第19話 不活性の喇叭
「やられましたわね」
「ああ、まんまと引っかかった」
「どういうことです?」
ひとまず俺たちはコランの元へと向かいつつ、走りながらリングの話を聞いていた。
「魔王軍小隊の各個撃破が目的ってことですわね」
「うん、魔王軍の組織力まで利用された。うちは小隊組む時、最低でも第三階梯を一人は入れるからね。実力者を確実に削るのが目的か」
魔王軍は魔族のことを考えて作られた組織、一人一人を大切にしているため、念には念を入れているが、今回はそれが仇になった、いや、利用されたのだ。
あえて、各旧境界線に痕跡を残すことによって、少数精鋭の隊をおびき出された。
「でもコランさんの実力でしたら人族たかが千人程度。勝てはしないまでも、逃げることくらいならできそうですけれども」
「それが、人族一人一人が不気味な魔道具を用いてまして」
「さっきのリングの話的に、≪サーチ≫で探られない外套でも羽織ってた?」
「はい、全員が着用していました。ただ、それだけではありません、奴ら——魔族にとってとんでもないものを!」
※※※
「私はアルシャリス軍"魔族処刑官"ヨルナン・ファルガ!人類の平穏を脅かす邪悪な魔族共よ!私がこの手で葬ってやろう!」
高らかにそう宣言する、ヨルナンと名乗る人族。
この軍を率いるリーダーだろう、人族は弱いくせになぜかこういった隙を見せるのだ。
「そうか、一つ忠告だ。不意打ちに成功した時は無駄口を叩かない方がいい」
————≪メテオ≫
スキル名を唱えると同時に、コランさんから紫電の魔球が放たれる。
凄まじい威力を誇るその魔球は、ヨルナンの喉元まで届き、そして——
——ガキンッ!
両側からヨルナンを守るように現れた二人の人族の盾に防がれる。
「虚無鉄の盾か」
「名乗りもせず魔法を放つとは……やはり蛮族、人間とは分かち合うことができない生物だ」
「不意打ちしといて何を言う」
「黙れ、魔族と会話をする気はない」
「ヨルナン様、あの魔族、”地獄門開放”かと。Sランクです」
「ほお、これはミネルヴァ様にいい報告ができそうだ」
”地獄門開放”にSランク。
図書館で調べた通り人族は変な二つ名とランクで魔族を認識しているらしい。
なるほど、コランさんほどの魔族となると、しっかり相手にも情報が行きわたっている。
「おまえら、撤退だ……が、そう簡単にはいかねぇだろう。だから、大将首を落として敵が動揺している間にここを脱出する!俺が先陣を切る、サポートは任せた!」
「「「了解!」」」
コランがその強靭な肉体と紫電を纏い、目にも留まらぬ速度でヨルナンに肉薄する。
それを先ほどの盾を持つ兵士が拒む。
「虚無鉄はそんなに硬くない。ある程度の威力の物理攻撃で破壊できる」
そう言って、コランさんは盾に掌底を叩き込むが、鈍い音を立てて弾かれる。
「む、硬い、な」
おそらく改造されているのだろう、虚無鉄とは思えぬ強度だ。
掌底を弾かれたコランさんの隙を狙うため、人族が槍を向ける、それを——
「「「≪パリィ≫」」」
俺と他のメンバーが弾く。
その時間を活かしてコランさんは体制を立て直し、今度は範囲距離攻撃に移る。
「≪ダムド≫」
「範囲攻撃が来る!総員、盾を構えろ!」
コランさんの範囲攻撃に、人族の軍勢は挙って盾を構える。
紫電の爆発はしっかり盾に阻まれるが、コランさんの狙いはそこにある。
盾を構えたら視線が遮られる、その隙に彼は地面に手をつく。
その姿を見て、俺たちは跳躍して地面から離れる。
「≪フロア≫」
「「「ギャアッ!」」」
「クソッ!地面から伝った雷は盾じゃ防げねぇ」
悲鳴を上げる人族の兵士たち。
狙い通り陣形は崩れた。
勝機は今——
そう思い、大将首に狙いを定める。
しかし、後方に控えるヨルナンは、足元を焼かれながらも冷酷に口元を歪めていた。
「慌てるな。所詮は獣の悪あがき——鳴らせ!」
——ヴォォォォォォォォ―ン
突如、旧境界線の不気味な大気を震わせて、脳髄に直接響くような”音”が鳴り響いた。
それはラッパの音であった。
人族には何も起きていない様子。
だが、俺たちにとっては最悪の音だった。
「が、はっ……!?」
体内の魔力回路が、強烈な高周波によってガタガタに狂わされる。
跳躍していた俺と同僚たちは、魔法の制御を失ってそのまま地面に叩きつけられ、激しい眩暈と吐き気に襲われた。
魔族だけ魔力の波長を強制的に狂わされた!?
そんな思考も束の間、俺の視界の端に刃が映る、まずい!
避けようとするが、先ほどの≪サーチ≫でのダメージも相まって身体が動かない。
「くそっ!」
何かが放物線を描くように飛ばされたのが見える。
あれは——
「コランさん!」
コランさんの右腕が人族によって切り飛ばされていた。
庇われた!俺を庇ってコランさんの腕が!
「腕一本だ、動揺するな!」
「っ……!」
「ほぉ、不活性の喇叭、Sランク魔族にもその効果は絶大みたいだ」
コランさんほどの実力であれば、俺を庇ったところでダメージは受けなかっただろう。
しかし、コランさんすらも、その強大な魔力が内側から暴発しかけ、動きが先ほどと比べ物にならない程鈍くなっている。
ヨルナンが軽く指を鳴らすと、人族の兵士たちがじりじりと包囲を狭め、無数の槍の矛先が俺たちに向けられる。
魔力を狂わされ、呼吸をすることすら苦しいこの空間は、もはやただの処刑場だった。
「魔族と魔物だけの魔法回路を狂わす音を出すラッパだ、さて、そろそろ自分たちの置かれている状況がわかったか?」
「状況、ねぇ……」
コランさんはドクドクと鮮血を流す右肩を押さえながら、低く笑った。
その白髪の隙間から覗く瞳が、どろりとした黄金色――おぞましい”竜”のそれへと変化していく。
ゴオオオオ、と彼の身体から吹き荒れる圧倒的なプレッシャーが、脳を狂わせるラッパの音色さえ強引に圧し潰し始めた。
「思い上がるなよ人族。この程度のおもちゃで、竜種を屠れると本当に思っているのか?」
——権限せよ地獄の門、《バベル》
その詠唱が響いた瞬間、コランさんの背後の空間が軋み、巨大な門が姿を現した。
煉獄の炎を思わせる禍々しい意匠。
見る者の魂すら拒絶するような威容は、まさしく"地獄の門"の名にふさわしい。
しかし、その門は幾重もの極太の鎖によって、無理やり封じ込められていた。
やがて——
ガンッ!ガンッ!
凄まじい衝撃音が門の向こうから轟く。
叩きつけられるたび、鎖が悲鳴を上げるように激しく鳴り響く。
——出せ。
——ここから出せ。
そんな怒りと殺意が形を持って溢れ出しているかのようだった。
衝撃でわずかに開く門の隙間から覗くのは、妖しく艶めく鱗に覆われた肌。
その一端を目にしただけで、背筋を氷水が這うような悪寒が走る。
「──解放」
コランさんが鎖へ静かに手を添える。
その瞬間、鎖は塵となって霧散した。
封印を失った門が、ゆっくりと、そして歓喜するように口を開く。
門の奥から、それは姿を現した。
俺の脳が"あれが何なのか"を理解する、その前に——
「え?」
数十人の人族の首が宙に舞った。




