大人の事情
店によるなり、長尾はすぐにアルバイトの子に目をとめた。
上京したての女の子。
垢抜けない、初々しい感じが新鮮だった。
紺の作務衣はまるで、奉公に出た娘のようだ。
もちろん、奉公した娘なんて見たことないが。
昔の歴史物のドラマで見たことはある。
席に座ると、何も言わなくても始めは主人の作るお任せ料理と烏龍茶が並ぶ。
長尾は酒を飲まない。
もちろん、好きだが飲まないようにしている。
仕事がら、体調には気をつけている。
頼んで仕出しをお願いしているのも、花登屋の主人の料理は旬の野菜と魚を使い、そして絶品だからだ。
長期の遠征を終えたり、疲れが溜まった時にも主人の料理は食べられる。
そして、この店の温かい空気が好きだった。
「どの日本酒がオススメですか?」
店の奥で少し酔いの回った年配サラリーマンの声がする。
ふと目をやれば、例の子が困った顔をして立ちつくしていたから、主人がすかさず声をかける。
「その子はまだ未成年だから、飲めないよ。今日の魚ならこれがいい」
そう言って、一升瓶の銘柄を見せた。
「え?そうか。それは失礼したね。ご主人、こんなに若くて可愛い子が来てくれて良かたね」
「本当にそうですよ」
店に和やかな空気が流れた。
あの子は未成年。
そっか、未成年か。
自分より確実に8才は下だ。
まだまだ若くて羨ましい。
若さからだろうか。
せっせと走り働く姿が、なんとも微笑ましかった。
「あの、」
数人で飲んでいた若い客の1人が長尾に声をかけた。
おそらく、この店に来たのは初めての客だったのだろう。
すぐさま店主が言う。
「すみません、お客さん。食事中だから、少し待っててもらえませんか」
すると、長尾が店主の言葉を制した。
「あ、大丈夫ですよ」
声をかけた若い客が申し訳なさそうに頭を下げた。
「食事中にすみませんでした。俺、長尾さんの大ファンで、つい」
そう言って、客は自分の手帳とマジックペンを差し出し、サインを求めたから慣れた手つきでサインする。
握手をすれば相手は満足して席に戻った。
その様子をわき目で見ながら、いったい誰か知らないが、スポーツ選手とかなのだろうか。
そうは思ったが、顔を見ても何も思いつかない私は、相変わらずワタワタと接客をしていた。
それから暫くして、ケントが風邪をひき熱を出して休んだ日。
女将は私を呼んだ。
「ゆうちゃん、ちょっとお使い頼まれてくれる?」
ケントがよく配達していた保冷ボックスが置かれている。
「向かいのマンションの301の長尾さんまで届けてくれる?入口のインターホンを押して、花登と言えば開けてくれるから」
女将は保冷ボックスに詰めた仕出しはいつもより少し量が多かった。
私はボックスを抱えて、店を出た。




