第2話 パワハラ上司!
辺りは黒雲に覆われ、時々雷が迸る。
無数の蝙蝠が空を覆い尽くし、不快さを感じさせる独特な鳴き声が反響していた。
何も見えない程の暗黒が支配する森を抜けると、切り立った崖の上に聳え立つおどろおどろしい城が見えてくる。
小さな山といっても過言ではない程の大きさをしたその城。
黒紫に濁った城壁の隙間からは、臓物のようなオレンジ色の光が脈動するように漏れ出しており、まるで城そのものが内側で何かを孕んでいるかのようであった。
――そう!このあからさまに不気味な城こそ魔王城!
世界初、魔族に安寧の地を齎した英雄、魔王バンギャ・チャルハノーレの拠点、そして俺の職場である。
見知った門番に軽く挨拶をしつつ、開くだけでかなりの労力を使うであろうその禍々しい配色をした城門をくぐると、紫や深緑の液体を滴らせる花々が咲き誇る庭園が俺を出迎える。
そしてこの後、広大なダンジョンのような城内を歩き回り、上司のところへと向かうのだが……
「毎度毎度のことながら、広過ぎてくそだりぃっ!」
この無駄にだだっ広い設計は四天王の一人が張り切って設計したらしい。
通勤だけで体力なくなるがな!
ったく何考えてこの設計にしたんだ!
まるでダンジョンの探索をするかのごとく出勤をすること数十分、ようやく上司の部屋まで辿り着く。
四回道を間違えたことは秘密だ。
部屋の扉を開くと、儚げな女性が書類に目を通しながら、新人に何か説明していた。
薄水色の髪に、白を基調としたひらひらした服を着ている。
すると、彼女は扉が開いたことに気づき、顔を上げ、俺と目が合うや否や穏やかな顔から一転、眉間に皺が寄る。
「また遅刻ですよクロハくん!いつになったらその遅刻癖直るんですか!」
「いや、待ってよジョアちゃん!だってしょうがないじゃん!迷路だもん!ここ!城門まではちゃんと時間内だったもん!」
そう、この人が俺の上司であり、魔王軍四天王の一人であるジョア・ミリニス。
通称ジョアちゃんである。
「もう何回も私の部屋来ているじゃないですか!いい加減覚えてください!」
「こっちだって努力して辿り着こうとしてるさ。でも無理なんだ!どうしても辿り着かない!だから、出勤の打刻時間城門にしてっていつも言ってるじゃん!」
「何度も何度も屁理屈言って!今度やったら減給です!」
「そ、そりゃないぜジョアちゃん……」
「まったくもう、新人の教育に悪いです。しっかりしてください!」
上司からのパワハラに遭い、しょぼくれる俺に無数の視線が突き刺さる。
そういえば今日の任務は新人のお目付け役だったっけ。
ジョアちゃんの部屋には十人の見慣れない顔が揃っていた。
魔力の感じを見るに、まだ全員魔族化して間もないし、レベルもそんなに高くないだろう。
彼らが新人くんたちか、見るからに全員真面目そ~。
ぼけーっと彼らを眺めていると、見るからに新人のリーダーっぽそうな子がズカズカと近くに寄ってきて、ビシッと俺を指さしてきた。
「申し訳ございませんジョア様、まさかとは思いますが、このふざけた男が俺たちのお目付け役とはいいませんよね?」
おうおう、今回の新人も威勢がいいねぇ、帰っていいかな?
「控えてください、リング・ラギャ。こんなんでも先輩です」
どうやらこのオレンジ髪のイケメンくん(まぁ、魔王様の百分の一くらいだが)の名前はリング・ラギャというらしい。
ってかジョアちゃんこんなんって……。
「クロハくんは魔王軍の初期メンバーでもあります。先に入ったからといって偉いというわけではありませんが、それ相応の態度で接してください。」
「そうだそうだ!もっと言ってやってよジョアちゃん」
「お言葉ですがジョア様、先ほどいただいた資料で確認したところ、古株にも関わらずただの下っ端な癖に時間にもルーズ。現物を見ても、目上の者にちゃん付け、注意されてもへらへら笑っている。そもそも魔力がしょぼすぎる。こんな魔族が初期メンバーだと魔王軍の品位も疑われるのでは?」
「それは……確かにその通りですが」
「え、負けないでよジョアちゃん」
「俺たちは魔王軍の未来を背負ってここに来ています。こんなのに評価される俺たちの気持ちも考えてください!」
会って数秒の新人にこんなのって言われたぞ。
これは生意気度数、過去最高記録かもしれん。
「ええ、リング。あなたの言っていることは全て正しいです」
「え?今俺すごいこと言われてた気がするけど全肯定しちゃうの?」
「え?なんか否定するとこありましたか?」
いけね、ぐうの音もでねぇや。
新人たちの間に、ひそひそと小さなざわめきが広がる。
どうやら俺の評価は、新人の中であらかた決まったらしい。
「ではなおさら疑問です。なぜこの変なのが、我々のお目付け役なのですか?」
「うーん……」
ジョアちゃんは顎に指を当て、少しだけ考える素振りを見せる。
「理由ですか……そうですね、単純に人手不足、とか?」
「雑!?」
「あ、あと、雑用にも慣れてるから多分いろいろできますし多分」
「二回言ったね、多分!?」
「それに――」
ジョアちゃんはにこりと微笑む。
少し悪戯っ子のような笑みだ。
「仕事ほったらかして人形買いに行っている穀潰しに与える給料はありません」
「いや、ジョアちゃんあれはただの人形じゃなく、ってかそもそも手に入ってな」
「仕事より……魔王様より優先するべきことがあるんですか?」
「ありません!誠心誠意、魔王様のために働く所存です!」
「っていうわけで、リング。この男をよろしくお願いします」
「なんかお目付け役として行く流れじゃなくなってね?」
こんな会話を繰り広げているからか、新人たちの視線が、完全に”察し”のそれに変わる。
あ、これもう駄目だ。威厳ゼロだ。
リングは小さく息を吐き、腕を組んだ。
「……承知しました。ジョア様がそう仰るのであれば、従います」
その口調には、まだ納得しきれていない色が滲んでいる。
「ただし」
リングの紫の瞳が、まっすぐこちらを射抜いた。
「足を引っ張るようなことがあれば、容赦はしません」
「おー怖い怖い、そんな怖い顔しないでよろしくしてくれよ」
そういって握手を求めると、パシっと手を払われる。
これ普通に暴力だからね?
ジョアちゃんは一度、ぱん、と手を叩いた。
「では話はここまで。クロハくん」
「あいあい、なんですか」
「新人たちを連れて、今日の任務に向かってください、ああ、迷子なんてもってのほかですからね」
「そんなガキじゃないんだから……」
「あ、あと、無理そうなら途中で帰ってきてもいいですよ、減給は確定ですが」
「パワハラ上司!」
「魔王軍の四天王に何言ってるんですか」
にっこり。
……やっぱりこの人、絶対楽しんでる。




