第20話 コラン・サブジェ
コラン・サブジェ。
誇り高き竜種の一頭。
しかし、彼は竜種の中でも落ちこぼれであった。
彼は魔族化する前、竜種の中でも群れをなして生活する種別だった。
知能がない魔物は弱肉強食、殺されるまでいかないものの、群れの中で最も弱い彼はいつも仲間のストレスの捌け口となっていた。
そんな生活の中で、特に彼が覚えていることは、自分を引き裂く鋭い爪が特徴の竜種の手。
鱗を、皮膚を、プライドを引き裂く鋭い爪。
今でこそ他の魔族も恐れる竜種に成長したが、脳裏にチラつくその手は今だ彼の恐怖の象徴だ。
※※※
地獄の扉から現れたのは巨大な竜の手だった。
魔法スキル≪バベル≫。
使用者が浮かべる恐怖の象徴を、召喚した地獄の門から顕現させる上級スキル。
コランが使える中で最も強いスキルだ。
「や、やだぁ、来るな!来るんじゃねぇ!ガハッ!」
「なんで、やだ、死にたく——」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ——」
縦横無尽に人の首を狩るその竜の手、これが顕現してから一気に戦場が血の匂いに変わる。
阿鼻叫喚で逃げ惑う人族、先ほどとは打って変わって、今度は人族側が地獄を味わう番であった。
「くっ、これが”地獄門開放”の……Sランクの力」
「ヨ、ヨルナン様……」
「狼狽えるな、何のために準備をしてきたと思っている!軍楽隊!酸欠でぶっ倒れるまで不活性の喇叭を鳴らし続けろ!」
ヨルナンがそう指示すると、返事の代わりにラッパの音圧が上がる。
音が途絶えればそれだけで自分たちはあの手の餌食だ、その事実がより一層彼らの演奏に力を与える。
「ガハッ!……ちくしょう!この音のせいで俺たち何もできねぇ!」
「……こんなものが存在したら魔族は……」
「コランさん……何か策を!」
「……」
コランはリングにそう問われ、少し思案する。
そして、意を決したかのようにリングの目を見つめる。
「リング、おまえに重大な任務を任せる」
「こんなときに何を……?」
「人族のこの魔道具の情報を魔王軍に、魔王様に伝えに行け、今すぐにだ!」
「……は?何を、今この場を抜け出すには一人でも戦力が」
「奴ら、多分まだ何か隠しもってやがる。おそらくこのままじゃ誰も助からねぇ。不活性の喇叭っつたか、あれは魔族の未来をおびやかす。あれの情報は絶対に軍に伝えなきゃならねぇ」
「ならその役目はコランさんが!一番強い人こそ、その任務は適任——」
言いかけたリングを、コランは亡くなった腕で制止する。
「俺はこの様だ、それに今均衡を保ってるのは俺の≪バベル≫だ。離脱はできねぇ」
「でも——」
「甘えんじゃねぇ!」
「っ!」
「この中で選ぶとしたらおまえだ、リング。おまえは人族の新たな≪サーチ≫妨害技術を無効化する術を持っている。この技術は絶対に今後必要となるだろう」
その言葉の重みに、喉が震えるリング。
コランは、自分がここで死ぬことを前提として、魔族の未来のためにリングを逃すつもりだ。
「っつー訳だ、おまえら、俺と一緒に死んでくれ」
「チッ!ったく、死ぬならもうちょいかっこよく死にたかったぜ」
「何言ってんの、後輩を命がけで守って死ぬなんてかっこいいじゃない」
「先輩方……」
「第三階梯コラン・サブジェが命令する!リング・ラギャ!おまえはこの情報を死んでも魔王様に伝えろ!わかったな!」
「……くっ!……承知しました、リング・ラギャ、必ずや魔王軍に此度の情報持ち帰ります!先輩方ご武運を!」
——≪ランパード≫
リングは最後の最後、おぼつかない魔力を無理やり集めて岩の壁を展開する。
普段生成できる≪ランパード≫の何倍も薄い壁だが、なにもないよりマシだ。
少しでも、ほんの少しでも先輩たちがこの状況を打破する計画を立てる時間を稼ぐため。
その後、リングは血を吐くような思いで翻り、包囲網を突破するため走り出した。
狙うは不活性の喇叭を持つ軍楽隊の反対側。
距離が離れたことで、少しは和らいだ不活性の喇叭の効果を確認しつつ、今自分ができる最高の範囲魔法を唱える。
「≪ダイダルウェーブ≫!」
「な、なんだこの規模は!?」
「こいつ!二つ名もないくせになんつー魔法の威力——ぐああああ!」
津波を思わせる程の砂の波が人族の軍を飲み込む。
そしてその上をリングは駆け上がるが——
「人族舐めんじゃねぇ!≪カノン≫!」
「ぐっ!」
砂の波からなんとか顔を出した人族の魔法が、脚に被弾してしまう。
痛みに悶絶しそうになるが、自分を逃がしてくれた先輩たちの顔を思い浮かべ必死にこらえる。
しかし、機動力が失ってしまった、どうにかせねば——そう思ったリングは、すかさず魔法を唱える。
「≪カノン≫」
石の≪カノン≫を作り出し、そしてそれを——
「は!?なんだあいつ!?≪カノン≫を掴んで移動してやがる!?」
物理的な実体を持つ土属性だからこそできる荒業で、機動力を補う。
その効果は絶大で、数百人の人族の上を一気に通過する。
「まずい!包囲網を突破された!」
「くっ、流石に腕への負担が……」
腕がちぎれると錯覚する程の負担、しかしその甲斐あって包囲網を突破することができた。
「絶対に逃がすな!情報を魔族に与えるな!」
「≪カノン≫!だ、だめです!≪ランパード≫に全て阻害されます!」
「な、なんてやつだ!三枚、四枚、五枚同時展開だと!?」
もちろん追撃が来るが、それを≪ランパード≫を連発して防ぐ。
全てを捌き切ることはできなかったが、致命傷は避けられた。
「軍楽隊!ヨルナン様の命により増援に来ました!」
「おお!流石ヨルナン様!鳴らせ!あのオレンジ髪の魔族を逃すな!」
「はっ!」
軍楽隊が不活性の喇叭を鳴らそうとしたその瞬間、頭上に黒い影が落ち、そして——
「ピギャッ」
竜の手が彼らを圧殺した。
「なっ!”地獄門開放”がこちら側の戦場に!くそっ!」
そのまま竜の手はリングを狙っていた人族を蹴散らす。
リングは救われたと思うと同時に、嫌な予感が全身を駆け巡る。
竜の手がこちらにあるということは、向こう側の戦場の手札が一手なくなったということ。
思わずコランの方へ目を向けると、そこに映ったのは、破壊された岩の壁と人族に肩を刃で貫かれたコランの姿だった。
「コランさ——」
『甘えんじゃねぇ!』
「ッ!」
思わずコランの方に足が向かいそうになるが、叱咤された言葉を思い出し、言葉を飲み込み、身を翻す。
「撃て、撃てええええええええ!」
「りゅ、竜の手が!くるなあああああああ!」
自分を狙う声と、断末魔。
その両方が小さくなるのを感じつつ、リングは流れ弾を食らいながらも、全速力で戦場を後にした。
走って、走って、感覚の消えかけた脚を必死に動かして崖を這い上がり——そして。
リングの≪サーチ≫は、先日感じたばかりの魔力を探知する。
質も量も低い、本当に木っ端魔族の魔力だ。
普通だったらこんな魔力を持った人物があの戦場で役に立つわけがない。
しかし、自然と足はその方角へ向かう。
あの人なら何とかしてしまうのではないか、そんな一縷の希望を抱きながら。




