゴーレム』の魔族”ローナ・ロルロレロ”。
『タラスク』の魔族”チーク・カステス”。
『バンシー』の魔族”レムナン・アルデカロン”。
そして——『アスピドケロン』の魔族”ジョア・ミリニス”。
魔王軍”青の部隊”のトップ五人である。
なお、ここまで格式高い雰囲気作りを徹底しているのは、サボると四天王の一人であるパケ・テヘテヘがうるさいからだ。
第三階梯以上が集まる場では、こうして形式上の格を整えねばならない面倒なルールがあった。
「コラン、怪我の調子はどうですか?」
「おかげ様でだいぶ歩ける程度にはなりました。しかし、俺も引退ですかね。片腕もなくなり、魔力器官に傷が入ってしまいました。もう以前のように戦うことはできないかと」
「そうですか……」
人族との争いから七日。
戦場で負傷したコラン・サブジェは、回復のエキスパートである”緑の部隊”の手当てを受けてなお、完治には至らなかった。
しかし、本来なら死んでいてもおかしくない致命傷だったのだ。
命が助かっただけでも僥倖だろう。
「なに言ってるんスか、コランっちょ!そんなん気合でなんとかするっスよ!ほら!オイラと一緒に!うりゃああああああああ!」
「チーク無茶言うな、あと声がでけぇ」
橙色の短髪と白いハチマキを靡かせながら吠えるチークに、コランが突っ込む。
なんでも気合でどうにかしようとするチークに他の誰かが突っ込む、青の部隊の会議中に必ず一度は起こる恒例イベントだ。
「でもさぁ、それじゃぁ余計に赤の部隊との力関係が開いちゃうねぇ。ただでさえ、第三階梯の数が他の部隊と比べて少ないのにぃ。コランちゃんが抜けたら大マイナスじゃん?」
「こら、レムナンさん!そんな言い方ないんじゃありませんの?コランさんだって精一杯——」
「えー?あーしは事実を言っただけだしぃ。それにぃ、赤の部隊がまた調子乗りそうじゃん?めんどいなぁーって」
「ぐぬぬ、それは確かに……」
そして、もう一つの青の部隊会議の恒例イベントであるレムナンのぼやきが炸裂する。
彼女は、その透き通った紫色の長髪と褐色の頬をテーブルに押し当てながらため息を吐く。
青の部隊と赤の部隊は何かと折り合いが悪い。
というより、戦闘特化の赤の部隊が、雑用メインの青の部隊を一方的に見下してくるのだ。
魔王軍には第三階梯の魔族は二十人存在するが、赤の部隊は六人を占めるのに対し、青の部隊は四人。
その貴重な一角であるコランが抜けるとなれば、発言力の低下は避けられない。(そもそも、青の部隊のコラン以外が変なのばっかりなため、発言力がないに等しい)
ちなみに、黄と緑はそれぞれ五人ずつ第三階梯の魔族を有する。
黒の部隊に魔王が持つ第一階梯以外の者は存在せず、黒の部隊に所属すること自体が一種の序列となっているのだ。
「部隊間の対立はおいておくとしても、第三階梯が一人欠けるということは魔王軍全体において大損失です。ここ数年間、第三階梯の域に達した魔族はおりません。此度の戦を鑑みると、今後人族との争いは免れないでしょうし、戦力の増強は急務なんですよね」
長テーブルの上で組んだ手に顎をのせ、ジョアが冷静に現状を分析する。
その声には、部隊の縄張り争いを超えた、魔王軍全体の未来に対する深い憂慮が滲んでいた。
「はいはいはーい!ジョア様!コランっちょが気合でなんとかするまで、オイラがコランっちょの分までがんばるッスよ!うおおおおおおおお!」
「チークさん!うるさいですわ!そもそもあなたとコランさんとじゃ役割がぜんぜん違いましてよ。あなたと私みたいな特攻特化と違って、コランさんやレムナンさんはその万能さと対応力で第三階梯となった魔族。心意気だけではどうにもなりませんことよ」
私だって力になりたいのですけど、分はわきまえておりますわ、と付け加えながらチークを諭す。
単なる戦闘能力だけでなく、コランには指揮能力や知識、そしてなにより部下に慕われる人徳があった。
青の部隊における”数少ないまとも人格者”を失うダメージはあまりにも大きい。
「ちょっと待ってよぉローナちゃん。それぇ、コランちゃんの分まであーしががんばらなきゃならないみたくなってねぇ?」
「あなたはすごい方なんですから、もうちょっとやる気を出してくんなまし!」
あからさまに嫌そうな顔をするレムナンと、それに詰め寄るローナ。
言い争いが発展しそうな雰囲気に、この場で一番の発言権を持つジョアが短く息を吐き、静かに手を上げた。
その一手だけで、場の空気がピリリと引き締まる。
「誰が誰の代わりをやるかの協議だなんて、ナンセンスです。私も含め、今この場にいる全員、できることが違います。重要なのは、コランとは異なる形であっても、それと同等の成果を上げられる存在を確保できるかどうかです」
ジョアの毅然とした言葉に、脱力していたレムナンも、興奮していたチークも口をつぐむ。
「しかしジョア様、青の部隊に求められる業務は多岐にわたります。私やチークさんのような突出した耐久力を持つ者か、コランさんやレムナンさんのような柔軟な対応力がある方でなければ、我が部隊の第三階梯は務まりませんわ」
「回復魔法使えりゃ緑に取られるからぁ、うちの部隊で第三階梯に上がれる条件厳しいんだよねぇ。試験も受けなきゃなんないしぃ、あーしたちの推薦も必要だからさぁ」
ローナとレムナンの言った通り、第三階梯への昇格は厳しい。
第五、第四階梯への昇格は、任務の出来不出来で決まるが、第三階梯への昇格は第三階梯の者の推薦を受けた者が、専用の試験に合格することが必要なのだ。
試験の難易度も高く、推薦を受けた者でも五割は落ちるほど。
滅多に死ぬことはないが、戦線復帰できない程度の怪我はする恐れのある試験のため、推薦資格があってもそう易々と推薦をすることはできない。
誰もが後任探しに暗雲が立ち込めたと感じた、その時——。
「それに関してなのですが……俺の後釜に一人あてがあります」
コランが、静かに手を挙げる。
全員の視線が一瞬で彼に集中する。
「あて……ですか?」
「はい」
コランは一瞬思案したように目を瞑り、そのまま途切れない声でその提案を伝える。
「俺は、リング・ラギャを第三階梯に推薦します」
※※※
ところ変わって、魔王城の大広間。
無駄に広い魔王城の部屋の一つで、城内一の広さを誇る部屋である。
正面には数段高くなった壇上があり、その中央には一人が立つためだけに設えられた演説台が鎮座していた。
壇上の前には階段状に並ぶ広い観覧席が続き、数百人を収容できるほどの広さを誇る。
滅多に使われることもなく、訪れても静寂が迎えるこの場所。
しかし今日は、その静けさが嘘だったかのようなざわめきに包まれていた。
それもそのはず、今からこの場所で魔王軍全体を揺るがす、重大な催しが執り行われようとしているからだ。
「おい、まだかよ!待ちきれねぇぜ!」
「あ、いてぇ、おい!押すんじゃねぇよ!」
「てめぇら!うるせぇぞ!静かにしやがれ!」
「おまえだってそわそわしてんじゃねぇか!」
普段は人っ子一人いないこの大広間、それが今日は魔王軍のほぼ全ての魔族が集結しているのではないかと思わせる程の人で溢れている。
その規模は、大広間に入りきらず、廊下まで長蛇の列ができる程。
そんな人ごみの渦中に、この男も紛れていた。
(あーやだやだ、みんな一番前にこだわり過ぎていて本質が見えていないんだよね。大広間はね、正面最前列よりも斜め後方のこの位置こそが、演説台を最も美しく捉えられるパーフェクトポジションなんだよ。まったく、わかってないねぇ)
心の中で周囲の魔族を見下しながら、魔王様シールでデコったカメラを構える男——クロハ・ラングレイ。
透明化スキル≪ミミック≫を使用しながらその時を待つ。
場所の確保も万全、レンズのホコリも磨き上げ、ピントは演説台のど真ん中に固定済み。
いつでもシャッターを押すことができる状態だ。
ここまで準備万端にしたのだ、へたくそな写真を残すわけにはいかない。
ふと視線を遣ると、少し離れた位置に、自分と同じようにカメラを構えたレンガの姿があった。
彼が陣取っている場所も、クロハが最後まで候補として頭を悩ませた絶景スポットだ。
甲乙つけがたい二大撮影ポイント。
最終的にクロハは直感で今の場所を選んだのだが、残った最高のポジションを的確に奪いとるとは、やはりレンガも伊達にファンクラブに所属しているわけではない。
(フッ……やはい分かっているな)とライバルを認めつつも、勝負は写真の出来栄えで決まる。
絶対に負ける気はなかった。
何時間にも感じる時の中、とうとうシャッターチャンスはやってくる。
誰もいない演説台の中心の時空が歪む。
その奥から、コツン……コツン……と重厚な足音が響きわたる。
今まで何もなかった空間から、漆黒のシルエットが浮き彫りになり、そして——。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
姿が現れた瞬間、大広間全体を揺さぶるような爆裂的な歓声が沸き起こった。
重厚な石造りの壁が振動し、燭台の青白い炎が激しく揺れ動く。
地鳴りのような熱狂の中、壇上の人物が短く一言、口を開いた。
「——静まれ」
その一言で、先ほどまでの喧騒が嘘のように消失し、大広間は静寂に包まれた。
燃えるような真っ赤な髪に、頭部から生える鋭利な四本の角。
漆黒の眼の奥で輝く赤き瞳。
黒いマントをなびかせる立ち姿は、圧倒的な王の威厳に満ち溢れている。
背後にのぞく骨のような巨大な翼が、存在するだけで周囲を圧迫するほどの覇気を放っていた。
「皆の者、余の為によく集まってくれた。今日は、魔王軍の……いや、魔族すべての未来について話そうと思う」
魔王軍の頂点にして創設者。
全魔族を統べる魔王——”バンギャ・チャルハノーレ”が、壇上へと降臨した。




