第26話 共犯者(に仕立て上げる)
「≪クラウンヒール≫」
四天王フラウセの涼やかな詠唱とともに、目も眩むような白銀の魔力がコランを包み込んだ。
失った腕までは治せないものの、肉が急速に盛り上がり、えぐれた肩の傷が塞がっていく。
コランの呼吸は劇的に安定し、その凄まじい回復力にリングも息を呑む。
「流石、フラウセ様。上級の回復魔法はここまで見事なのですね」
「おいおい、褒めても何も出ねぇよ!てめぇがリングだな、噂は聞いてるぜ!」
「光栄です。しかし、どうしてフラウセ様がここに?」
「ああ!ローナがそれは凄まじい形相でお願いしてきたからな、答えてやらなきゃ女が廃るってもんだぜ!」
どうやら、想像以上にローナちゃんが全速力で魔王城まで走ってくれたらしい。
おかげで俺は吐かずに済んだ。
「こっちにも怪我人がいるぞ!」
「一斉に≪ヒール≫をかけるぞ!」
「私は肉体強化をやる!」
彼らはフラウセ率いる”緑の部隊”。
フラウセだけでなく、彼女の部下も回復魔法が使える。
魔王軍の部隊は、合計で五つ存在する。
ラファード・ジャンニ率いる『赤の部隊』は主に戦闘系の任務をこなす部隊。
パケ・テヘテヘ率いる『黄の部隊』は主に魔王城を守る防衛部隊。
フラウセ・マルセガーデン率いる『緑の部隊』は主に回復や強化魔法、武器開発等を担当する支援部隊。
魔王バンギャ・チャルハノーレ様率いる『黒の部隊』は魔王様直轄の部隊であり、その任務内容は魔王様と黒の部隊の者しか知らないという、いろいろ謎に包まれている部隊だ。
黒の部隊は数も少なく、常にあっちこっち行っているので俺もよく知らない。
ちなみに俺は、魔王様から直々に任務を言い渡されたら光栄すぎてその場で気絶する自信しかないから、絶対に所属できないだろう。
そして、我らがジョア・ミリニス率いる『青の部隊』は……なんか、それ以外。
つまり、雑用係だ。
最近の任務を見ても、猫捕まえたり、人族の様子を見に行ったり、まあそんな感じ。
実際、今回も人族の動きが確定していれば、赤の部隊が動いただろう。
雑用が多いのは、別にジョアちゃんが他の四天王より劣っているわけではなく、彼女がなんでも請け負ってしまう性格故。
まあ、こういうポジションがいないと組織ってまわらないしね。
で、そんなジョアちゃんはというと。
「で、じゃないです。さっさと口を開けてくださいクロハくん。その何の役にも立たない口、たまには有効活用してはどうですか?」
めちゃくちゃキレていた。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。これからしっかり説明するからさ」
「本当にですよ、何もかも包み隠さずお願いします」
「まず簡単に言うと、人族はやはり旧境界線に出入りしていました。しかし、それは囮で調査員を各個撃破するのが目的でした、と」
「それはローナから聞き及んでおります、一杯食わされましたね。それで?この惨状はどういうことですか?」
戦場となったこの区画は酷い有様だった。
様々な武器の破片が散らばり、そこかしらに爆発痕、どれだけ深く見積もっても魔族数人で戦闘したには荒れすぎている。
「コランが本気で戦闘しても、ここまで激しい戦闘痕は残りません」
「よくぞ聞いてくれました!この惨状にはそれはもう壮絶な戦いが——」
「そういうのいいですから、早く結論を」
ジョアちゃんは魔王軍四天王であり、此度の人族調査任務の一番の責任者である。
それ故、ここで起きたこと全てを知らねばならない責務がある、が、俺は本当のことを言うわけにはいかない。
俺とレンガ、そしてリングの三人だけで、人族との戦争を犠牲なしで収めたといっても過言ではない。
そんな戦果勲章ものだ、魔王様の目に留まってしまう。
だから、俺は兼ねてから考えていた秘策を使う。
「全部リングがやりました」
「は!?」
「…………本人、はぁ!?って言ってますけど?」
「全部リングがやりました」
全ての功績をリングに受け持ってもらう。
これが俺の秘策だ。
「ちょっと待って——」
「リングは謙遜しがちな性格だからこんな反応してるけどね、それはもうすごい活躍だったんだよ」
リングが何か言う前に遮る。
そして、俺は口パクでリングにこう伝える。
じょ・う・け・ん、と。
リングの顔がさぁっと真っ青になる。
顔には嵌められた、と大きい字で書いてあるようだった。
「途中までは、ローナちゃんから聞いてると思うけど、リングはコランを助ける為に増援を呼びにその場を離脱。そして、俺たちに運良く出会った」
「はい、ここまでは報告を受けております」
「そう、そしてローナちゃんが魔王軍に報告に行ったあと、俺たちはギリギリコランが死ぬ前に戦場に辿り着けた。しかし、俺もレンガも第六階梯の雑魚魔族。とうてい戦力にはならない」
「はぁ」
「だがどうだろう?コランのピンチを横目にリングが覚醒!人族の軍勢をどったばったと倒して無事コランを救出したのです!」
「先輩!?」
「……ローナからの報告では、人族は千人以上いたうえに、魔力を狂わせる兵器を使っていたと連絡がありましたが、それはどうやって?」
「ああ、それはなんか緑色の髪をした魔族がさっそうと現れてなんとかしてたよ。チャラン・ポランとか名乗ってた」
「な!あ、あのチャラン・ポランが現れたのですか!?それは納得です」
「えっ?えっ?」
あっさり納得されたことにリングがあたふたしてる。
実は、チャラン・ポランは俺が正体バレそうになったときのスケープゴートとして偶に使う手だったりする。
無理難題を解決するためにこの手を使うことが多く、それなりの実績を持ってしまった結果、魔王軍にはチャラン・ポランという存在はどうにもならない事態をなんとかする、都市伝説みたいな存在になっている。
こんなことなら、もうちょっとちゃんとした名前名乗っとけばよかったわ。
「ほお!おまえ、チャランと肩並べて戦ったのか!いいな!羨ましい!私様もチャラン・ポランと一緒に戦ってみたかったぜ!」
「フラウセ様……チャランって——」
「まあまあ、その話はまとめてこれから俺が話すよ、今回の起きたこともっと詳しくね」
まだ、リングとこの辺の打ち合わせできてないから、俺がリードして話さないと何話されるかわからない。
俺は、魔王軍の益になることは隠さず、事実三割、虚偽七割の報告を終えたのだった。
※※※
一連の質疑応答が終わり、俺とリングは解放された。
今は、四天王連中が発言の整合性を取ったり、人族の捕虜の扱いを決めたりをしている。
あ、レンガはいまだに捕まってるけど。
解放されたことにより、俺はググッと爽やかな気分で伸びをしていたら、リングが足早に駆け寄ってきた。
「なんで虚偽の報告を!そんなことしても意味がないのに、嘘がバレるリスクを考えたらデメリットしかない!」
「兵器の情報も、ミネルヴァの存在も、報告すべきことは全部報告した。それだけでも意味あるでしょ。報告してないのは俺とレンガのやったことだけだし」
「今回の件、解決したのはほとんどお二人なんですから、そこを報告しないと意味ないじゃないですか!それに、俺が身に余る評価を受けたらどうすれば……」
「いや、リングも十分活躍したでしょ、お世辞抜きに君はよくやったよ」
「それでも——」
「あと、君は俺たちの秘密知っちゃったし」
「それはクロハ先輩が勝手に!」
「知っちゃったし」
「くっ!」
今のやりとりで折れそうになるなんて、やはりこいつはいい奴だ。
魔族は強欲な者や自分勝手な者が比較的多い為、相手の手柄を横取りしようとする輩も多い。
俺も自分勝手にリングに功績押し付けてるし。
しかし、こいつは手柄が舞い降りてきても、自分で掴み取ったものではないと納得しないタイプだ。
だからこそ、俺はリングに決めたのだ。
俺の、俺たちの功績を押し付けるスケープゴートに相応しい。
「俺含め、魔王軍の古参たちはね、魔王軍に入る前、人族によって酷い目に遭ってきた。その恨みを燃料に魔王軍で活動を続ける人がほとんどだ。でも、俺とレンガは違う。魔王様がくださった平和を享受し、それを謳歌したい。それが今の生きる意味だ」
「…………」
「でも、リング。君は前にも言ってたけど、強くなりたい理由があるんでしょ?なら、出世するべきだ。階梯が上がれば上がる程、それに見合った任務が課せられる。そこで得られる経験値は、今の階梯で得られるものではない。君が本当に強くなりたいのであれば、舞い降りたチャンスは奪い取ってでも手に入れる執念が必要になる。今がその時なんじゃないの?」
「しかし……」
「俺たちは手柄を手に入れたくない、リングは強くなりたい。かなりウィンウィンな関係になると思うけど、それでも嫌だ?」
「…………」
リングは、俺の怒涛の説得術に折れかけているが、まだ納得いってはいないようだ。
でも、もう一押しだね。
「リングがこの提案を受け入れてくれたのであれば、俺たちにももちろんリングに対しての責任が発生する。だからね——俺たちが持てる知識全てを使って君を鍛えよう」
「なっ——!」
「俺は弱いけど、スキルに対しての知識だけはまあ他の人よりある。レンガは魔力はないけど、接近戦の技術はかなりのものだ」
そう、これが俺がリングにいろいろな秘密を明かした理由だ。
『俺は強くなりたいんです』
『君今でも強いじゃん。それにまだ若いんだし、そのままゆっくり成長していけばいいんじゃない?』
『——それじゃあ遅いんです!』
悪魔の一杯で、この会話をしたときから考えていた。
この才能を伸ばせるところまで伸ばしたらどうなるのだろうと。
そうして成熟したら、俺たちのスケープゴートに最適だと。
「どう?これでもまだチャンスを見逃したい?」
「俺には……強くならなければならない理由があります…………わかりました。それで、強くなれるのであればその条件飲みましょう!」
決心したかのように俺を見据えるリング。
やっぱ若者はチョロくていいね。
「よし!契約成立だね!ってことだから、レンガ」
「俺のいないとこで勝手に話進めやがって……まぁ、反対はしねぇが」
ようやく解放されたのか、レンガがぐったり出てくる。
こいつはあんまり嘘つくの上手くないからこういうのは苦手なのだ。
俺がバレないように《モルガナ》でカンペ出してやったのに、なにやり切ったような感じ出してんだか。
「ひとつ聞きたいことがあります」
レンガも揃ったことで、兼ねてから聞きたかったことがあるという風にリングは俺たちに問う。
「なんでそんなに、お二人は出世するのを嫌がるんですか?ここまでするんです、何か重大な理由があるはずですよね」
ああ、そういえば、リングにはまだ話していなかったな。
確かにこれから協力するうえでその情報開示はしなきゃダメか、しょうがない。
俺とレンガは互いに向き合い、神妙な面持ちで頷く。
その様子に、のっぴきならない理由があることを察したのか、リングもごくりと息を呑む。
俺たちが出世したくない理由、そんなのもちろん。
「「魔王様に認知されたら尊死するからだよ」」
「え?」
「「魔王様に認知されたら尊死するからだよ」」
「…………」
「「…………」」
なんともいえない空気が流れる。
訪れた静寂に、旧境界線特有の冷たい風が寂しく鳴いた。




