第22話 人類の希望
「あ、リングちょっとストップ」
「はい?どうしました?」
「足元見てみ?」
「これは……爪痕?」
レンガの後を追いながら、作戦を練っている途中、地面に爪痕のようなものを発見した。
おそらく、レンガが何かに気づいて印をつけたのだろう。
「この印がついてる地面、ちょっと掘ってもらっていい?」
「わかりました」
リングが土属性の魔力を用いて、地面を掘り起こす。
すると、やはり何か埋まっていたようだったので取り出してみる。
「これは……魔道具ですかね?」
「いや、魔力で動いてないから魔道具じゃないね。これじゃあ≪サーチ≫も効かないから埋まってることに気付けない」
「じゃあ、どうやってレンガさんは……」
「あいつは鼻が利くから、魔力関係なしに探し物は得意なんだよ。……にしても、なんだこれ」
掘り出したものは、丸っこい装置のようなものだった。
機械特有の稼働しているような音がすることから、今も何か役割を果たしていることがわかる。
リングの報告によると、人族は≪サーチ≫も使っていないのに、数千人もの大規模人数に囲まれたらしい。
状況証拠からするに、これは魔力もなしに生物を感知する装置かな?
これがいたるところに埋まっているなら、コランたちが容易く包囲されたのにも説明がつく。
これまた魔族にとって厄介な代物だ。
そんなことを考えていると、その装置はいきなり光りだす。
これは——
「まずい!リング!防御!」
「!はい!≪ランパード≫!」
俺は急いでその装置を全力で放り投げる。
それとほぼ同時にその装置は爆発。
間一髪、リングの防御魔法が間に合い、俺たちはなんとか無傷で爆風を凌ぐことができた。
「ありがとね、リング。はぁ、この装置、地面から掘り出されたら一定時間で爆発するようになってんのか。こわぁ……」
「すごい技術だ。これが魔力なしで動いているなんて、人族の技術力ってこんなにも高かったんですね」
「うん、俺が知ってた頃より格段に技術が上がってる。奴ら、俺たちを殺すために相当準備してるな」
魔力を隠蔽する外套に、魔族の魔力を狂わせるラッパ、そして、今の探知装置。
これだけあるんだ、他に何か用意していても不思議じゃない。
「まったく、レンガめ!変なモン見つけるから、死にかけたじゃないか!」
「仕方ないですよ。 爆発するなんて想像できるはずがないですし」
えー、多分あいつ火薬の匂いとかわかってたと思うな……
まあ、全速力で戦場向かわせたの俺だから、印が適当なのは急いでた故だろうけど。
「……そんな魔族特攻の道具をここまで用意されて、一人で戦場に行ったレンガさんは大丈夫なんでしょうか」
「うーん、大丈夫なんじゃない?少なくともあいつ一人なら」
コランを助けられるかは五分五分かもしれないが、あいつ一人だったら人族千人くらいから逃げることは余裕だろう。
それに——
「君が体験した、そのラッパ。魔力の回路が乱されて、ダメージを受けたってことで間違いない?」
「はい、間違いないかと……」
「じゃあ多分だけど、レンガにはその音が効かない」
「……それは、あの人に≪サーチ≫が反応しなかったのと関係ありますか?」
「うん、レンガはね——生まれつき魔力が備わってないんだ」
レンガ・リリック。
あいつは、魔力を一切持たない、おそらくこの世界唯一の魔族だ。
魔力の質と量を判断基準に優劣を決める魔族という存在の中で、異質も異質。
≪サーチ≫を使っても無反応、そんな魔族、どこを探しても一人しかいない。
「魔力が一切ない……そんなことが、そんな生物が存在するなんて」
「流石に魔力ゼロっていうのは逆に目立つから、ちょびっとだけ魔力を発する装飾着けてるけど……今はその装飾も俺が持ってる」
「そ、それって大丈夫なんですか!?魔力のない生物なんて、耐性も何もあったものじゃない!」
「まさしくその通り。≪カノン≫でも掠っただけで致命傷だ。探知に引っかからない、それぐらいしかメリットがない、最悪の体質だ」
「なら——」
「でもね」
まさに食物連鎖の最底辺に位置する存在。
でもあの肉食獣は——今も生きている。
「あいつはそんな体質のくせに、魔王軍創立からここまで生き残ってきたんだよ。第六階梯のまま、そんな体質を隠したまま」
「……では、何か策が」
「いいや、あいつに策は必要ない」
「は?」
「あいつが得意なのは……単純な暴力だよ」
※※※
何が起こったのか全くわからない。
実験でも数々の魔物に効果があった不活性の喇叭、そしてその効果を増大させる不活性の鐘。
この二つが揃えば、魔族など敵ではない——はずだった。
「馬鹿な……」
目の前でカランという音をならしながら転がる、不活性の鐘の部品。
周りに散らばる、不活性の喇叭や、虚無鉄の盾の破片。
理解ができない、何もわからないうちに人類の切り札は破壊されてしまった。
「ヨ、ヨルナン様!撤退を!」
「駄目だ!このままだと何の成果も得ず、敵に情報を与えただけになる!せめてこちらも不活性の鐘を破壊された原因を突き止めるまでは引けぬ!」
「ですが、この現象まったく意味不明です!まるで恐ろしく速い透明な獣に襲われているかのような……」
透明な獣か。
≪ミミック≫のスキル持ち?いや、不活性の鐘が効かない……遠距離からの不可視な斬撃か?
この現象による被害は武器だけだ。
武器だけの破壊ということは何らかの制限がある?
なんにせよこの現象は四天王と同レベルの脅威だ、なにがなんでも必ず情報だけでも持ち帰る!
「まずは瀕死の”地獄門開放”を狙え!竜の手は消えた!もう障害はない!」
「「「はっ!」」」
アルシャリス兵数十名が一気に”地獄門開放”のもとへ駆け寄る、が。
「な、なんだこれ!?」
「ヨ、ヨルナン様!”地獄門開放”たちの魔族を中心に、竜巻のようなものが起きてこれ以上進めません!」
「見ればわかるっ……!」
駄目か、駄目なのか。
このままでは、千人もの人員を導入したにも関わらず、一匹の魔族を屠ることもできず、こちらは百人程の犠牲が出た。
この手だけは使いたくなかったが…………仕方がない。
「あの手を使う」
「あの手……まさか!」
「ああ、そのまさかだ。安心しろ、これで人族の敗北はなくなる!」
「「「おおおおおおおおお!」」」
皆が盛り上がる。
私が召喚しようとしている者の存在を知っているから、当たり前だ。
私がこれから召喚するのは人類の希望そのもの。
本当は私の力でこの局面をどうにかすべきだが、なりふりなど構っていられない。
「≪サモン≫!」
私はスキルを唱えると同時に、頭を垂れる。
本来私などが召喚して良い存在ではない。
だが、あの御方はその優しさ故に自らが保険となったのだ。
何があろうと、人類を守るために。
「御出でください!人類最強の騎士!”戦乙女”ミネルヴァ・アルガレス様!」
大地に、幻想のように精緻な純白の魔法陣が展開される、これは彼女専用の魔法陣だ。
そして魔法陣から溢れ出したのは、旧境界線の薄暗い闇を明るく照らす光の柱。
光を浴びた人族は、魔族に受けた傷が癒えていく。
その余波で、先ほどの竜巻もかき消される。
光の柱が収まった中心——そこに、一人の女性が立っていた。
眩い金色の髪が風にたなびく。
一分の隙もない白銀の甲冑を鳴らし、彼女がただ力強く大地を踏みしめただけで、ピリリとした高密度のプレッシャーが戦場全体を震撼させる。
手にするのは、我ら人族の中でも許されたものしか握ることができない、我が国名にならって名付けられた剣、”聖剣アルシャリス”。
その剣からは、ただそこに存在するだけで空間が揺らいでいる、そう思わせるほど凄絶な剣気が放たれている。
「ヨルナン。私を呼び出すとは……かなり苦戦しているようだな」
一切の恐怖を払拭するような、その凛とした目つきが私を捉える。
「はっ!申し開きもございません!」
「いや、私はおまえたちを信頼している。相当なイレギュラーが発生したのであろう?状況は?」
「不活性の鐘が謎の現象に破壊されました」
「なに?あの魔道具が魔族に破壊されたのか?」
「それも、定かではなく……誰も認知できない斬撃によって破壊されました」
「なるほど、その正体を突き止めるために私を呼んだと」
「おっしゃる通りでございます」
ミネルヴァ・アルガレス様。
人目を惹く淡麗な容姿、誰にでも分け隔てなく優しく接してくださる慈愛の心、そして、人族の誰よりも強いその武力。
まさしく、全人族の憧れ。
彼女が生誕したからこそ、人族は魔王と戦う決心がついたのだ。
こうしている間にも、我らの武器は破壊されていた。
一つ作るのにもそれなりの費用がかかる。
Sランク魔族にも通用するという実験には成功したものの、今回の作戦は大損害と言えるだろう。
その光景をミネルヴァ様は一瞥し、そして——
——キンッ!
彼女の姿が消えたかのように感じてすぐ、離れた場所で甲高い金属同士のぶつかる音が響く。
まさかと思い、その方角を見ると、やはりミネルヴァ様が剣を抜いていた。
その後ろには、不活性の喇叭を構えた兵士。
「……逃したか」
「あ、ありがとうございます!ミネルヴァ様!」
「よい、あれを相手できる者は限られるだろう」
そう言い残し、また姿を消す。
速過ぎてなにが起こっているのか理解ができないが、ミネルヴァ様は我々が全く対応できなかったこの現象に対応なされている、それだけはわかった。
そこから、何度も何度も金属同士のぶつかる音が響く。
自分には想像できない程の激戦が繰り広げられているのだろう。
次第に金属同士のぶつかる音は激しくなってゆき、火花だけがその場に残る。
そしてその時は来た。
「そこだ!」
「っち!まじかよ……!」
激戦の末、土埃に紛れた二つの人影がその戦場の中心で鍔迫り合いをしていた。
ようやく足を止めた敵を逃すまいと、聖剣アルシャリスで上から抑え込むようミネルヴァ様と、もう一人。
やがて土埃が晴れ、とうとう我々の目にも敵の姿が映る。
ネイビー色の髪に、茶色い獣特有の耳。
口からは鋭い牙が覗く。
赤い眼光がミネルヴァ様を睨む。
そこには、一体の狼の魔族がいた。




