第27話 恨み
人族との苛烈な戦い。
それは、俺に数々の経験を与えた。
その中でも最大の成果は、あの尊敬する大先輩クロハ先輩への師事が叶ったことだ。
クロハ先輩に教えを乞うことができるのだ、これからの人生勝組に決まっている。
これから迎えるバラ色の人生に、俺は今日もまた一歩踏み出すのであった。
「勝手に人の思ってること捏造しないでください!」
「え?なんか違った?」
「これっぽっちも合ってません!」
「そうだよなぁ、クロハなんてどこも見習うことないよなぁ、これ全部レンガ先輩の間違いだよなぁ」
「レンガさんもうるさいです!」
俺たちは今、人族との戦争を終え、魔王城へ向かっている。
帰るまでが遠足、とはいえ、四天王が二人もいる今、特に何か気を張る必要はないだろう。
まさに盤石、何があっても問題ないと言える。
それこそ人族の兵士が今回の十倍襲ってこようがだ。
ちなみに俺たち三人は、功労者ということで馬車に乗って帰宅中だ、らくちんらくちん。
「そういや、人族の軍はうちの調査員削って何がしたかったんだろうな。ここでコランが殺られたとしても、魔王軍の警戒が高まるだけだよな?それより魔王城を直接奇襲した方が戦果挙げられんじゃね?できるかどうかは置いといて」
「確かに、コランさんは実力者の一人とはいえ、第三階梯は魔王軍に二十人いますし、その上の四天王だって……。それら全てに警戒態勢を取らせては、例えコランさん一人討ち取れたとしても、メリットとデメリットが釣り合っていない気がしますね」
レンガがふと思い立ったことを口にし、リングもそれに賛同する。
確かに普通に考えればそう思うかもしれないが、今回人族の新兵器を見て思ったことがある。
「うーん、多分だけど、警戒態勢取られてもよかったんじゃない?」
「ふむ、その心は?」
「コラン討ち取ったら魔王軍が守りを固めるのは明白。ってことは、人族からしたら攻めなければ勝手にそこにリソースを割いてくれるわけじゃん。多分一年くらい放置しとくつもりだったんじゃない?」
「でも、人族なら俺らが激高して攻めてくるかもって思うかもしれんくね?」
「その場合は、自分の陣地で敵を叩ける。今回もいろいろな兵器持ってたし、持ち運びはできないけど、迎え撃てる系……設置型の兵器開発して自国に置いててもおかしくないでしょ」
今回、魔王軍が得た一番の収穫は、対魔族用の兵器の情報だ。
虚無鉄の盾はまだ理解できるが、不活性の喇叭や不活性の鐘などの対魔族兵器は、流石に歴史が変わるレベルの発明。
人族に優れた開発者でも生まれたのだろう。
他にもたくさんの新兵器を発明している可能性は大いにある。
「人族も悲しいよね。せっかくの新兵器お披露目の場だったのに、たまたまレンガという新兵器台無しマンが現れたんだから。まぁ、魔力ゼロの身体能力ぶっぱ魔族が存在するという情報を早いうちから知れたから、そこまで最悪じゃないと思うけど」
「それ魔王軍としてはあまりよくない状況なんじゃ……」
「んー、こいつの対策って強烈な匂い玉ぶつけてからの不意打ちくらいしか考えつかないけどね。流石に人族も今回の戦いだけじゃ、こんな対策思いつかないでしょ」
「おい、やめろ」
「うん、今んとこまだ匂い玉いい出来じゃないから安心して」
「そんな物騒なモン開発しようとしてんじゃねぇ!」
とはいえ、レンガが魔力ゼロで何かしらの感知手段を持っていることが知られたのであれば、五感のどれかが鋭いことは考察できそうだけどね。
「これから人族はどう動きますかね?」
「しばらくはまた睨み合いになるんじゃない?」
今回千人の兵に、人類最強の騎士(本人が自称しているだけかもだが)を動員して、敗走したのだ。
しばらく人族が攻めてくるということはないと思うが、その間の人族の動向が気になる。
うまく敵の懐に潜りこんで情報を得られれば一番よいのだが、うーん。
「これじゃあ、魔王軍の最終目標はいつまでたっても叶いそうもないね」
「だなー」
「魔王軍の最終目標……人族との和平ですか。この目標、本当に目指すんですか?」
「あー、リングも魔王様の夢否定するタチ?言っとくけど魔王様は本気だよ」
「最近多いんだよなー。魔族がようやく数として集まったんだから、力で人族を征服しようとか考えてるヤツ」
「そこまでは考えていませんが……すみません、此度の戦争でやはり魔族と人族は相容れないのではないかと思ってしまいます」
魔王様が掲げる魔王軍の最終目標、人族との和平。
しかし、大半の魔族はその目標に賛同していない。
いつの間にか形骸化していってしまい、その目標に向かって真摯に行動している魔族も今は僅かだ。
「魔王軍軍規の一つ。自らの生命の危機を除き、人族の殺生を禁ず。お二人は今回の戦、人族を誰も殺めないことを意識していました。お二人にとって今回の戦は命を落とす危険は一つもなかったということですか?」
「ん?まぁ、最悪一人で逃げるだけなら俺もレンガも余裕だったと思うよ」
「あの程度なら俺たちの命には届かないな」
自信満々に答える俺たちに、リングは少し呆けたような表情をした後、何を思ったか、少し震えた声で続ける。
空気が変わる。
「そうですか……でも仮に、逃げることもできず、自らの命が危険で、殺さねば助からない場合——お二人は殺しを選びますか?」
「「…………」」
リングは俺たちを見ず、俯きながら質問を投げかけた。
この状況、普通だったら人族との対立に恐れをなしているのだと考えられるが、しかしなぜだか、その姿はまるで、自分に対して質問しているようにも見えた。
「リングが何を知りたいのか知らんけど、そんなん状況によるよ」
「魔王様が和平を望む以上、なるべく殺したくはないがな」
レンガの言葉のあとに続いたのは、馬車の車輪が立てるゴトゴトという虚しい音だけだった。
リングの俯いている顔を覗き込むと、そこには完全に光を失った瞳があった。
そのあまりの静けさに、俺のなかの厄介事回避センサーが、ビビビとけたたましく警報を鳴らす。
なるべく関わりたくはないが、リングはこれから俺たちにも、魔王軍にも必要な存在だ、過去の遺恨等は晴らしておきたい。
あと、このいたたまれない空気をどうにかするためにも、俺はあえていつもの軽い調子を装って、足を踏み入れる。
「そんな質問をするってことはなに?まるで殺したい相手でもいるみたいじゃん」
「…………います」
うわ、冗談で言ったつもりが肯定されっちゃった。
自爆した、と内心で頭を抱える。
馬車の中の温度が、一気に数度下がったような錯覚すら覚えた。
隣のレンガに目を向けたら逸らされた、この野郎。
「それは、君が強さを求めることと関係があんの?」
「はい……俺が魔族化して初めて向けられた感情が——殺意でした」
リングは一度だけ、吐き出すように深く息を吸うと、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「俺の目的は、兄を殺すことです」
※※※
「このミネルヴァ・アルガレス、どのような処罰も受けさせていただきます!」
「……面を上げよミネルヴァよ」
謁見の間に入ってすぐ、その真っ赤な絨毯の上に膝を付き、陛下へ首を垂れる。
私は帰国した後、真っ先に陛下の下へやってきた。
≪オーヴァーリミット≫の使用で体調がまだ戻っていないが、そんなことは関係ない。
何が人類最強だ、魔族たかだか数匹にも及ばない分際で、自分は何を驕っていたのだろうか。
私は今、人生最大の屈辱を味わっていた。
「報告書は読んだ。魔力を持たない身体能力だけ異様に高い魔族、魔力を消失させる力を持つ魔族。どちらも想定されていない敵だ、イレギュラーというより他ならない」
「イレギュラーなど戦場では常に起こり得ること、敗戦の理由になりません!」
「うむ、しかしミネルヴァよ、そなたでも及ばなかったとなれば、他の人族は誰も及ばぬ。魔族側の戦力を見誤った我の責もあろう。許せ」
「そんな、全ては私の不甲斐なさが原因です、陛下が謝罪することはありませぬ!」
頭を下げる陛下に、私は大慌てで答える。
一国の王が一兵士に頭を下げるなどあってはならない。
「このままでは埒があかぬな。もちろん、其方に罰を与えるつもりはない。そもそも其方には働いてもらわねば困るのだ。引き続き、我が国の矛となってくれ」
「はっ!陛下の仰せのままに」
陛下はなんと心が広いのだろう。
私はこの国の騎士であることが本当に誇りだ。
「今回の戦の成果は、なんといっても先ほどにも述べた二体の魔族の存在を知ることができた点だ。おそらくSSランク級、四天王の能力は割れてる故、四天王以外にも魔王軍はこのような戦力を持っているということだ。この二体の特徴を実際に見たお主の口から報告を願いたい」
「承知しました。まず、魔力を持たない獣の魔族。外見はネイビー色の髪に、狼のような耳に尻尾、爪や牙の様子からもおそらくウルフマンかと思われます……」
「確証がなくてもよい、其方の意見が聞きたい」
確証がない故に尻すぼみになっていた言葉だったが、陛下がその先を促す。
我が王は本当に聡い方だ。
「……あの尋常ではない身体能力、ウルフマンなどではなく、もっと上……フェンリルではないのかと私は思っております」
「伝説上の魔物フェンリル、か。もしそんなものが魔族化したのであれば脅威以外の何者でもないな」
「速さは私でも追いつくのがやっとでしたが、魔力がないということもあり一つ一つの技威力はそれほどでもなかったかと」
「ふむ、それでもう一体の方も姿を確認したと報告にあったが、どうだった?」
「もう一体、魔力を消す方ですね。外見は緑色の髪に、特に特徴はない平凡な顔つき。魔法は何の変哲もない≪ミスト≫を使用しておりました。故に魔力消滅の力は属性にあるかと」
「ふむ、それでこっちの方は名を名乗っていたと聞き及んでいるが……」
確かに私は奴の名乗りを聞いたが……いや、陛下に嘘を報告するなどありえない。
私は奴が名乗りを上げた名をそのまま口にする。
「……チャラン・ポランと名乗っておりました」
「……やはり、報告書は間違っておらぬのか」
「……はい、まぁ、十中八九偽名だと思いますが」
王にこのような報告をさせるとは……魔族め!
魔族に対する恨みが更に募る。
「それで、そやつへの勝算は?」
「私の剣技に一つも対応できておりませんでした、武技で攻めれば問題なく始末できるかと」
「……なるほど、つまりそういうことだな」
「はい、一番の対応策は魔力ゼロと魔力消滅の魔物、二人揃って相手にしないことでしょう」
とはいえ、二体とも隠密と索敵に優れた魔族だ、分断は容易ではないだろう。
陛下のおっしゃられる通り、魔王軍の層の厚さが想定以上だ。
あと一歩が届かない歯がゆさに、思わず歯噛みする。
「くっ、魔王の元にさえ辿り着くことができれば、必ず奴を屠ることができるのに!」
「落ち着け、ミネルヴァよ。其方を魔王の元へ届ける。我に考えがある」
「!お聞きいたします」
陛下はそう言うと、懐から一冊の本を取り出す。
「陛下……それは……?」
「この書は代々王家に伝わる歴史書であり、宝だ。その中に、面白い記述があってな」
「面白い記述……ですか?」
陛下は慈悲深い笑みを消し、酷薄とも言える真剣な眼差しで私を見据えた。
「古代、まだ文明が発達していなかった時代、この世界は魔物が食物連鎖の頂点であった。今の人族と魔族の差以上の数の差が魔物と人族にあったのだ。人族は魔物の脅威に怯えながら日々を過ごしていた」
「そこまでは存じております、そしてその後、”勇者”と呼ばれる存在が魔物を蹴散らし、その全体数の九割を屠ったと」
「その通りだ、だが、その勇者について一般には公表されていない秘密がある。勇者は……”異世界”から来たのだ」
「い、異世界……この世界とは異なる世界ということでしょうか」
異世界。こことは違う世界。
あまりにも荒唐無稽な情報に、私の頭はパンクしそうだった。
御伽噺や神話の方がまだ現実味がある。
「そしてこの書には、かつて世界を救った存在——異世界から勇者を再び呼び寄せる方法が記されていた」
「なっ!?……呼び寄せる、とは……まさか……」
陛下の口元が吊り上がる。
「我はこれより、異世界から勇者を召喚する!暗黒に包まれたこの世界に光をもたらすのだ!」
第2章完結です!
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
ブックマークや感想等励みになりますので、もし、本作品が少しでも琴線に触れたという方がいらっしゃれば是非お恵みくださいませ!!
まだまだ続きますので、今後ともお楽しみいただければ幸いでございます!




