第15話 ≪サーチ≫
リングが報告してきたのは、主に俺の推し活の内容だった。
やれ、常に気持ち悪い笑みを浮かべているだ、やれ、常に絶叫してるだ、やれ、常に泣いているだ……
俺も生を受けて、そこそこ長いが、自分の尾行報告を自分で受けるとは思わなんだ……
客観的に報告されるとめっちゃ恥ずかしいなこれ、誰か殺してくれ。
とっとと、この地獄の時間を終わらせなければ。
「そ、それで、前回の任務のことだっけ?」
「はい、あなたがやったこと全部教えてください、結局尾行しても何もわかりませんでした」
「いや、前回の任務、君も知っての通り俺は何も……」
「そういうのいいんで」
お、おう。
こうまで直球に来られるとなかなか困るね。
リングは真剣そのものの目で俺を睨みつけていた。
手元のノートには、イビルアントの群れの消滅、セイラの誘導ルートの不自然さ、そして先ほどの商店街での魔力供給の一瞬と途絶まで、怪しい点が克明に記録されている。
……うわぁ、全部バレかけてるじゃん。
めんどくさ。
「うーん、例え俺が何かしていたとして、それを知って君に何かメリットがあるの?」
「俺は……」
別に俺が認知されたくないのは魔王様だけなので、ぶっちゃけリングに何がバレようが、どうでもいい。
問題はこいつが原因で、俺が魔王様に認知されることだけなのだ。
さて、こいつは周りに俺のことを吹聴するような魔族かな?
「俺は強くなりたいんです」
「君今でも強いじゃん。それにまだ若いんだし、そのままゆっくり成長していけばいいんじゃない?」
「——それじゃあ遅いんです!」
今までで一番感情が乗った声だ。
どうやら、彼には強くならねばならない、のっぴきならぬ理由があるようだ。
「すみません、でも俺は強くなるために、どんな種類の強さも知りたい。あなたの認識のできないその力、教えてください!」
そう言うとリングはテーブルに額が付きそうな程頭を下げた。
強さを求めるためだけに、プライドも投げ捨てて今まで見下していた相手に頭を下げるか……
「はぁ、とりあえずマスターが静かにしろって睨んでるからそこまでにして」
「……はい」
まあ、こいつにだったらある程度見せても大丈夫だろう。
「……ちょっとだけだよ」
そう思いながら俺はバンダナの位置を少しだけ直し、"改めて"≪サーチ≫を展開する。
≪サーチ≫の範囲内に入ったリングは顔をしかめる。
「これがさっき商店街で君がやった≪サーチ≫だ。自分の魔力をそのままの形で相手の魔力に触れる。こんなもん誰が相手でもバレる」
「わかっています、だからこそ≪サーチ≫に使う魔力は薄くして相手にバレないようにする」
「そうだね、そしてこれ……君が今使ってる≪サーチ≫だ、だいたいは気づかれないだろうね」
「……あなたにはバレてるみたいですが」
いつも使っているレベルの≪サーチ≫ならリングもしっかり逆探知できてるみたいだね。
≪サーチ≫を逆探知する術、≪サーチ≫をすり抜ける術、それぞれいくつか持っているがそれはそれ、これはこれ。
今は≪サーチ≫のバレない展開の仕方講座の時間だ。
「まあ要するに、君は広範囲で≪サーチ≫を展開する時力み過ぎ……っていうのは君もわかってるだろうね」
「……はい」
「広範囲の探知苦手でしょ」
「苦手というか……初めてやりました」
初めてかよ……
「だからまあ、コツを教えてしんぜよう」
その言葉とともに、俺は指パッチンをしてまた別の≪サーチ≫を再度展開する。
リングは少し訝しげな顔をした後、何かに気づいたのか、いや、気づかないからこそ冷や汗を垂らす。
「……まさか」
「うん、展開してるよ≪サーチ≫」
「なにひとつ……なにも感じない、これだけ物理的にも距離が近いのに……」
不安げにリングは逆探知を試みようとするが、何の成果も得られない。
焦りが魔力の乱れに出てるねぇ。
「実は≪サーチ≫には面白い仕組みがあってね、単純過ぎるスキルだから……自分の魔力をほんの一滴程度混ぜるだけで、その生き物が自然と発している魔力からも発動できるんだよね」
「……は?」
「一滴程度だから基本的にバレないし、特に魔族は≪サーチ≫の使用に慣れ過ぎて、そんなことしても全く気付かれない」
ただし例外はいる。
魔王様の魔力なんて利用しようものならどう足掻いても逆探知される気しかしないし。
あの御方の強さは本当に底が知れない。
まあ、そこが最高なんだけど。
そのおかげで魔王城内では道案内≪サーチ≫だよりの俺が迷子キャラみたいになってるのは玉に瑕だが。
「……なるほど——こう、ですか……」
「そうそう……って、できるんかい!」
す、すんなり成功しやがった、なにこいつ……
結構難しい技術よ、これ。
「でもこんな技術……図書館のどの本にも記されていない」
「ふへぇ、あの本全部読んだの?すげぇな……」
魔王城内には図書館も存在する。
一般知識や歴史等の実用書から、娯楽目的の本までいろいろ取り揃えてある。
そこの司書さんがものっすごい本に対して情熱的なので、どうやって入手しているのか人族でしか流通していない本もそれなりに置いてあるのだ。
そんな図書館だ、スキルの仕組みが書かれた本の数もめちゃくちゃに多い。
こいつまだ入軍して間もないはずなのに、そこの本の内容すべてを記憶しているとは……
真面目の一言じゃ片付かないだろう。
「このやり方なら魔力の使用量が少ないから、魔力がそんなにない俺でも常時使用も可能だ」
「……っく、この精密操作を常時?」
「雑に魔力あるやつ特有の弊害だ、この調子で魔力の精密操作にも慣れようね」
「……魔力が、少なくても……このレベルの精密操作は……ほとんどの者がしないのでは、ないですか……」
息も絶え絶えといった風にリングがなんとか言葉を紡いでいる。
流石の天才も、慣れていない精密操作はきついか。
「なんだ、おまえが人に何か教えてるとこなんて初めてみたぞ」
「お、ありがとうアゴネさん。今日も素敵な香りのブレンドだね、ってあ!料理来た瞬間気抜いたでしょリング君!≪サーチ≫がいつものやり方に戻ってるよ!」
「……すみ……ません」
今まで上手くいかないことなど何もなかったのであろう。
リングは俺が簡単にできていることができず、もどかしそうにしている。
まったく……いくら凡人である俺の技術だからって、それなりに年月かかって習得したもの。
天才と渡り合うためになんとか開発した技、簡単に使いこなされたら商売あがったりだ。
「うん、あとは実践あるのみだね、今やった感じで隣の店探知してみ?」
「ま、まだやるの……いや、わかりました、≪サーチ≫」
そう言ってリングは再度≪サーチ≫を発動。
負担を減らす為か、今度はスキル名をしっかり口にする。
「!すぐそこの店で強盗が入ってます!すぐに助けに……」
「まあまあ、そのまま座ってなよ。せっかく料理も来たんだし、食べながらね。」
「何を悠長な……」
まだ、できてそこまで長い年月が経っていないこの街の治安は良いとはいえない。
結局、魔族といっても千差万別。
この場所を、仲良しこよしの”平和ボケした魔族の集まり”、つまりただの狩場だと思っている魔族もまだたくさんいる。
それ故、強盗は割と頻繁に起こるのだ。
そしてそんな頻繁に起こること、魔王軍が対策していないわけがない。
ほら、もう見回りしていた兵士が動いている。
放って置いても解決はする、解決はするのだが……
「それじゃあ授業にならないしね」
「一体何を……」
「えーっと、まずは人数、強盗は三人いるね、人質が店員二人、そのそれぞれに刃を向けている状態だ。残り一人の強盗は金庫の破壊に勤しんでいるね。んー、外にちょっと挙動がおかしい奴もいる、仲間かな?」
「?」
「魔力の質からして強盗はそれぞれ、風属性二人に土属性一人、外にいる奴は……お、闇だね珍しい。闇は隠密に優れたスキル覚えやすいからこいつを利用して逃げる気か、のんびり待機してるし多分いろいろスキル持ってるね」
「ちょっと待ってください」
「レベルはだいたい平均して62前後。多分全員中位くらいの魔物から進化してるね。風属性二人はそんなに強くないけど、土属性はまあまあ強そうだ、金庫ももうすぐ壊れる」
「なんで……そんな細かいことわかるんですか?」
リングが驚くのも無理はない。
≪サーチ≫は基礎の基礎の魔技スキル。
普通に使ってたら、あ、ここに魔力があるな~くらいしか探知することはできない。
ならなぜ、俺の≪サーチ≫はそんな細かいことまでわかるのかって?
そんなもん答えはいたってシンプル!
「こればっかりは経験則!」
「えぇ……」
「魔力の質で属性、レベル、所持スキルの傾向は、とりあえずかたっぱしから≪サーチ≫して覚えるしかない。無機物は、うーん、≪サーチ≫の魔力を例えるならエコーロケーション的に使ってなんとなくの形を捉えたり……まぁ慣れだ慣れ」
「なんか急に適当……」
しょうがないんだよ、こればかりは体感の問題。
言語化するより自分で触れた方が早いのだ。
「だからね、まずはそんな歯ぎしりしながらなんとか継続している現状をどうにかしなきゃね」
「ぐっ……てか、言ってる場合ですか!どうするんですか強盗!あなたが行かないなら俺が……」
「あー、行くまでもないよ。それじゃあここでもう一つ面白い技を見せてしんぜよう」
「面白い技?」
「特別だよ?普段人に見せる技じゃないから」
そう言って俺はスキルを発動する。
≪サーチ≫と並ぶ、基礎の基礎魔法スキル≪カノン≫。
例に漏れず、ポップでチャーミングな髑髏型をした紫色の≪カノン≫だ。
それが——"店内の三人、そして外で見張りをしていた一人を含む、4人の強盗犯すべての隣"に現れた。
「は!?なぜ奴らの隣にあなたの≪カノン≫が……も、もしかしてこれも……」
「そう、さっきの技術の応用で、≪サーチ≫に使用した魔力をそのまま≪カノン≫の使用魔力に転換した」
「そんなことできるはずがない!人の魔力を媒介に自分のスキルを発動するなんて!」
「さっきのより遥かに難しい技術だからね。強いやつの魔力は媒介にできないし、俺も≪カノン≫以外となると無声では無理だ」
まあ、無声以外だと、無線機とか使わないとスキルの遠距離発動はできないから魔法スキルは≪カノン≫くらいしか実用的じゃないんだけどね。
「ほいじゃこれでお仕舞っと」
直後、強盗たちが身にまとっていた風や土の魔力が、まるでガラスが砕けるように一瞬で霧散する。
そして、髑髏型の≪カノン≫は、特に何をするわけでもなく、そのまま煙のように静かに消えた。
「強盗たちの魔力が離散した!?」
「あ、ごめん。今やったのは君には無理だ。気にしなくていいよ」
「気にするなって……相手の魔力を消滅させる≪カノン≫なんてそんなもの——」
「あとは兵士がスムーズに捕まえてくれるでしょ、なんなら人質の店員でも倒せる。魔力のない魔族なんて魔物以下だしね」
「あなたは一体……」
最初に出会った頃とは一転、リングは俺を化け物を見るかのような目で見てくる。
そんな怖くないよー、俺はただのおちゃらけ悪魔くんだ。
「はい、今日の授業はここまで!死ぬほどサービスしたんだからもう文句ないでしょ。あ、一応今見せた技術誰に習ったかは秘密の方向で!」
「あ、ま、待ってください!」
そう言って俺は席を立ち店を出ようとする、料理も食べお終わったしね。
リングはそれを止めようとするが、慣れない魔力操作で足がおぼつかないのか上手く立ち上がれていない。
「あーあ、無理するなって」
俺はガタガタと膝を震わせているリングの肩を、ポンと軽く叩いた。
「体内の魔力を無理やり極小に絞り込んで、さらにそれを他人の呼吸に同調させ続けたんだ。君の脳は今、生まれて初めて『限界以上の超精密パズル』を強制的に解かされた状態だよ。まぁ、心地いい疲労感でしょ?」
「くっ……あなた、は……なんで、そんな平気な顔をして……っ」
「俺? 俺はほら、魔力量が君の何分の一の『凡人』だからねぇ。普段からこれくらいやってないと、魔王様のお役に立てないからねぇ。じゃ、お先!」
悔しげにこちらを睨みつけてくる天才サマに、俺はいつものへらへらした笑みを向ける。
そもそも君はまだ料理食べ終わってないでしょ、残したりなんてしたらアゴネさんに殺されるぞ。
背中でひらひらと手を振りながら、今度こそ伝票をひっつかんでレジへと向かった。
さて、猫ちゃんにもだけど、久々にいろいろ見せちゃったな。
もしかしたら期待の新人たちに、俺も結構わくわくしちゃってるのかもね。
まったく、これからが楽しみだ。
「あれ?アゴネさん、いつもより会計高くない?」
「当たり前だ、後輩の分もおまえが払うんだよ!」




