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第1話 いつもの日常

 俺、クロハ・ラングレイは今戦場のど真ん中にいた。

 

 数々の戦場を経験した俺にはわかる。

 隣にいる同僚も、前方にいるいつも笑って挨拶をくれる兄ちゃんも、仲良くしている後輩も、今だけは自分優先で俺を出し抜こうとしている。

 かくいう俺も、こいつらを油断させるために今だってへらへら笑っている。


 そう、戦とはそういうものなのだ。

 この戦場では絆など敵を欺くための武器にしかならない。

 

 さて、そろそろか?

 

 戦いの火蓋が切られる直前、いつだって興奮と緊張が混ざり合うこの時間には慣れないが、自分の譲れないもののため覚悟を決める。

 

 独特な熱気にゴクりと唾を飲み、その瞬間が訪れるのを今か今かと待ちわびる。

 翼に力を入れいつでも羽ばたけるように、目を見開きどんな状況も見極められるように、心に活を入れどんな攻撃にも屈しないために、今自分にできる精一杯を。

 

 そしてとうとう、開戦の狼煙が上がる――――

 

「ただいまより、抽選会を開始いたします。今並ばれている皆様方につきましては、焦らず、順番を守って購入いただきますよう、よろしくお願いいたします――――」


 

※※※

 

 

「どぼじで……どぼじで……。」

「ほんと、おまえ運だけは悪いよな」

 

 最後の一枚の抽選券を開き、そしてその文字列を見て崩れ落ちる。

 俺の周りには無数の“はずれ”と書かれた紙が散乱していた。


 今だけは俺のトレードマークのバンダナも涙を隠すためにしか使えない。

 

 数量限定、ここだけでしか手に入らない、魔王”バンギャ・チャルハノーレ”のフィギュア、その抽選会がここ、魔王軍管轄の城下町にある商店街”こあくま通り”にて開催されていたのだ。

 

 ファンクラブにも所属している、自他共に認める魔王様ファンである俺、クロハ・ラングレイも当然その戦場に足を運んだのだが……

 

「抽選券五十枚勝ち取ったにも関わらず一つも当たりなしってどういうことだよッ!」

 

 戦場で勝ち取った枚数はその場にいた誰よりも多い自信がある。

 魔族ならではの過激な争奪戦を乗り越え、この枚数を手にした者は俺一人であろう……イカサマもしたし。

 であるにも関わらず、であるにも関わらずだ。

 勝ち取った抽選券に書いてある文字は五十枚すべて同じ“はずれ”という文字だけ。

 

「まぁ、あのモルニ製だ、確率も相当低いと思うが……にしても五十枚であたりゼロは流石だな」

 

 さらっと二十枚の抽選券を手に入れ、さらっとフィギュアを一体手に入れた同僚が、“あたり”という文字が書かれた抽選券をぺらぺらさせながらさらっと宣う。


 呪い殺してやろうか?


 こいつは、同じファンクラブメンバーのレンガ・リリック。

 同じ寮に住んでいて、同室でもある。

 いろいろと腐れ縁が続いており、かなり長い付き合いにはなっている。


 まぁ、こいつのことはどうでもいい。

 今はフィギュアだ。

 

 モルニ・ガシャ、魔族きっての至高のフィギュア作家である。

 このお方の作品は、緻密さにおいて他の追随を許さない、それはもう気の狂った、最高の芸術と呼ぶに相応しいものだった。

 漆黒の目の中に赤く光る瞳の存在感、隆々とした筋肉の表現に、鋭い骨でできた翼の躍動感はもちろん、手入れのされた爪のとがり具合、舌の太さの比率など、隅々まで魔王様を再現した一品である。

 

 んなもん欲しいに決まっとるやろがい!

 

 このフィギュアを手に入れるためにどれだけの準備をしたか、このフィギュアを手にするのをどれだけ待ち望んだか……それなのに結果はこの様だ。酷過ぎる。

 

「はぁ、滅ぼそうかな、世界」

「そんな気落ちすんな、どうせそのうちオークションとかで出回る、そんとき買えばいい。値は比べもんにならないがな」

「てめっ、もしかして俺に転売ヤーからフィギュア買えって言ってんのか?」

「でも買っちまうだろ?」

「…………買っちまう…………」

 

 そんな悲しい会話を繰り広げていると、俺のもとにバサバサと一匹の蝙蝠が手紙を持って飛来してきた。

 そして俺の自慢の一本角にちょこんと留まる。

 この蝙蝠は”ヴァルバット"と呼ばれる魔物だ。

 魔王軍はこの蝙蝠の魔物を使い魔として、主に情報伝達を担当させている。

 こいつが来たということは仕事の依頼であろう。

 

「なになに?あー、そういえばそうだったな……こっちは落選でメンタルがたがたなのに……めんどくせぇ」

「ん?今度は何の依頼だ?」

「ほら、明日からまた新人が入るだろ。そのお目付け役としてちょっとした任務の付き添いしてくれだってさ~」

「ああまた……前回は俺だったけど、今回はクロハか。俺ら歴だけは長いもんな」

 

 魔王軍は創立五十年。

 実は、俺とレンガはその初代メンバーだったりする。

 それなのに出世もせず、底辺でぐだぐだやっている俺らにはこういった雑務がちょくちょく舞い込んでくるのだ。

 

 別に実力がないってわけではないのだが、俺ら二人ともとある理由で出世ができないので、結局上からの指示に文句は言えない。

 

「そのくせまた報告書改竄したんだろ?報告書から自分の名前を消すとか……立派な問題児だな」

「うっせ、てめぇだってこないだ騒ぎになってた件、絡んでるんだろ?自分もいろいろ隠しといて人のこと言えた口かよ」

「し、仕方がないだろ!も、もしだ、もし俺の名前が魔王様のお耳に入ったらと考えると……」

「はいはい、キョドりおおかみが完成するわけだな、コミュ障乙乙~」

「黙れ、早口まくし立てデビルよりマシだ」

「あんだとおッ!」

「やんのか?」

「キューッ!キューッ!」

「「あ、痛ェ!」」

 

 むかつくクソおおかみといつもの言い合いが発生しそうになるが、すんでのところで先ほど手紙を届けに来たヴァルバットに止められる、物理的に。

 ヴァルバットを見ると、ものすっごい呆れた顔をしていた。

 それはもうすっごい。

 なんでただの蝙蝠がこんな目線送れるんだよ……。

 

「ッチ、ほいじゃあちょっくら崇高な使命を果たしてくるから、暇人は先に寮戻っててくれいな」

「ッチ、了解。あー、フィギュア届くの楽しみだな。誰かさんがした努力の半分で手に入れられるなんて、これが日頃の行いの差だな」

 

 そんなことを言いながら、俺は最後までクソなセリフを吐くレンガと別れる。

 こうして、フィギュアが手に入らなかった虚しさと、これからの仕事の気怠さと、口の悪い同僚への怒りを背負い、とぼとぼと職場へと向かうのであった。

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