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第10話 ≪モルガナ≫

「83点、86点、81点……平均86点、こんな感じだね」

「おお!下っ端のくせに謎に点数づけシビアなクロハくんが、こんな高得点つけるなんて!……珍しいこともあるもんですね」


 ところ変わって魔王城。

 魔王軍四天王、ジョア・ミリニスの部屋で俺は今回の任務の総評をしていた。


 元猫型魔物も無事確保に成功、今は進化したばかりの魔族をおいておく為に用意された専用の部屋”転化殿”で待機させている。

 こういった事例は少なくないため、専用の部屋もきっちり設けてある。

 無駄にだだっ広いこの魔王城の面目躍如という訳である。


 さすがに罪も犯してない者をずっと檻の中に入れておくわけにはいかないし、そもそも魔王城の門をくぐったのだ。

 ここには、新人なんて比べ物にならない、上位レベルの魔族ばかり。

 逃げ場などあるはずがない。


 ちなみに、彼女の魔王軍への勧誘とかはジョアちゃんがやってくれることになっている。


「特に、リング・ギャラ。あなたが100点をつけるとこなんて初めて見ましたよ。」

「いや、まああいつの才能ならこんなもんでしょ。えげつないよ、あれ。才能だけなら魔王軍トップレベルでしょ」


 評価シートをひらひらしながら答える。


 スキルの出力だけ見れば、もう現時点で魔王軍トップクラス。

 魔法スキルも武技スキルも魔技スキルも、すべてしっかり使いこなしている。

 更に、スキルだけに頼らない統率力や、判断力。

 歴代新人ぶっちぎり一位である。


「でもさ、あれだけ才能持ってるのに120点取れないのは赤点だよね」

「100点で赤点とは?」


 あの才能だ、もうちょい俺を驚かせてくれてもよかったのに。

 そりゃあ、もう目ん玉飛び出させてくれるくらい。

 リングはいささか真面目過ぎ。


「それで、万年3点のクロハくん。今回私は”魔物”の捕獲任務を課したはずなのですが、なんで”魔族”を確保してくるのでしょうか?」

「え、えぇ……俺万年3点なの?え、えと、しょうがないじゃん、なんか進化しちゃったんだもの。それに、別に悪いことじゃないでしょ?」

「はい、確かに今回の任務は特殊個体の魔物を使い魔にさせて、魔王軍の戦力にすることを目的としていました。その対象が単なる使い魔ではなく、魔族として入軍していただけるのであればそれ以上のことはないでしょう」

「でしょ?」

「でもですね、こちらにも準備というものがあるのです。私がんばって、魔物の使い魔契約の準備したんですよ?相性がよさそうな魔族を探して、特殊個体であっても縛り付けることができる方法を模索して、時間とコストをかけて精一杯準備したんです。それが一瞬でパー……そこのところどう思いますか、お目付け役殿?」

「じゅ、準備はあくまで備えなので使わないこともあろうかと思いますよ、四天王殿……それに、魔王軍の貢献に繋がるんだったら、無駄足の一つや二つくらいあひんっ!?」

「クロハくんが真面目なことを言わないでください、ビンタしますよ?」


 痛った!?理不尽!?

 てか、したじゃん!ビンタしたじゃん!

 なんでしたあとに警告!?

 

「はぁ、まったく、あなたはいつもいつも評価しにくい成果ばっか持ってきて……今回の新人からの報告書も見ましたよ。お目付け役として何もしていないだけではなく、巣をつついて魔物を暴走させた、肝心な時には立ち合いすらしなかった……と、クロハくんについてはマイナス評価しか書いてありません。いっつもこんな感じなのに、なーんで、いっつも成果だけは持ってこれるんでしょうかねぇ?」

「日頃の行いでしょ」

「え、今どの口が言ったんですか?」


 ジョアちゃんが溜息を吐く。

 それ、今日何度目?


「もういいですよ、それで。で、例の猫型はどんな感じでした?」

「ん~、戦闘とかは微妙だと思うけど、スピードは確かに異常だったね。戦闘員とかじゃなく、諜報員向きかも。今、諜報員とか人手不足でしょ。知らんけど。猫ちゃんいいと思うよ。知らんけど」

「……はぁ、参考になるのかならないのかよくわからない意見ありがとうございます。これから彼女のもとに向かいますのでそのように勧めてみますね」


 彼女は魔物だった時も含めて、誰一人攻撃をしていなかった。

 性格は結構勝気だった気がするが、あれは多分戦闘に向いてない。

 それでも、そんなマイナス要素なんて吹き飛ばす程のプラス要素が彼女にはある。


「ちなみに、諜報員、クロハくんもどうですか?」

「え?ジョアちゃんおかしくなった?」

「……冗談ですよ、あなたみたいな下っ端にできる任務ではありません、目立たないからからかっただけです」


 ……本当に酷いことしか言わないなこの上司。

 涙がちょちょ切れちゃうね。


「じゃあ私は猫型のとこに行きますので、今回の任務はここまでとします」

「あ、ジョアちゃん、一言、俺から猫ちゃんに伝言いい?」

「?はい、なんでしょうか」


「”仲間になったら手伝ってあげるよ、君の探し物”って」


「……よくわかりませんが、覚えてたら伝えますよ。それでは、一応形式としまして、お疲れ様でした」

「”一応形式としまして”って枕詞いる?ま、まあいいや、お疲れ様でした。勧誘がんばってね」

「あなたに言われるまでもありませんよ」


 部屋を出るその瞬間まで悪態を保ちつつ、ジョアちゃんは去っていった。

 まったく、いつものことながらとても恐ろしい上司だ。



※※※



 

 静寂が支配する空間をコツコツと音を立てて階段を下りていく。


 クロハくんじゃないのですが、魔王城のこの無駄に広い構造は毎度のことながら嫌になりますね。


 クロハくん――――先ほどのやりとりを思い返す。

 あのいつもおちゃらけている魔族。

 彼と最初に会ったのは、私がまだ四天王に就任していなかったときだ。

 その時から全く変わっていない。

 ふざけた態度も、下っ端という役職も、あのぼやけた存在感も。


 報告書には同行した他のメンバーからいつもマイナス評価ばかりついているが、任務全体で考えると、どれも何かしらの成果を上げている。

 何度か一緒に任務をこなしたこともあり、確かにマイナス評価がつくようなことばかりやっていたが、クロハくんが役に立ったかは置いておいて、どの任務もすべて完遂している。

 個人任務については失敗ばかりだが、これもよくわからない副産物を持ってくるし、大事に至ったことは一度もない。


 今回も斜め上の任務達成に、先ほど言っていた謎の伝言。


 報告書にはクロハくんと対象が言葉を交わした記載はなかったのに……まったく……

 彼には恩があるので、何かを隠したいというのであれば、私も気づかないふりをしますが……それはそれとしてむかつくので、彼のふざけた態度には肯定なんか絶対してやりません。

 なんだかんだで、クロハくんとの会話はストレス解消になりますし。


 そんなことを考えていたら、目的の部屋である転化殿に辿り着く。

 見張りに立っていた者に軽く挨拶をし、無駄に豪華な扉を開けると、これまた無駄に豪華な部屋。

 魔族になったばかりの者に、魔王軍の偉大さを思い知らせてやる……というコンセプトで、この部屋は無駄に厳かなのだ。

 煌びやかな装飾が散りばめられている中、一番先に視界に入ったのは例の魔族が窓を調べているところだった。


「そんなところを調べても逃げ場なんてありませんよ」

「……。」


 真っ白い耳と尻尾がビクッと反応し、ガバッとこちらに顔を向ける。

 その後、猫だった頃の癖が抜けていないのか、耳を後ろに伏せ、低く構えて警戒してきた。


 進化したばかりの魔族が、私のような魔力の強い者を見たときに取る行動はおよそ二パターン。

 警戒するか、崇拝するか。

 同種ではない魔族は仲間と認識していないという性質上、前者のパターンが多いため、彼女の反応は何ら珍しくない。

 この前の新人たちも最初は同じような反応をしていたが、今では魔王軍の立派な戦力だ。


「そんな警戒しなくても大丈夫です、私の提案が気に入らなければこのまま解放しますから」

「……信じられないんだけど。」

「魔王軍は魔族の味方です。秩序があります故、すべてのとはいきませんが……一人でも多くの魔族を救い出すために存在する組織です。あなたの意見も魔王軍は尊重します」


 あんな問題児のクロハくんでさえ、仲間である限り、追放という選択を取られていない。

 魔王軍の……魔王様の懐は、それだけ広い。


 さて、結局そんなことを見も知らずの私に言われたところで警戒心を解くわけはない。

 それでも少しは私の話に耳を傾けてくれる気にはなったようだ。


「申し遅れました。今回、あなたの魔王軍への勧誘を担当させていただきます、魔王軍四天王の一人、ジョア・ミリニスと申します。お見知りおきください。差支えなければあなたのお名前もお聞かせいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……セイラ、セイラ・ジューン。それが私の名前よ」

「セイラ……素晴らしい名前です」

「っ!……褒めても何もでないからね!」

 

 たどたどしく名前を述べるセイラ。

 自己紹介というものを初めて経験したのでしょう。

 そして、名前を呼ばれることも初めてだ。

 進化したばかりの魔族は、本能に刻まれたその名を呼ばれるだけで、ほんの少しだが気を許してしまう。

 相手の名前をしっかりと呼び、褒める。

 魔族初心者と交渉事を行う上でのちょっとしたコツだ。


「さて、もうあらかた説明はしてあるとは思いますが、私がここにいる理由は魔王軍への勧誘です。セイラさんには是非とも魔王軍に入軍していただきたい」

「いや。はい、これで解放してくれるんでしょ?」

「まあまあ、もう少し話をさせてください。そもそもなぜ、そこまで頑なに入軍をお断りに?」

「だって、せっかく自由の身になったのに組織に縛りつけられるなんていやに決まってる!それに……」

「それに?」

「それに、あの気持ち悪い魔族も所属してるんでしょ!あのバンダナ巻いて、へらへらしてるうっすい魔力の悪魔!あんなやつがいる組織に入りたいわけないでしょ!」


 クロハくん(あのバカ)、初対面の魔族に何したんですか……。

 よくわからないが、セイラは彼のことを思い出してしまった為か、また激昂してしまう。

 せっかく少し雰囲気を和らげたのに、クロハくん(あのバカ)のせいで台無しだ。

 っていうか……


「へぇ、クロハくんが証拠残したんですね……ああ、私がこの子の交渉役であることを見越して……それでも証拠残すなんて珍しい、それだけこの子に手こずったってことですかね」

「なにぶつぶつ言ってんのよ」

「いえ、こっちの話です」


 今まで本性を現さなかった彼が、本性を現わせずには対処できなかった。

 セイラ・ジェーン、彼女の魔王軍入軍の重要度が上がってきましたね。

 

「確かにあの魔族は気持ちが悪いです。一緒にいたくない気持ちはとてもわかります」

「そ、それ肯定しちゃうんだ。」

「それはもう。ただ、確かにあんなのもいますが、逆に、あんなのも含めて守るためにできたのが魔王軍です。魔族化したときの知識で魔族は人族に虐げられてきたというのは知っていますね?」

「……うん、個体差では魔族より人族の方が上……だけど、むこうの方が数が多い。そして、人族は魔物も魔族も一緒くたに見てる」

「はい、魔石等他にも理由はありますが、おおよそ人族は魔族を危険な存在であると認識しているため、見つかった瞬間討伐対象となります。魔王軍ができる前、魔族に居場所はなかった。常に人族が支配する土地で逃げることしかできなかった。魔族には魔物の時の名残が身体的特徴に出ます。特殊スキルがなければ紛れ込むことも不可能」


 そう言って、私は服の中に隠していた尾びれと背びれを拡張させる。

 ひらひらとした全長三メートルほどの尾びれと背びれが一瞬で現れ、セイラは一瞬ぎょっとする。

 

「鍛えればこういった風に隠すこともできますが、昔はそんな技術鍛える暇もなかった、もっと他の技術を鍛えないと人族に殺されてしまいましたから」


 スルスルと見せびらかせるためだけに出した尾びれと背びれを仕舞う。

 威圧感を出すためには最適だが、動きにくいから私は基本的に魔物の名残は外に出しておかないようにしている。


「というわけで、今あなたが人族に見つかればただではすみません。その特徴的な耳と尻尾、どうやって隠すおつもりで?」

「これは……でも、私の足なら逃げ切って……」

「魔族たった十人程度から逃れられなかったのに、何百、何千もの人族から逃れられるとでも?」

「それは……」

「魔王軍はそんな魔族を守るために存在しています。絶対あなたの為になることを保証しますよ」


 訪れる沈黙。

 先ほどだったら、速攻で断られていたが、魔王軍に入軍するメリットを多少は理解したようだ。

 しかし……


「それでも、いや!私は自分の足で自由に走れることを知ってしまった……もうあの快感だけは忘れられない。今すぐ駆け出したくてしょうがないの!」


 なかなか強情だ。

 仕方がない、あまり使いたくない手だが、あれを使いますか。


 「……わかりました、なかなか説得は難しいようですね。でも、最後にこれだけ見て判断してください」


 首から下げている貝殻でできたネックレスを握りしめる。


「≪モルガナ≫」


 私がスキルを発動した瞬間、無駄に豪華なこの部屋は霧に包まれた。

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