第3話 有能な新人たち
「任務内容は新人たちに説明しましたので、そちらから確認してください。時間は有限です。遅刻したあなたのために割く時間なんてないですからね。」
そう言い捨てられ、部屋を追い出されてしまった。
「いつもながら、ひどい上司だぜジョアちゃん」
扉が閉まる音を背に、俺は肩をすくめる。
流石に情報ゼロで現地に放り出されるのは勘弁してほしい。
説明を求めるべく、新人の一人を見ると露骨に顔をしかめられた。
……目を合わせるのも嫌かってか?
魔物という生物は、本能で相手の魔力を感じ取り、自分と比べて優劣を決める。
魔物から魔族へ進化したばかりの彼らは、俺の魔力を感じ取ったことで、自分が優、俺を劣と決めつけたらしい。
これだから魔族初心者は。
「それちょっと借りるね」
「あ、は、はい」
新人が持っていた簡易任務概要書を半ば強引に受け取る。
薄っぺらい装丁。新人向けに最低限だけ書かれた紙だ。
「えーっと……ん?」
視線を走らせた瞬間、思わず声が漏れた。
「新人一発目の任務にしては、ずいぶん景気のいい場所指定じゃん。」
「はい、流石のあなたもこの場所についてはご存じでしたか。」
え?いちいち煽らないと会話できないのこの子?
概要書に記載されたいた任務内容は、こうだ。
――任務地:旧境界線外縁・第三監視区画
――目的:猫型魔物の捕獲
――交戦:可能性あり。現地判断に任せる
旧境界線。
魔王軍創設初期、人族と真正面から衝突した戦場跡。
今ではどちらの領土とも言い切れない、厄介な空白地帯だ。
魔物の数も多いし、環境も不安定。
新人の初任務にしては、まあまあ攻めている。
「へぇ……猫かぁ」
俺は軽く伸びをする。
「ただの猫ではありません、俊敏値が異様に発達した個体の捕獲です。生息場所が場所であるため、どんな能力を持っているのかわかりません。」
「そうだね~、追いかけるのだるそうだね~。」
捕獲任務は単純な討伐任務より難易度が高い。
討伐任務に必要なのは戦闘能力だが、捕獲任務だと戦闘能力以外の能力も求められる。
それ故、新人の初任務には魔物の討伐任務が多いのだが、今回の新人は相当魔王軍から期待されているらしい。
……そんな期待されている新人たち俺に任せて大丈夫なん?
「まったく……真面目にやってください!この任務の成績で俺たち新人のこれからの立場が決まるんですよ、こっちは必死なんです!」
「うんうん、そうだね」
「先輩として何か忠告はないのですか!」
「特にないかな」
「あなた、そんなんだから出世できていないのでは?」
「うん、その通りだ!じゃ、いろいろ決まったら教えてね」
「だからっ……!いや、最初から俺がやった方がいいか……わかりました、俺が今回の指示役となります。あなたは後ろからついてきてください」
その後、リングが指示役を買って出ても特に批判意見は出なかった。
新人のグループができて間もないにも関わらず、この短時間で自分がリーダーになれるよう立ち回ってきたのであろう。
本当に優秀な子だ。
魔王軍の安泰さににこにこしながら、借りていた概要書をもともと持っていた子に返すと、これまた嫌な顔をされた。
いや、俺が触ったからって概要書そんな汚いものを持つかのように扱わなくても……
さて、今年の新人がどんなもんか後ろでしっかり見守ってやろうではないか。
べ、別に、城で迷わないように新人たちを先行させているわけじゃないんだからねっ!
勘違いしないでよねっ!
※※※
魔王軍の領地を抜けた瞬間、空気が変わった。
肌にまとわりつくような湿気と、鼻を刺す焦げた土の匂い。
魔族特有の魔力感知で、歪んだ魔力の流れがゆらゆらと揺れている様が感じ取れる。
「ここが……旧境界線外縁ですか」
リングが低く呟く。
周囲は荒れ果てた岩場と、半ば朽ちた人工物の残骸。
かつてここが戦場だったことを、嫌でも思い出させる光景だった。
「新人向けじゃないよねぇ、ここ」
俺はあくび混じりに言った。
「環境魔力が不安定です。魔物の出現傾向も一定ではありません」
「へぇ~、詳しいねぇ」
感心したように言うと、リングは一瞬だけ眉をひそめた。
「……当然です。これくらい把握していなければ、指示役など務まりません」
周囲の新人たちも、すでに警戒態勢に入っている。
索敵、魔力感知、陣形確認。
動きに無駄がない。
「いやぁ、頼もしいなぁ」
俺は数歩後ろに下がり、岩に腰掛けた。
「じゃ、よろしくね。俺は後ろで見てるから」
「……本当に何もしない気ですか」
「俺、お目付け役だもん」
その言葉に、数人の新人がため息をつく。
その時だった。
「……魔物です!」
索敵を担当していた一人が声を上げる。
「数は……ニ。距離百五十」
「了解。陣形そのまま」
リングの指示が的確なのはもちろん、他のメンバーも新人とは思えない落ち着きだ。
やがて、姿を現したのは――
牛型の魔物であるミノタウロスが二体。
旧境界線では珍しくもない、いわゆる雑魚だ。
俺たちは魔族だが、魔物に対して特に仲間意識はない。
確かに魔族は魔物から進化した姿であるが、本能のみで襲ってくる魔物を討伐するのに躊躇なんていらない。
躊躇などしていたら、逆にこっちが命を落とす危険性があるからだ。
使い魔として飼い慣らすなら別だが、それも莫大な時間とコストが掛かる。
なので、使い魔契約がしやすかったり、時間とコストを差し引いても使い魔にするべき有能な魔物以外は討伐するのが基本だ。
まぁ、人族はそこんとこ勘違いしてるらしいが。
「初撃、私が行きます」
一人の新人が前に出る。
「≪カノン≫」
彼の魔力が収束し、火を纏った球体の魔力構造体が形成された。
≪カノン≫は一番基本的な魔法スキルである。
自分の持っている魔力属性ごとに魔法弾を形成し、それを撃ち出す。
威力も消費魔力も一番手軽、だからこそ奥が深いスキルともいえるだろう。
――ドンッ!
一体の魔物が、正確に吹き飛ばされる。
「次、行きます!」
続けて別の新人も≪カノン≫を放つ。
この新人は水属性の魔力を持っているらしく、水を纏った球体が出力されていた。
威力はやや控えめだが、制御が安定している。
三発目で、もう一体の魔物が倒れた。
「……よし、討伐完了」
リングが短く息を吐く。
「全員、問題なし。陣形も完璧だ」
新人たちの表情が、わずかに緩む。
みんな優秀だが、それでも初任務に変わりはない。
成功体験、新人にとっては何より大事なやつ……っていうことをわかって、リングは手出しをしなかったのだろう。
部下のメンタルケアも怠らない、君新人だよね?これ俺いる?
一気に湧いてきた帰りたい気持ちと、減給されたくない気持ちがせめぎ合う。
そんな憂鬱を抱えながら新人たちの後を追うのであった。




