第11話 ジョア・ミリニス
これは私、ジョア・ミリニスがまだ魔王軍に入る前、いや、魔王軍がまだ存在すらしていなかった時のこと。
海辺のすぐそばにある、海出生の魔族が集まる小さな集落、私はそこで暮らしていた。
海の魔物は陸の魔物と違って、その多くが共生しているため、種別が違くとも、よほど狂暴な者でなければ魔族化後も自然と集団が出来上がる。
上位種の中でもかなりの力を持つ"アスピドケロン"から進化した魔族である私は、自分で言うのもなんだが、その集落の中でも実力が抜きん出ており、いつの間にかリーダーのような立ち位置になっていた。
「姉御!今日はめちゃくちゃ大量だ!今回の漁だけで一週間は食料の貯蓄ができるぜ!」
「姉御の魔力で逃げ出した獲物を捕らえるだけの簡単な仕事、ほんと姉御には頭が上がんねぇな!」
「アタイもいつか姉御みたいになりたいぜ!」
集落の中堅たちは私を頼ってくれている。
「ジョア姉ちゃん!見て見て!貝殻でネックレス作ってみたよ!」
「なにしてんのよアンタ!ジョア姉は忙しいの!アンタに構ってる暇なんてないんだから!」
「ジョア姉ちゃんも一緒にネックレス作ろうよ~!」
「あたしの話聞いてる!?」
まだ魔族化して間もない子たちも私を慕ってくれている。
とても幸せな日々だ。
強い者が弱い者の為に食糧を集めたり、環境を整える。
魔族にとってはありえないことだったが、私はその生活が気に入っていた。
――――あの時までは。
その日は、いつもと変わらない朝だった。
潮の流れも穏やかで、空はよく晴れていて、遠くの水平線に、嫌な気配など一切なかった。
「今日は沖に出る必要はなさそうですね。浅瀬だけで十分でしょう」
「さすが姉御!読みが完璧だ!」
私はそう言って、いつものように集落を見渡す。
笑っている顔。
走り回る子供たち。
焚き火の匂い。
――守るべきものは、ちゃんとここにある。
最初の異変は、音だった。
波の音に混じる、不自然な金属音に、規則的で訓練された足音。
「……全員、下がって」
空気が変わる。
海辺の岩陰から現れたのは、人族だった。
鎧を着込み、槍と剣を構えた人族。
その数は、私たちの五倍以上。
「魔族の集落を発見。報告通りだ」
「げぇ……別種の魔族が群れを成すなんて本当にあるんだ……ああ、おぞましい」
「ほんと、無駄に群れんなよ、くそだりぃ」
雑談交じりに武器を構えられる。
――話し合う気など、最初からないらしい、それでも
「待ちなさい」
私は一歩前に出た。
「ここは人族の領地ではありません。争う気もありません。私たちはただ、生きているだけ――」
「黙れ、魔物。いいか、貴様らはこの私、アルシャリス軍"魔族処刑官"サーグラス・サフテスの手によって葬られるのだ!ありがたく思うがよい!」
やはり会話にならない。
――――アルシャリス軍
魔族嫌いで有名な人族の軍事国家”アルシャリス”。
彼らは勢力を上げて魔族を探し出し、そして問答無用で斬りつけてくる。
魔物、魔族の殲滅を掲げる、魔族にとって最も恐ろしい集団であった。
「まずは、厄介な魔力を封じろ!対魔族用網発射!」
まず投げ込まれたのは、網だった。
虚無鉄で作成された、対魔族用の網。
その大きな網が、まさに私たちを一網打尽にすべく襲い掛かってくるが、
「私たちは魔物でもないし、魚でもありません!」
私は叫び、魔力を解放する。
「≪ランパード≫」
波が逆巻き、人族の隊列を網ごと押し流す。
虚無鉄は魔法スキルや、魔技スキルには強いが、武技スキルや物理攻撃には弱い。
岩や砂を巻き込むことでなんなく対処ができた。
「な、なんだこいつ!魔法の威力が半端ねぇ!」
「魔法耐性が高い装備のやつ!前に出ろ!」
所詮は人族の力。
あんな武器など、上位種あがりの魔族である私には敵わない。
私の力は彼らを圧倒した。
これなら、集落のみんなを守り切れる―――なんて思ってしまった。
その僅かな安心が、致命的な油断に繋がるとも知れずに。
「後ろだ!」
「え」
悲鳴。
急いで振り返った先で見たのは、昨日貝殻のネックレスを作ってくれた子が、地面に倒れている光景だった。
気づいたころにはもう遅かった、私たちの後ろにいたのはまた別の人族の部隊。
後方の部隊は隠れて気を窺っていたのだろう。
奴らは数の力を用いて、我らを挟み込むような陣形をとっていたのだ。
小さな身体。
赤く染まる砂。
人族の剣は、躊躇なく私の仲間を斬った。
「……な、に……?」
頭が真っ白になる。
「魔族は成長が早い。若いうちに殺すのが正解だ」
「魔石を取るのは後にしろ!討伐が優先だ!」
人族が何を言っているのか理解できなかったが、ネックレスを作ってくれた子……彼女とはもう二度と会うことができないことは嫌でも理解できてしまった。
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおお!」
「っ!また魔力が上がった!?」
「一匹異常に強い!なるべく弱い魔族を盾にしながら戦え!」
私は怒りに任せて人族を薙ぎ払う。
「だ、だめだ!こいつ止まんねぇ!」
「ひっ!やめっ……」
「≪ブロック≫……ガハッ……!な、なんで、防御してるの……に……」
一人、二人、三人。
それでも、数が減らない。
「≪カノン≫!くそっ、数が多過ぎる……!」
「やつら異様に水属性に強い装備してやがる、俺たちの攻撃じゃ決定打にならねぇ!」
仲間たちも応戦しているが、人族の水属性対策に攻めあぐねていた。
事前に準備されている……これじゃあどうしようもない。
さらに……
「おい!魔法をやめろ!さもないとこいつを巻き込むことになるぞ!」
「み、みんな!あたしのことなんて気にしないで!」
「信じられねぇ、あいつら若いやつらを盾にしてやがる!」
「ち、ちくしょう……」
人質も取られてしまった。
その卑劣な戦法に、一人、また一人と仲間が屠られていく。
「ぐああああああ!」
「すまねぇ、姉御……もう……」
「ジョア姉、たす――」
最期の言葉すら紡げず、同胞たちが次から次に倒れていく。
助けられなかった。
背後で、また悲鳴が上がる。
倒しても、倒しても、叫び声が途絶えることはない。
もはや敵のものか、味方のものかわからない程の断末魔が延々と響いている。
まさに地獄だ。
私は、その声を振り払うようにスキルを行使する。
しかし、どれだけ強くても、どれだけ必死でも、私は一人。
同時に全員は守れなかった。
そして最後に残ったのは、焼け落ちた集落と、血と、静寂だけ。
「ひ、ひぃいいいい!ば、化け物め!化け物め!」
最初に名乗りをあげていた、サーグラスという男は、早い段階で仲間を見殺しにして逃げて行ったが、それ以外の人族は皆殺しにした。
それでも、それでも私を除いて、集落の生き残りは誰一人いなかった。
砂浜に膝をつき、仲間の亡骸に向かって名前を叫ぶ。
何度も、何度も。
――もちろん返事は、なかった。
その日、私は理解した。
ただ自分だけが強いだけでは、足りない。
ただ集団を作るだけでは、足りない。
隠れて生きているだけでは、いずれ殺される。
どうすればいい?どうすればよかった?
どんなに考えても答えは出ない。
首に下げた、貝殻のネックレスをぎゅっと握る。
絶望に陥った私は、その後のことをあまり覚えていない。
覚えているのは、深い暗闇をただひたすら歩いているように感じたことだけ。
その暗闇に光が刺すのは、魔王様と出会った後だが、それはまた少し先の話だ。




