第28話 勇者召喚
僕の名前は佐藤翔汰。
洛央館第一高等学校に通う普通の高校二年生だ。
趣味はゲームのバグ探し。
デバック作業を勝手にして、運営に報告するのだ。
……ゴミみたいな趣味とか言うな!人の趣味にケチつけんじゃねぇ!
昨日もそんな趣味に没頭し過ぎて、今日は寝不足だ。
授業もほとんど頭に入らなかった、次のテストやべ~。
——キンコンカンコーン
下校のチャイムが鳴る。
僕は部活動に所属していないので、帰宅することにする。
眠いしね。
下校特有のざわめきを横目に席を立ち、特に一緒に帰る相手もいないので、そのまま教室を出る。
べべべ別に友達がいないとかそんなんじゃ——。
「あ!佐藤くん、ちょっと待って」
教室を出た直後、廊下で我がクラスの委員長、南桐栄に引き留められる。
眼鏡を掛けた、ポニーテールのクールビューティで、しっかりもののクラスのリーダー。
まさしく委員長になるべくして生まれて来たといっても過言ではないだろう。
「確か佐藤くんって部活入ってないわよね?」
「え?ああ、うん……」
「じゃあさ、文化祭の準備手伝ってくれないかしら。このクラス、帰宅部佐藤くんしかいないからお願いしたくて」
「え、でも、文化祭ってまだ先じゃ——」
「だからこそよ、うちの学校の部活本気の部活ばっかりじゃない。しかも、うちのクラスの連中各エースばっか。文化祭ぎりぎりになったとしても準備に動員できる人数が少ないの。今のうちにやっておかないと当日終わる気がしないわ」
正論に正論を重ねられる。
しかし、僕だって(寝不足という)帰りたい理由がある。
ここはきっぱりと断らせていただく。
「もちろん大丈夫だよ、委員長。さて、何からやるか」
「ありがとう。じゃあ、その小道具からお願い」
僕は昔から人の頼みを断るのが苦手だ。
まして、委員長に口論で勝てるわけがない。
蟻が象に挑むようなものだ。
僕のクラス二年三組の文化祭での出し物はお化け屋敷。
学園ものの定番だが、いざ小道具作りをしてみるとこれがまた難しい。
ちゃちいものが一つでも紛れていると、それだけで恐怖が半減してしまう。
一つ一つ作るのにかなりの手間がかかるが、ここは数々のホラーゲームで体験したホラー演出をアウトプットできる数少ない場。
そう思うことでなんとかモチベーションを保たせようとするが、そのモチベーションは一緒に作業するメンバーが目に入っただけで一瞬で離散する。
「ん?なんだ?佐藤も手伝ってくれんのか?」
「あら?人手が増えてよかった。ね、剣勇くん」
「……ッチ」
そこにいたのは、このクラスのカースト最上位である木崎剣勇と、その取り巻きだった。
木崎剣勇、洛央館第一の中でも一番の有名人といってもいいだろう。
剣道部のエースであり、その実力は中学時代から全ての大会で全国一位を取り、学生でありながら何度もメディアに取り上げられている。
実家が道場であり、真剣を用いた特訓もしてるとかしてないとか。
顔もイケメンで、めちゃくちゃモテる。
今両脇にいるのも、クラスのマドンナ的存在の二人だ。
人手が増えて喜んでいるようなセリフを言いながら、目は「剣勇との時間を邪魔すんじゃねぇ」と訴えてきているのが、轟真奈。
いいところのお嬢様らしく、漫画みたいな黒くて長い車に乗って下校しているのを何回か見たことがある。
最早態度を隠そうともせず、舌打ちをかましてきたのが、名森夏美。
ザ・不良なのだが、風の噂によると木崎に成敗され、そこからずっと木崎の隣を陣取っているのだ。
ちなみに木崎に感化されたのか、今は女子剣道部のエースだったりする。
木崎の隣は常にこの二人が陣取っている為、他の女子たちはあまり近づくことができずにいる。
唯一木崎と気軽に話せる女子は、幼馴染である委員長くらいなものだろう。
そのことを、木崎は多分わかっていない。
二人の好意に気付いてもいない鈍感野郎なのだ。
「木崎くん、剣道部の方はいいの?エースなんだから練習とか大変なんじゃ——」
「ああ、この間のシルバーウィークで山籠もりの特訓してな。今は休息を与えられてるんだ」
「ああ、そう」
「ええ、だからこの際文化祭の準備にコキ使おうってわけ」
「はは、桐栄には敵わないからなぁ」
こいつはどこの漫画の主人公なのだろうか。
「でも、二人は俺なんかと一緒にいなくてもいいんだぞ?部活があるだろ?」
「いえいえ、他の皆さんも部活で忙しいし、誰かが文化祭の準備をしなきゃ。それに、私は剣勇くんと一緒に文化祭の準備できて楽しいわ」
「ア、アタシも剣勇と一緒にいる方が楽しいし……剣勇がいなきゃ、練習相手になりそうな奴いねぇ……」
「おまえら……サンキューな!」
「…………」
ええい!僕の前でイチャイチャするな!
いたたまれなくなった僕は、彼らとの間に委員長という壁を作り作業に取り掛かる。
なるべくあいつらを視界にいれないよう、作業に集中集中。
どれだけ時間が経っただろうか。
眩い夕日の光が窓から差し込み、教室内には僕たち五人だけとなっていた。
「できた!どうだ、この扉!なかなか怖くないか?」
「流石剣勇くん、芸術面でも才能があるのね」
「す、すごいな。アタシ不器用だから、あんま力になれてくて……くそ」
「気にしないで、名森さん。剣勇は昔からなんでもできるタイプなの、比べても仕方ないわ」
「そ、そんなことはないぞ。それに、これはみんなで作った作品だ。俺だけの力じゃこれは完成できなかった!」
今まで静かな作業空間だったが、木崎一行が作っていたものを完成させたせいか一気に場が盛り上がる。
そう、木崎一行は四人で一つのものを作っていたのだ、僕だけ疎外感。
出来上がった扉を見ると、確かに立派な出来だった。
しかし、僕からすると少し物足りないような気がしてしまった。
「あ、木崎くん!その扉に今僕が作った目玉の模型嵌めるってのはどうかな?より一層不気味になると思うんだけど」
「お!それいいな!ちょっと待ってろ、今丁度いい穴空けてやる!」
木崎は僕の提案の通り、彫刻刀を使って器用に扉に窪みを作る。
なに?彫刻刀も刀だからそんな上手くできるの?
「できた!目玉貸してくれ、佐藤」
「はい」
木崎が扉に目玉を嵌める。
おお!これはなかなかいい味でてるな。
僕が、その出来に満足していたその時だった——。
「なっ!なんだ!?扉が勝手に開いて……くっ!みんな!何かに捕まれ!」
「なにこれ!?や、やだ!助けて剣勇くん!」
「クソッ、身体が吸い込まれる!?」
完成した扉が急に光出したかと思えば、何もしていないのに勝手に開く。
そして、その扉の中に吸い込まれるように引っ張られてしまう。
僕はなんとかカーテンに掴まっていたが、扉による吸引力が強く、今にも千切れそうだった。
「いやああああああああ!」
まず最初に扉へ吸い込まれたのは委員長だった。
「桐栄!」
「剣勇くん!」
「剣勇!」
次に、委員長を助けようと、前に身を乗り出した木崎が吸い込まれる。
それと同時に、木崎に掴まっていた轟と名森が吸い込まれる。
最後に——。
「うわあああああああああ!」
千切れたカーテンとともに僕が扉の中へと吸い込まれていった。
※※※
渦巻く光と強烈な浮遊感の中を、どれほど叩き落とされただろうか。
三半規管が狂い、吐き気と戦いながら目を開けると、目の前には見たこともない光景が広がっていた。
厳かな石造りの大聖堂。
天井には巨大なステンドグラスが飾られ、周囲には白いローブを着た教団員のような人々が、信じられないものを見る目で僕たちを見下ろしていた。
「……召喚が……成功した……?」
「神よ……! 本当に異世界から”勇者様”がお現れになったぞ!」
ざわめく周囲。
床には巨大な魔法陣が青白く発光している。
……え、なにこれ。
まるで夢のような出来事だが、匂いまで鮮明に認識できる。
何より、先ほど起こった扉に吸い込まれたことが実際の出来事であると、握りしめていたカーテンの切れ端が証明していた。
「くっ……! 桐栄、真奈、夏美! 無事か!?」
「い、一応ね」
「け、剣勇くん……! 私、怖かった……!」
「アタシは平気だ……それより、ここどこだ……?」
いち早く体勢を整えた木崎が、腰を抜かしていた委員長と轟を庇うように立ち上がる。
流石は全国一位の剣士、こんな異常事態でも反射神経と度胸がズバ抜けている。
「う、うぐ……腰打った……」
一方の僕はといえば、豪快に尻餅をついたまま起き上がれずにいた。
カーテンの切れ端を握りしめた情けない格好だ。
木崎たち四人が固まって警戒態勢をとる中、一人だけ離れた場所に転がっている僕の存在感のなさよ。
その時、大聖堂の奥から重厚な足音が響いた。
「座標を決めたときは四人だったはずだが……まぁよい。勇者は一人でも多いに越したことはない」
人集まりが割れ、豪奢な王冠と外套を纏った若い男と、その隣に鎧を身に纏った美しい女騎士が歩み出てくる。
「異世界の勇者たちよ! ようこそ軍事国家アルシャリスへ!我が名はグロス・アルシャリス。この国の王である」
王を名乗る男が広げた両手を前に、木崎が一歩前に出た。
「俺たちは洛央館第一高校の生徒だ! ここはどこだ! 俺たちをどうやってここへ連れてきた!」
「無礼だぞ、王の前である!」
「控えよミネルヴァ」
剣に手をかけた女騎士——ミネルヴァと呼ばれた人物を王が制する。
「突然の無礼、平に赦されよ。我らは今、魔族という恐ろしい脅威に晒されており、滅亡の危機に瀕しているのだ。故に古の秘術を用い、世界を救う力を持つ”勇者”たる其方らを召喚させていただいた」
「……異世界、召喚……だと?」
木崎が息を呑む。
クラスカーストトップのイケメン、剣道の全国覇者、両手に花、そして異世界召喚。
なんだこれ、どこまでテンプレートな主人公属性を詰め込めば気が済むんだこいつは。
「勇者殿、そなたのその眼差し、立ち振る舞い……間違いなく強者のそれだ。どうか、この世界を救うために力を貸してはいただけまいか!」
「ふざけるな!勝手に召喚しておいて何を言っている!今すぐ俺たちを元の世界に帰せ!」
木崎は周りの目など気にせず、要望を跳ね除け、自分の要望を通そうとする。
すごいな、こいつ。
僕なんて気配を消すので精一杯だ。
「其方らを元の世界に戻す方法はない。いや、正確には見つかっていないのだ」
「なっ!」
「古代にも勇者召喚は行われたことがあったが、彼らは生涯をこの世界で過ごしたそうだ」
「なんだと……」
「其方らには申し訳ないとは思っておるが、我も一国の王。国を守るためこの決断をした。頼む、我が国を救ってくれ!この通りじゃ!」
「なっ!陛下!頭をお上げください!」
茶番じゃね?と薄っすら思ってしまう、その劇を見届けながらことの顛末を見守る。
このパターンはだいたい”本当に誠心誠意謝って国を救ってもらいたい”パターンか”王国が勇者を道具みたいに操るため演技している”パターンかに分かれる。
(後者じゃないことを祈るけど、ぶっちゃけ後者の作品の方が多いんだよな~)
そもそも、本当に元の世界に戻る方法がないのかも怪しい。
「……納得はできませんが、誠意は伝わりました」
王の謝罪を聞き、木崎がそう返答する。
えぇ!?今ので本当に伝わった!?
「しかし……俺はともかく、俺以外のみんなは戦う術を持っていない!」
「そこは安心して欲しい。勇者召喚の儀は勇者の適正がある者のみを抽出して召喚する。元の世界で戦う力はなくとも、この世界においては一騎当千、いや、それ以上の戦闘力を誇る者だけが召喚されるのだ」
「た、確かに……。剣勇くん、私、今まで感じたことのない力を感じるの」
「ああ、アタシもだな。今ならなんだってできそうだぜ!」
木崎一行がそんな会話をしているが、僕は特に何も感じない。
確かに、日本にいた頃とは違う器官が備わったような感覚はあるが、万能感は感じない。
え、なんで?
「だが、力を持ったからといって戦える精神力がある者は多くない。俺はまだしも、みんなは平和な国日本で育ったただの高校生だ。勇者として力を振るうのは必ず個人個人の許可を取ってからにしていただけると約束してほしい」
お、いいこと言うじゃん木崎。
力を持ったからといっていきなり戦えと言われて戦える日本人は多くないだろう。
この中には虫を殺すことにだって抵抗がある奴もいるだろう。
もちろん僕は戦いたくない。
バトルモノは好きだが、自分が戦うとなれば別だ。
本当に好きなら格闘技の一つや二つやっている。
しかし、ここで余計な声が一言。
「おいおい、剣勇!アタシたちを舐めんなよ!おまえが戦うってんならアタシたちも戦うに決まってんじゃねぇか!そうだよな、おまえら!」
「野蛮なのは嫌いだけれど……私は剣勇くんのそばにいたい!私も戦うわ!」
「剣勇くんはたまに直行しちゃうことがあるから、ブレーキ役が必要でしょう?仕方ないけどついていくわ」
「おまえら……」
どうやら木崎一行は、戦う気まんまんらしい。
あんたらが断らなったら僕も断れる雰囲気じゃなくなるだろ!
「佐藤はどうする?戦いたくないなら無理しなくていいんだぞ」
「あ」
とうとう木崎が僕の方を向き、そんなことを聞いてくる。
おい、今「あ」って言った奴誰だ。
絶対、僕の存在忘れてただろ。
さて、今までの会話からもわかるように僕は多分、勇者召喚に巻き込まれただけだ。
巻き込まれ主人公はチート能力に目覚めるのが王道だが、僕が戦うだなんてイメージが全く湧かない。
先ほどは文化祭の準備を断りきれなかったが、今回は命に係わるのだ。
ことの重大性がさっきの比ではない。
今度こそきっぱりと断らせていただく。
「もちろん大丈夫だよ、一緒に戦おう!」




